前編
昔々あるところに「薔薇姫」と呼ばれるそれはそれは美しいお姫様がいました。
同じぐらい昔々、同じぐらいのところに極悪なことで有名な「蛇」と呼ばれる魔術師がおりましたとさ。
そんな昔々の、二人のおはなし。
*
王城の廊下を”赤色”が歩いていく。
いや歩くというよりはもはや競歩に近い速さで進むその”赤”はよくみれば一人の女性だった。
赤い髪にルビーの瞳、唇は深紅でフワフワと広がるドレスも赤-・・唯一色が違うところを探せばそれらの色を際立たせるような白い肌だけだろうか。
人は皆、彼女のことを「薔薇姫」と呼ぶ。
生まれもってその身に纏う色彩もさることながら、大輪の薔薇を思わせるその美貌がその由縁ともいえるだろう。
だがどうしたことだろうか。
笑みを灯せば瞬く間に求婚者が列を連ねるであろうその顔はあからさまに”不快”を現していた。
彼女とすれ違うもの全てがその形相に思わず二度見をする。
長い長い廊下を進み、彼女が目指すは城の東-・・端のそのまた端に建てられている”魔術師たちの塔”とよばれるうちの古びた塔の一つだ。
ここには出入り口を守る衛士もいないため、歩く勢いもそのままに塔の扉を開ける。
無用心にも扉には鍵もかかっておらず大きな音をたてて薔薇姫を塔の中へと導いた。
そして腹の底から叫んだのだ。
「”蛇”!!でてらっしゃい!!」
だが返事はない。が構わず彼女は塔の上へと続く階段に足をかけた。
「蛇!!いるのはわかってるのよ!!返事をしなさい!!」
ふわりと広がるドレスをものともせず両手でがっつりとまとめて階段をかけあがるその姿は-・・とてもじゃないが優雅とは程遠い。
姫付きの乳母が見れば卒倒しそうな勢いだ。
「蛇!!聞いてるでしょ!!」
塔の最上階まで一気に駆け上がった薔薇姫は肩で息をしながらも主の居室へと踏み入った。
部屋の奥、沢山の書物が並んだ本棚の前に白い影が椅子に座している。
「蛇!!」
「・・・・・・・・・・・・・五月蝿いわよ馬鹿姫」
椅子から立ち上がることも振り返ることもせず、心底嫌そうな声で”蛇”は応えた。
「ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー・・・うるさいったらありゃしない、そんなに怒鳴り散らさなくたって聞こえてるわよ馬鹿姫ー・・あぁら違った"薔薇姫"だったわ」
ごめんなさいねぇ~と謝罪なんて一欠けらも存在しない言葉に薔薇姫は怒りを滾らせた。
「じゃあ返事ぐらいしなさいよ!!」
「五月蝿いっていってるでしょ?少しぐらい静かになさいよ」
そこで漸く”蛇”は立ち上がった。
薔薇姫と同じで肌は白いがどちらかというと"病的"に白く青白い。
腰まであるこれまた白い髪は前髪を数本たらしているほかは全てオールバックにされ後ろにたらされている。
顔全体でみれば整っているほうなのだろうが、その細く吊り上った墨を入れた眦と人を小馬鹿にしたように薄く笑う紫の紅で塗られた口元は本物の"蛇"を連想させる。
更に極めつけといわんばかりに、その左目の下には更にそのイメージを強くするかのように白蛇の紋章が彫られている。
ぬめりとして小賢しく、陰湿な印象を見るものに抱かせる、それが"蛇"だ。
薔薇姫は立ち上がり振り向いた"蛇"を見上げると「うげっ」と思わず唸った。
「ちょっ・・・・・なんて目に痛い格好をしてんのよ」
「あぁら、ス・テ・キでしょ~?」
クルっと一回転して見せるが目に痛いのは変わらない。
本来ならば灰色で統一されているはずの魔術師のローブはパッションイエローとショッキングピンクで彩られ、ありとあらゆるところにビカビカとした貴金属が縫いこまれている。
・・・もちろんローブの裾には薄ピンクのフリルがびっしり。
「どこがよ!前からいってるけどあなた頭おかしいでしょ!?」
「小娘にはこのよさがわからないのねぇ。残念な頭だこと」
「一生理解できなくて結構よこの-・・オカマ!!」
ぴしっと蛇の顔が固まる。
"彼"にとってそれは禁句にも近いー・・だって自称”ご婦人”だから。
その様子に薇姫がはっと鼻で笑えば、蛇は眉間に青筋を立てながら冷笑を浮かべる。
そうして暫く睨み合いの膠着状態が続いていたが・・・
部屋の中にあるありとあらゆるものが互いの間の宙を飛ぶまでにそう時間はかからなかった。
*
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それで・・・・?一体何の用なのよ小娘」
互いの体力がつきるまで口論と物の投げ合いは止まらない。
今日もいつものように小一時間たった頃、ぐったりと二人仲良く(?)床にひざをつきながら息を整えはじめ、漸く本題へと入るのだ。
「そっ・・・そうよ・・・全く無駄な時間をとったわ・・」
乱れに乱れまくったドレスやら髪やらを整えながら私は手近な椅子へと腰を下ろす。
「ちょっと勝手に座るんじゃないわよ」
それに目ざとく文句をつけながらも蛇は片手を振りあげ"魔法"の力で散乱した部屋を片付けると自分も元いた椅子へと座りなおした。
その際ちゃっかりと(自分の分だけの)紅茶を出すのも忘れない(このオカマめ)
「それで?」
さっさと用件だけすませろ、といわんばかりの様子で催促する。
・・・悲しいかな長い付き合いだ(蛇の年齢は知ったことじゃないが私が生まれたときからこの姿だったというのだから中身は結構なジジイかもしれない)蛇が長ったらしい話が大嫌いだということは重々承知している。
"簡潔に"そうでなくては話半分で流されてしまう。
だからこそこれでもかというほどわかりやすい一言でまとめてやることにした。
「私を女にして頂戴」
ぶっ-・・
「あっ間違えた・・・・・・・・って何吹き出してるのよ」
きたなーぃと呟けば、これまたどこでそんなもの仕入れてきたのかというほどのドピンクフリフリなハンカチで口元をぬぐいむせる息を整えた蛇が怒鳴った。
「あんたが突拍子もないこというからでしょうが!?しかも間違えたって何よ!?」
「何よ、短気なあなたのためにわかりやすく一言でまとめてあげたんじゃない。ちなみに正しくは"私を女らしくして頂戴"だったけどね!」
「間違えといて威張るな!!・・・って、はぁ?」
訳がわからないという顔で蛇はこちらを凝視した。
「"女らしく"・・・って」
蛇の視線が私の体を上から下まで動いた。
「一応"薔薇姫"って呼ばれるだけあって顔は充分すぎるほど整ってるでしょ?まぁ私ほどじゃないでしょうけど?中身はともかくその見かけでだまされる男は数知れず、まぁ見た目でだけで判断する男も男よねぇ、肌だって腹が立つほどしシミ一つないしあぁもうホントムカツクわね、一応出てるところも出てるし引っ込むところも引っ込んでるし見た目だけでいうなら何も問題ないじゃない見た目だけなら。
あっまさかその牛乳みたいな乳をまだ増やせとかいうんじゃないでしょうね?キィィっくやしい~!!あんた私に喧嘩売ってんの!?」
「・・・・・・・・・・喧嘩売ってんのはあなたのほうじゃなくて?」
こめかみがピクピクするのを抑えながらも私はふかーーーく深呼吸をした。
いけないけない、また話が脱線するところだったわ。
「私だってあなたに頼むのはトーーーーーーーーーーーーーー・・・・・・・・っっっても不・本・意だけど!背に腹はかえられないっていうか、最終手段っていうか」
本当にこれは最終手段。あんまり気が乗らないといえば乗らないんだけど。
「仮にもあなただって城付きの魔術師だし?中身がどんだけ変態で変人で、見た目だってもうこれでもかっていうぐらい近寄りがたい格好してたって国一番の魔術師の"蛇"の称号をもってるには多分間違いないからこうして恥を忍んで頼みにきてるのよ?」
「頼みに来てる人間の態度じゃないわよね。ていうかしっかりさっきの根にもってるじゃない」
あと多分って言うのやめなさいよ、とぶつぶついいながらも蛇は片手を振るともう一組ティーカップを出現させた。
「あんたって子はホント埒が明かないわ」
至極面倒くさそうに、なんとなく諦めた様子で蛇は嘆息する。
「頑固に居座られ続けられるのもうっとうしいから話だけはきいてあげる-・・だから一からきちんと説明なさい」
長い付き合いだから知っている。こういう時の蛇は何だかんだで頼みを聞いてくれるものだ。
冷たいようで、実はほんのちょっぴり優しい(多分)
それがこの国で筆頭魔術師であり魔術師の塔の長でもある"蛇"なのだ。
自サイトの小説たちが進まないのでちょっと浮気して。
そんなに長くないです。
変態って素敵な言葉だと思うんですけどどうでしょう(笑?