中編
私が父王に呼び出されたのはつい先日のこと。
王族らしい、といえば聞こえはいいかもしれないがはっきりって政以外のことに興味がない男だ。
親子として触れ合ったことなど生まれてから一度も存在しない。
数多いる兄弟たちの半数以上は国の祭事が絡む以外は父王に目通りすらしたことがないだろう。
父王と顔をあわせる数で言えば上位の中に入るのではないだろうか-・・かといって別に嬉しくもなんともないのだが。
「そなた今年でいくつになった?」
執務室へ赴けば挨拶もままならぬうちにそう切り出される。
「19でございます」
あぁ・・"また"か。
私が兄弟たちの中でも父王に拝謁する機会が多い理由、それは"駒"として有効に使えるからだ。
父にとって子供は"政の道具"でしかない-・・特に王族の女なんてそれ以外に使い道がないと思っている男だ。
12人いた姉姫たちと3人の妹姫は皆外国へ嫁いでいったし、まだ国元に残っている妹姫たちでさえすでに家臣や外国への嫁ぎ先が決まっている。
-・・女は16前後で結婚するのが通例なこの時代、はっきりいって19の私など行き遅れもいいところだ。
では何故私がどこにも嫁がされずに今も国元に留まっているのか?
巷では"薔薇姫があまりにも美しく愛しいものだから王が嫁にだすのを拒んでいる"のだ、と王の親馬鹿っぷりが伺える何とも微笑ましい噂が流れているそうだがそんな訳がない。
私は「餌」なのだ。
近隣諸国へ広がり今では知らぬものなどいないというほど広まった麗しの"薔薇姫"の存在。
その姿を一目見ようと外国から足を運ぶ王族・貴族は数知れず、その姿を一度でも目にすれば国内外を問わず求婚をするものは後を絶たない。
その数は年を得るごとに増えていく-・・それが父王の狙い。
外国の王族・貴族が入国すればそれだけで市場の"金"が動く。商人たちが活気付き旅行者も増える。
私という餌をちらつかせて外交でのやりとりですらこちらの思うとおりに進めてしまうのだ。
妻にと乞われればやんわりと話をそらし代わりに(それなりに見目麗しい姫たちはそろっているので)他の姫をうまくあてがう。-・・そうやってこの国は力をつけてきたのだ。
この国にとって、いや父王の政にとって一番有益となりうる相手が見つかるまで私は嫁がされることはないのだろう。
"薔薇姫"という存在はそのためだけにあるもの。
「そうか」
何の感慨もなく父王は頷く。
今度はいったい何を命じられるのだろう。大使として隣国の舞踏会にでも行かされるのか、それともはるばる遠くから訪れた外国の王族たち相手に愛想を振りまいていればいいのか。
「10日後、レザンの第2皇子が来る」
レザン-・・レザン帝国。スィリア海を挟んだ向こう側にある大陸で近年力をつけてきたといわれる大国だ。
確か去年妹姫の一人が親睦の証として第1皇子に側室として嫁いでいったはずだが・・・
「レザンの皇帝が来年にでも退位する話は知っているな?」
「はい」
確か胸を患っているはずだ。
年も年のため第一皇子に位を譲るのではと話がでたのは一年ほど前-・・だから妹は嫁がされた。
「どうもあちらの貴族たちは第2皇子に肩入れしているものが多いらしい」
「そう・・・なのですか」
それはつまり次期皇帝には第2皇子のほうが有力であるということ。つまり-・・
「そなたもそろそろ良い齢だ。私としてもこれ以上婚期が遅れるのも忍びない」
父王の言葉は、しかし私の耳には違う言葉に置き換えられて聞こえる。
-・・いくら美しくてもそれが永久に続くものではない。
"餌"として使える時間も限られてくる。ならばここらが頃合か・・・・
「姫よ、そなたは賢い子だ。ー・・わかってくれるな?」
レザンの第2皇子には今現在、妻はいないらしい。そして今回の訪問も表向きは外交だが"薔薇姫"を目当てにやってくるのだとか。
だからこそ必ず正妻の地位を掴み取れ、と。
「はい、必ずやお父様のお心に添えますよう」
「あぁ、期待していよう」
・・・・・・・・・・・頭を下げたおかげで満足気な胡散臭い父王の笑みは見なくてすんだのがせめてもの救いか。
*
「そう・・・」
私の話を珍しく茶々をいれることもなく聞き入っていた蛇はそう呟くと冷めた紅茶を口に含んだ。
「あんたもついにお嫁にいくのね」
「えぇそうよ。おかしい?」
「別に」
・・・本当に珍しい。いつもの蛇なら「あんたが結婚?はっ!ちゃんちゃらおかしいわこの馬鹿娘。あんたなんて出戻りがいいところよ、むしろ私のほうが花嫁にふさわしいわぁ!」ぐらいのことを言われるのかと思ったのだが・・
「・・・・・・・で、話はわかったけどどうしてそこからさっきの"女らしく"になるのよ?」
「え・・・えぇそれなんだけど、レザンの皇子_ガイルシア殿下っていうんだけどね_の好みがおとなしめの女性らしくって」
「あぁ成る程、あんた猫かぶればそれなりだけど素はがさつで短気で口が悪いお転婆馬鹿姫だものね。"おとなしい"なんてあんたには一番縁遠いものよねぇ」
・・・・・・・・前言撤回、いつもの蛇ね。
こめかみがピクピクするのを我慢する。
「で、私に魔法で"女らしい"いかにも皇子が喜びそうな"おとなしい女"にしろってこと?」
「そうよ」
確かにね、おとなしいなんて私とは縁遠いわよ?
私だって伊達に生まれた時から"お姫様"やってきたわけじゃないわ、猫かぶりなんてお手の物だしやろうと思ったら"おとなしい"女だって演じてやるわ。
でも"結婚"するってなるなら・・・
「正直にいうとね、一生猫かぶってるなんて私には無理だと思うのよ」
肩をすくめて「無駄に付き合い長いんだから私の性格わかってるでしょ?」と問えば蛇は静かに頷いた。
「だから、よ」
「でもあんたはそれでいいの?そういう魔法をかけるってことはあんたがあんたじゃなくなるってことよ?」
蛇は立ち上がると私の目の前までやってきて顔を覗き込んできた。
「あんたがそこまでやる必要があるの?」
性格を変えるということは精神を汚染するということだ-・・魔術師の中でも高位クラスの術師しか使用を許されていない、とても危険が伴う魔法。
「結婚するまで猫かぶってればいいだけの話じゃない。しちゃえばこっちのものよ?」
「・・・・それじゃだめなの」
蛇と同じ事を考えたこともあった。
でもそれでは駄目なのだ、相手はレザン帝国。
父王が私を漸く手放そうとしたのは何も歳のせいだけじゃない、やはりそれだけの価値がレザンにはある。
「今は確かに同等の立場にいる国かもしれないわ、でもいずれ-・・いいえ多分もうすでにレザンの国力はこちらを上回っている」
父王の"駒"として生かされてきたのだ、情報は私にとっても"武器"となっている。
「ガイルシア殿下は有能だけどとても女癖が悪いと聞くわ。例え正妻になれてもいつその地位がおびやかされるかわからない」
父王が望むのは確固たるレザンとの繋がり。
猫を被って形だけの妻になるだけでは駄目なのだ。
「だからよ」
もう一度、強く呟けば蛇は心底あきれ返った顔をした。
「・・・不器用な子ね」
「あら、知らなかった?」
「知ってるわよ。どれだけの付き合いだと思ってるの」
あきれたように蛇は嘆息するとホント理解できないわ、と呟いた。
「そこまでする価値があのおっさんに-・・この国にあるとは思えないけど」
「・・・あなた仮にも城付きなんだからそういう発言はどうかと思うわよ?」
「あぁら知らなかった?私あまりそういうのに頓着しないタチなのよ」
「知ってるわ」
まるでさっきの繰り返しだ、と思わず笑みがこぼれてしまった。
「・・・あなたの言う通り、そんな価値はないかもしれないわ。でも、ね」
立ち上がり蛇の目をまっすぐ見つめる。
「私はこの国の王女として生まれてきたの。だとしたら当然の義務だと思うわ。それが私が私である存在意義なのだから」
「覚悟はあるようね」
「ええ」
強く頷けば蛇はわかったわ、とどこからともなく杖を取り出した。
「馬鹿姫なりにちゃんと考えてきたようだからソレに免じてしょうがないからこの天才魔術師様がやってあげてもいいわよ」
「馬鹿姫っていいすぎよこの変態魔術師」
「誰が変態よ。あんたなんか馬鹿姫で充分」
そういいながらも蛇は呪文を唱えていく。
こうやって何度も何度も繰り返してきた蛇との会話ももう・・・ないかもしれない。
そう思うと、少しだけ寂しい気がした。
「じゃあね馬鹿姫、絶対出戻るんじゃないわよ」
「・・・あなた本当に最後まで喧嘩売るのね」
魔法がかけられる。
中篇です。
本当は前編・後編の2部作にしてしまおうかと思ったんですがキリが悪いので3つにわけました。
次が終わり。