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赤いサメの唄  作者: 変汁
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マリカの占いがよく当たるというのは、本当の事だった。いやそれ以上の力をあの女は持っていた。私を静香の偽物だと見抜き、かつ私が赤いサメの紅子の主人というのも知っていた。


私は酔っ払いのような力のない足取りで、何とか自宅に戻るとベッドに突っ伏した。こんなにも疲労困憊したのはいつ以来だろうか。初めてかもしれない。


他人に内面を見透かされるという事がこうも精神上、害悪なものだなんて。全く、最低な気分だった。


激しくお腹が空いていたが、あの占いのせいで食べる気力さえ奪われてしまったようだ。


こんな調子で明日から仕事だなんて。せめてもの救いは前乗りしておいた事だった。これが今日の今日、始発で千葉になんて言っていたら、帰って来れなかったかも知れない。このまま寝てしまいたかったが、そうもいかない。せめてシャワーを浴び、胃の中に何か入れておきたかった。産まれたての子鹿のように震えながら起き上がる。何とかシャワーを浴びて野菜ジュースを飲み、そのままベッドに潜り込んだ。


灯りを消して目を閉じる。心身ともに疲れ切っていたから直ぐにでも眠れそうだった。けれどいざ眠ろうとしたら、中々寝付けずにいた。何度も寝返りを打ちながら静香を殺した犯人はうちの会社の出入りする業者の人間だと言ったマリカの言葉を思い出した。出入りの業者と言っても、一体、何人いるだろう?社屋と隣接している工場に来る業者も関係しているのだろうか?


いやそれはない。静香は工場勤務ではないからだ。なら営業マンか?コピー機やパソコン関係の奴らだろうか?それとも文具系?清掃業者もいる。


思いついた出入り業種だけでもそれなりの犯人候補はいそうだった。特別、静香を殺した犯人が憎いから捕まえたいという気持ちがあったわけではない。何故なら静香殺しに私が加担、いや大きく関わっていたからだ。私が静香の事でうんざりしたのが、静香殺しのきっかけとなったからだ。自分が殺したようなものだから、今はもう実行犯を責める気持ちにはなれなかった。だとしても私が捕まる事は絶対にない。私は自らの手を汚す事なく他人の力を借りて、いや利用して死に至らしめる事が出来るからだ。


紅子はその象徴であり、その他人が死ぬ時、必ず紅子は仰向けで泳ぐか、獲物に襲い掛かってるように激しく暴れる。今のところ死を現すパターンはこの2つだけだが、もしかしたらもっとあるのかもしれない。それは私が、他人に対して、死を望む事で泳ぎ方の違いが増える気がした。


一瞬、マリカを殺そうかと願おうと思ったが、直ぐに思い止まった。マリカがどんなに喚き騒ごうが、私が犯人だと言う証拠を警察に提示も出来なければ、突き出す事も出来やしない。ましてやこの私の行為を止める事も不可能だからだ。もしそれが出来ていたならマリカは私と紅子を止め静香が殺されずに済むように出来た筈だから。


けど正直な事を言えば、鑑定中にマリカに私の真相を見抜かれ、あげく確信を突かれた時はお漏らししそうになる程、慌ててしまった。けど、ある程度、時間ぎ経った今ならあんな占い師など恐る必要はないのだと思えた。


言い当てたから何だと言うのだ。他人の全てを見抜いたからどうだと言うのだ。おまけにマリカは目が見えない。そんな盲目な人間に何が出来る?見えないものが見えたから何が出来るというのか?他人を占ってお金を稼ぐのが関の山だ。


私はいつしかほくそ笑んでいた。正直、30分2万は私にとってみればそこそこ痛い授業料だったが、紅子の存在の意味が多少なりわかった事とマリカ自身には何かを変えられる力はないと言う事が知れた事を踏まえれば、今回の事は2万円以上の価値があった。


そう。変えられるのは私自身にしか出来ない。家族や友人、同僚や恋人、はたまた王や神にすら、私が死を願えば、そのようになるのだろう。反対に私がサメに願わなければ、誰一人死ぬ事は、多分ない筈だった。

つまりそれは今の私に恐れるものはない。


週初めの月曜日の昼、屋上でランチを取りたかったが、まだそこは立ち入り禁止だった。


仕方なく部署に戻り自分のデスクに座って食べることにした。こんな状況になる前まではさして気にしてもいなかった事が、私にのしかかる。そう。静香がいない今の私には話し相手もランチを一緒に取ってくれる同僚もいなかったのだ。


嫌われているとかシカトされているという訳では多分ない。静香の友人として、ショックを受けているから、今はそっとして置いてあげようという気遣いも中にはあるだろう。そう思った。いや思いたかったのかも知れない。おろし蕎麦を食べる手が微かに震えている。箸で上手く蕎麦を掴めなかった。そんな時、数名の男性社員が部署に駆け込んで来た。


「犯人捕まったらしいよ!」その内の誰かがTVをつけた。


画面には会社の正面玄関から警察に連行されていくスーツ姿の男が映っていた。俯く事も、顔を伏せる事もせず、むしろ堂々としたふてぶてしさだった。


時より、にやけてカメラ目線になる。まるで別に捕まる事は恐れてはいなかったという表情だ。

その表情からは男の達成感すら感じ取られる。


私はこの男を見知っていた。コピー機の営業マンだ。春からうちの担当の1人になり、確かまだ新入社員だった記憶がある。捨てていなければ名刺もある筈だ。私は画面を見ながら引き出しに手をかけた。


その瞬間、男はいきなり、駆け出し側で警護していた制服警察官に体当たりした。一瞬の出来事だった為、男の背に手を添え連行していたスーツの警察官2人は直ぐに動けなかった。男は倒れた制服警察官の上に馬乗りになり腰にかけられてある拳銃を奪い取った。

セイフティレバーを下ろし空に向かって1発発砲した。周りにいた警察官や報道陣は一同に身を屈めた。男は立ち上がり拳銃を握った手で周りを威嚇する。


「やべえ事になったよ!」


「警察ムカつくからやれやれー」別な男がいう。


TV画面を指差し煽り興奮する男性社員。対岸の火事だと思ってこいつらいい気になっているようだ。

私は名刺ケースを取り出した。

TVと名刺を交互に眺めながら、犯人の顔写真付きの名刺を見る。


大橋駿太 おおはししゅんた。名刺の中の大人しそうな表情とは正反対の表情をTVの中の大橋駿太は歯を見せながら笑みを浮かべている。


慌てている風は全くない。むしろ安堵した表情だ。ゆっくりと辺りを見渡した後、その視点がとあるTVカメラで止まった。カメラに目線を向け手招きをした。


「こっちに来てくれませんか」


カメラを抱えた体躯の良い中年男性は大橋の言葉に無反応だ。恐怖で動けないのかも知れない。


「今はまだ貴方に危害を加える気はありませんから。でも僕の言う通りにしてくれないと僕の気が変わって貴方に危害を加えるかも知れませんよ?」


それでもカメラマンはその場を動こうとはしなかった。だが職業病といつやつなのだろうか、カメラは大橋を捉えて離さなかった。


「僕はね。短気な方ではありません。むしろ怒る事は稀です。何故なら争いは嫌いだからです。何事も穏便に済ましたい性格ですけれど、この場合そうも言ってられない事くらい、報道者としてわかりませんか?」


大橋は再度、周囲に目をやり構えた拳銃で威嚇した。


「動かないで下さい。こう見えて僕は射撃は上手い方なんですから。嘘ですけどね」


大橋はそう言ってカメラマンの方へと歩を進ませた。


「ウケる。こいつ馬鹿だなぁ」男性社員が言った。


何がウケるだ。私はこの男性社員が死ねばいいと思った。


「つまり、無闇矢鱈に発砲する事になりますよって事です。僕が発砲すれば、運が良ければ当たらないし、悪ければ当たります。もっと運が悪ければ死ぬかも知れません」


大橋はいいカメラの前までやって来ると画面に向かってこう呟いた。


「涙の先には未来も希望もなかったよ。静香さん。心から愛しています」


大橋駿太はいい口をあけ拳銃を咥えた。発砲と同時に大橋駿太の頭部が吹き飛び血飛沫や脳漿がTVカメラの画面に飛び散った。カメラマンは目の前で起きたあまりにも衝撃的な出来事に腰を抜かしゆっくりと崩れ落ちていく。


担いでいたカメラが地面に落ちそのレンズが捕らえたのは悲鳴と怒声と逃げ惑う数多の脚と、そして大橋駿太の死体を取り巻き蹴り飛ばす警察官達の無数の足だった。


私はTV画面の前にいる男性社員の背中に向けてこう囁いた。


「お前らも死ね」


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