異世界落語家 ラクカの冒険
え〜、世の中には
『開けてよかった宝箱』
ってのと、
『開けなきゃよかった宝箱』
ってのがありまして。
前者は強力な武器や大金で売れる宝石なんかで、後者が……罠が仕掛けられた宝箱、中にはモンスターが潜んでた。なんてものも。
そんなことも知らずに
『開けますか?』
って表示されりゃ、開けてしまうのが人の常。
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加倉羅久華なる若い娘がある日、踏切待ちでスマホを見ていたら、気付くと異世界に転生。
ええ、電車にはねられたんですね。で、この女、勘がいいというか、普通の人なら、自分に何が起こったか全く分かりゃしません。でもラクカときたらスマホでも小説 (異世界転生もの)を読みながら死んでしまうほどの小説好き。すぐに気付いてしまいます。
「これ、異世界転生じゃ? これから私はチートスキルを使って、大きな竜を倒すんだ! わくわくw」
と、基礎を押さえた転生者だったんです。
で、町を見わたしゃギルドが! 中に入って手続きを済ませ洞窟へ……すると。
「え? このゴブリン! 何で盾で攻撃を防ぐのよ。え、当たったと思ったら! 残像じゃん! 逃げろー」
初戦は敗退です。実は彼女、女神と会っていません。チートスキルを授からず、異世界に放り出されたのです。
「うう、依頼以外でお金を稼がなきゃ」
荷物運び、薬草摘みと、戦わなくても済む職を転々とします。装備を買うお金を稼いでいたんですが、そんな折、気付きます。
「あれえ? これ、リアルと何も変わんないよ? 一日8時間労働してるだけ! そうだ、女神だ……あいつが、足りない……。確か転生する前に真っ白な部屋にいて、あいつからスキルをもらえるはずなのに、それをすっ飛ばしてるわ! なんで私だけ?」
思い出してくだせえ。彼女は歩きスマホ中に死んだだけのC級転生者だったからではないでしょうか? で、異世界に転生した先人たちは子猫の身代わりになって死んでいったS級の転生者だったんです。それに引き換え彼女は不注意で死んでしまったバスト99cmほどあるただのドジっ娘巨乳です。
「あら?」
しかしある日、冒険者ギルドの掲示板の隅っこの張り紙が彼女の人生を変えます。
『異世界話芸師募集。経験不問。口先ひとつで生き残れ!』
「あっ! 話芸師? これって落語家?」
ラクカはピンときます。
「これよ! これで戦わず済む!」
本来の目的を忘れ、この道を進もうと決めたのです。
「掲示板見たんですけど!」
「ああ、異世界落語家を希望かい?」
着物を着た恰幅の良い男がラクカの話に応じます。
「そうよ!」
「じゃあ採用!」
「はい!」
かくして彼女は
『異世界落語家』
となったのでございます。で、その男に弟子入りしたのでした。そしてある日。お師匠さんが言います。
「ラクカ、笑いの素材のアイテムを探してこい」
「なにそれ?」
「ああ、この地図の洞窟にあるはずだ。一人前になるためだ」
「ええ?」
「頑張りな」
「洞窟かあ……落語家の仕事じゃないわよ。でも素材さえ集めれば、後はこの逃げ足で帰るだけだし……」
ラクカは逃げ足だけはそこら辺の冒険者よりも早いんでございます。学生時代、陸上部でしたので。
ーーーーーらくごそざいの洞窟ーーーーー
「落語に素材って……具体的に何よ? どんな恩恵があるの? ま、いいか。素材素材と……」
ここは洞窟内。素材と魔物でセットでございます。早速魔物がごあいさつ。
「プルン」
「あっ、あれはスライム? どうしよう、……逃げだよね?」
「プル!」
ですが素早くとびかかってきます。
「わあっ! こっ、ここで落語を一席」
「プル?」
何か始まるの? とスライムが止まってしまいます!
「あ、聞いてくれる? よ、よし……せ、先日、異世界に転生いたしましてね。ええ、これがまた、電車にはねられての不注意死! 本来なら女神様がチートスキルを下さるはずが、何も助けずしんじまったもんで、なんも授からずにポイと放り出されるぅ!」
スライムの体が、わずかに動く。
「仕方ない。なら0から成り上がってやる! と意気込んでギルドに入り依頼を受けりゃ、出会った魔物はゴブリンの群れ! 楽勝とおもいきや這う這うの体で逃げ帰るぅ! ええ、逃げ足だけは自慢ですから」
プルルンと、スライムの体が震えだす。
「その後も、肉体労働は苦手だわ、モンスター相手は無理だわで、結局、パン屋の店番だの、薬草摘みだの。死ぬ前と変わらぬ8時間労働! なんだったんだい私の人生! おあとが、よろしいようで」
プルン
スライムの体に負けずおとらずの99cmの巨乳を震わせつつのお辞儀で終了。すると?
「ルンルン」
そう言いラクカにすり寄ってきます。
「え? 落語が通じた?」
試しにスライムをなでてみます。
「プルルン」
嬉しそうにして跳ねておりやす。
「これが、異世界漫才師の力なの? すごい!」
どうやら漫才を始めると宣言したら、攻撃の手を止めてくれる場合があるみたいですね。
その後のネタが心に響けば仲良くなれる感じなのでしょう。
「プルちゃん! おいで!」
スライムのプルちゃんと共に洞窟を探索します。すると
「グルル」
長い棍棒を持ったイノシシ型の魔物のオークが姿を現します。
「まともに戦っても勝ち目はないわ……プルちゃん力を貸して?」
「プル?」
「そこのお方」
「グル?」
「そうです! そこのいかした棍棒を持ったあなたですよ」
「グル?」
「お得な情報がありまして」
「グルルル」
「実は今、町のスーパーで酢とライムをセットで買うとおまけがついてくるんですよ」
「グル?」
「そのおまけが何か聞きたいですか?」
「グルン」
「なんと酢とライムだけに……スライムのぬいぐるみがもらえるんですよー。ほらあ!」
そう言いつつプルちゃんを頭の上に乗せます。プルちゃんは空気を読んで人形のフリをし、微動だにしません。
「グル!」
ダダダダダ
オークは町へ走っていきました。町で暴れなければいいのですが……まあ大丈夫でしょう。
「やった! うまくいったわ。もどって来る前に探索を続けましょう」
「プル!」
すると、ぽつんと金色に光る宝箱。洞窟で光る宝箱なんて、怪しさ満点です。
「すごい! 中には誰でも面白くなれるネタの本が入ってるかもしれないわね♬」
パカ
何も入ってません。
「ハズレか」
先に取られてしまったのでしょう。すると……?
「え?」
ガコン!
宝箱周辺の床が抜けて、奈落へまっさかさま!
「きゃあああああ♡」
ラクカ、プルちゃんと共に落下……。
ーーーー洞窟最下層ーーーー
ヒューン プルン
プルちゃんがクッションとなってくれて大きなケガはないようです。ですが、暫く気絶していました。気がつくと、そこは洞窟の奥深く。初戦で苦戦したゴブリンとは比べ物にならないほど禍々しい気配。
「うわあ……何この空気……? あ、いたたた……」
どよーん
足をくじいたみたいです。禍々しい気配が漂い、自分の足の痛みよりも先にその重い空気にドン引きします。
周囲を見渡すと、誰かが落とした装備やカビの生えた食料などが散らばっています。
しかしそれらには目をくれず、出口を探してみますが……どこにも見当たりゃしません。
すると隣の部屋から声が
「ダメだ。どうやら奴を倒さなくてはこの階からは出られないぞ」
そう話すのは日本刀を腰に下げた侍風の男。他にも3人の男がいます。
「あの……」
「ああ、君も落ちて来たんだね?」
「はい」
「どうやらこのフロアのボス、鋼鉄巨人にはそこのムサマネの刀でも傷一つ与えられなかったんだよ」
どうやら侍はムサマネと言うらしいですね。この男は大きな斧を持っています。
「彼はこのチームの中で最高の力の持ち主なんだ」
別の男もムサマネに一目置いている模様。この男は鋭い槍を持っています。
「あいつの鎧には魔法反射のルーンが刻まれていて攻撃呪文も通らない」
この男は杖を持っています。恐らく攻撃呪文の使い手。ですが物理も魔法も効かないボスがこの階を守っているとの話で
「そんな……こんなに強そうなのに……じゃあここから出られないんですね……」
「ああ、自慢じゃないが俺のレベルは70。だけど食料も尽きて満腹度がなくなっていく。このままじゃ全滅……かもね」
刀を持つ手が震えていますね。
「私なんてレベル1です」
「職業は?」
「異世界落語家です」
「そうか、誰かまた降ってくればいいんだけど」
「どんな職業なら勝てそうです?」
「そうだな……奴は分厚い鎧で守られていて、魔法も効かない。で、近くに来たときのみ反応して超高速の大剣でのカウンターをしてくる。近寄らなければ何もしてこないが、おそらく遠くから鎧を貫通できる特技を持った職業なんかがいいな」
「そうなんですね。じゃあ言葉は通じる感じなんでしょうか?」
「分からない」
「私、ちょっと行ってみます」
鋼鉄巨人の居る部屋へと向かいます。
「お、おい待つんだ!」
「大丈夫です。ええ、落語を一席」
「……?」
これは、聞いてくれている?
「ええと」
鋼鉄巨人の部屋にも沢山の冒険者の遺品が。ラクカは辺りを見回し、猫のぬいぐるみを拾い、落語を開始します。
「わたしゃ、犬の落語家犬犬亭犬犬と申しやす」
「おい、それ、猫……」
ムサマネがつっこみます。
「しっ、黙って」
「あ、ごめん」
「プッw」
おや?
「え?」
ムサマネが鋼鉄巨人の笑い声に気付きます。
(あ、効いてる! よし!)
「いや、みんなお前は猫じゃねえかって言いやすんですワン。こんなにほねっこが好きなのに……どこが猫なんだニャン? おっと、猫なんだワン?」
「ププッw」
「今だああああ!」
ムサマネが笑っている鋼鉄巨人にとびかかろうとします。
「ちょ! 何してるんですか?」
「え? この刀で……」
「無理です。通じませんって。私に任せて」
「はい……」
立場が逆転してしまいましたね。
「ある日ね、わたしゃ猫の集会に紛れ込んじまいやしてねえ。みんなにゃんにゃん言って猫パンチをしてくるもんで、犬としてのプライドから腹が立ってきちまいやしてねえ? 大きい声で言ってやったんですよ」
「……!」
どんな言葉が来るのか興味津々の鋼鉄巨人。
「どうしよう……ここまで考えてオチが……思いつかない……うう、一か八か……」
ここでもし落とせなければ鋼鉄巨人の逆鱗に触れてしまうでしょう。ラクカ大ピンチ!
「生類憐みの令! とね……おあとがよろしいようで」(どうだ?)
これは徳川綱吉が出した不条理な動物愛護令ですね。特に犬を大事にしていたというディテールを巨人が理解できるのでしょうか?
そして現実問題、それを猫に言ったところで猫パンチを止めてくれる世界線はございません。なぜなら猫は、歴史の勉強はあまり得意ではないのですから。
「まさか、この世界で綱吉の話を聞くこととなるとは……見事なり! わーはっはっはっ!」
巨人が呵々大笑し、そして……笑い声が消えると、息絶え、消滅してしまいました。
「おお! なにも通用しなかった巨人が!」
そのとき、巨人の居た場所から宝箱が。開けると底に文字が。
『ここは洞窟の最下層。この宝箱は空。落伍し、骨折り損のくたびれもうけ。だが、己の欲が引き金となったことを知れ』
「むう……」
返す言葉もない様子。
『落語者よ。何が残った? 己が落伍してなお、語り続けるは芸の道』
「……なによこれ……え? 落語と落伍? これってもしやダジャレじゃない? こんな奥で寒いダジャレ? 笑えないわ」
「酷い洞窟だな。恐らく落語者という言葉から異世界落語師育成専用の洞窟だったようだな。俺達がいくら頑張っても攻略できないわけだ」
「確かにそうね。どうして侍のあなたがここに?」
「ああ、らくごそざいのらくごを、楽語と勘違いしたのだ。楽になる呪文と言う勘違いだ」
「仲間の魔導士のために?」
「うむ。だがもうこんな所に用はない。世話になった。君、名前は?」
「加倉羅久華」
「そうか覚えて置く。ではさらば! 魔導士! 脱出魔法を頼む」
「Iルミト」(アイルミト)
ビューン
「いっちゃったね。私も一緒に連れて行ってほしかったな。ま、いっか。でも、この経験は使える。と言うか、使うしかない! これでネタ一本完成よ!」
ーーーーー三日後ーーーーー
ラクカはギルドに自力で帰還。
「ただいま。素材はなかったよ」
「そうかい。報酬は無し、と言いたいところだけどムサマネって人から預かってるものがあるわ」
「え?」
「これよ」
金貨の詰まった袋を受け取ります。
「わあ」
「お礼だってさ。それと視聴料だってさ。何の話かわかるかい?」
「ああ。わたしの落語だわ。律儀ねえ。それと、自虐ネタも洞窟でつくったのよ。どんなネタか知りたい?」
「聞きたいわ!」
「あいよ! でも疲れてるから明日ね」
「みんなを集めとくよ」
ーーーーーー翌日ーーーーーーー
「おあとがよろしいようで―」
「いいぞー」
パチパチ
ラクカがギルド内で披露した落語
『人生の落伍者』
は、全冒が手を叩き笑ったとさ。それ以来、彼女はこう呼ばれやした。
落伍亭 タカラクカーヌ』
とね。
決して名誉のある名前じゃないです。なんでか? そりゃあ、宝箱の罠にまんまと引っ掛かって、「宝」につられて「落下」した、その音から来ているからでございますよ。
『たからっかーヌ→タカラクカーヌ』
という、なんとも情けない経緯でございましてね。それに
『落伍亭』
ときたら、これもまた随分な名前ですなあ。まあ、これも仕方ありやせん。宝につられて物理的にも落ち、人としても落ちぶれた、まさに
『落伍』
の人生を経験した落語家ってえことを現しているんです。
にもかかわらず、妙に落ち着いている。それがラクカという女でございます。
「厚顔無恥じゃないか?」
ですって? 違いやす、旦那! 自虐ネタってのは、堂々としている方が断然面白いもんでございましょ? もし語り手が自分の失敗や欠点をネタにして、そこに悲壮感が見えちまうと、笑えなくなっちまうんです。逆に堂々とすりゃ
『へえ、これを笑い話にするつもりか?』
という共通認識が生まれ、安心して笑えるってもんです。
自分の弱点や失敗を隠さずに、面白おかしく語れるってのは、ある種の自己肯定感、つまり強さの表れでございます。そこには
『この程度のことで自分は揺るがない』
という余裕が笑いを誘うんでございますねえ。
自虐ネタを語る際、動じない姿に面白みを感じるのでございます。
ラクカは、その肝心なところを本能的に知り尽くしてたんでございますねえ。
さて、この
『らくごそざいの洞窟』
は、落語が上手くなる秘伝の本でも入っている宝箱があるかとばかり思われておりました。で、実際は、金銀財宝や不思議な巻物といった物質ではございません。他でもない、経験そのものだったんでございます。
まさに、異世界落語家以外には何の役にも立たないダンジョンと申せましょう。
これからもラクカは楽しい落語を、冒険を終え、疲れている冒険者たちに披露して疲れをいやすことでやしょう。それはまた別の話で……
それじゃあ、おあとが、よろしいようで……。