⑧
1番目の女が出て来た時、その側には助手が寄り添っていた。
身体を支え大丈夫ですか?と声をかけている。
「少し休んでいかれた方が良いのでは?」
女はやたらに首を横に振る。
「病院に行かれた方が宜しいかと思いますが。救急車を呼びましょうか?」
「いらないから!もう放っておいて!」
女は助手の腕を振り解きフラフラした足取りで私達が並ぶ列の横を歩いて行った。生気が抜けた表情は直ぐ側に死を見つめている風だった。その目は一心に地面を見つめている。
1時間の鑑定の中でこの女がマリカに何を言われたのか想像もつかないが、間違いなく良い未来を話してくれたわけでは無さそうだ。
それにオマケじゃないけど、私の可愛い紅子の呪いもかかっているのだ。つくづく不運な女だ。あの時、私を睨みさえしなければきっとその目が潰されて死ぬ事はなかっただろうに。
私はこの女の最後を見てみたかった。静香の死体を見つけた時は余りにショック過ぎて取り乱したが、その理由を知った今なら、死体を見る事に何の恐れも感じない。ましてや赤の他人、ムカつく女だ。存在意義が皆無と言わざる負えないそんな人間の死に様を見るのはきっとコメディ映画を見るようなものだ。
そう考えると自然笑いが込み上げてくる。あぁ。お願いだからその辺りで蹲って私の鑑定が終わるまで待っててくれないかなぁ。
女の背を見つめながらそのように考えていた私を、助手が現実に引き戻した。
私は助手が差し出した手を握り、連れられるようにマリカの館へと入って行った。
シャッターの奥は薄暗く、小さなランプが点々と吊るされていた。3階分はあるだろうか。急な階段が上まで続いていた。そこを2人で登り切ると、鉄扉があり、私はその前で待つように言われた。助手がインターホンを鳴らすとマリカだろう。
ハスキーな音声で「どうぞ。中へいらして」と言った。
助手は何も言わず鉄扉を引き開けた。私は招かれるままに中へ入った。マリカの部屋は階段よりは明るかった。
ベージュの壁に花をいけた花瓶の絵が飾られてある。
正面にはロッキンチェアーが一つ置かれてあり、その前にレースのカーテンが垂らされていた。その奥にテーブルを挟んでマリカが座っていた。頭からベールを被り顔を隠していた。
「ここは初めてですか?」
マリカの方から口を開いた。私ははいと答えた。
「お名前と年齢、ご職業、出身地をお教え下さい」
私は山木静香、28歳と答え、続けて残りを答えた。
私が言った後、マリカはテーブルに向かいその上で何かを書き込んでいた。きっと静香の情報を書いているのだろう。
「30分コースをご希望という事ですが、それは貴女の事を占うものは無しで良いのですか?」
「え?」
「今、貴女が話した名前等は別人のものですね。つまり貴女は貴女自身の事ではなく、この方の事を占って欲しいという事ですよね?」
あまりの衝撃に私は言葉が出なかった。どうしてわかったのだろう?マリカが記入した物を隠しカメラか何かで撮影していて、それを助手が調べマリカへイヤホンか何かで伝達したのだろうか?にしては早過ぎる。顔写真も撮られてはいないから、見た目で別人だと判断は出来ない筈だ。
けれどマリカは私が静香ではないと見抜いたのだ。
私が黙っているとマリカは言葉を続けた。
「どうなされますか?山木静香さんを占いますか?それとも貴女自身の事を鑑定しますか?」
「りょ、両方でお願いします」
「わかりました」
マリカが言った後、私は年齢や本名を伝えた。
マリカはタロットカードのような物を取り出しテーブルの上に置いた。それを配置してしばらく眺めた後、こう言った。
「私が彼女に、つまり山木静香さんに伝えたのは赤いサメを飼っている者には近づかない方が良い。身の危険に晒されるからと告げました。が、それはどうやら上手くいかなかったようですね」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味です。彼女はもうこの世に生きてはおりませんでしょう」
マリカはそうハッキリと言った。
私に動揺が表れているのをマリカは気づいただろうか。いや、静香殺害事件はそれなりにニュースになったから、知っていても不思議じゃない。その可能性は絶対にある筈だ。
私は息を呑み、答えた。
「その通りです。確かに静香は殺されました。彼女は私と同期で同じ職場で働いていました。静香の身に何があったのかわかりませんが、彼女は惨たらしい殺され方をしました」ここまで一気に話すと私は一呼吸置いた。
「で、私の占い通りにいかなかった為、貴女は今日、私に文句を言いに来たわけですね?」
「えぇ。言い難いですが、その通りです」
「それで貴女は満足出来ましたか?」
「どういうトリックかはわかりませんが、マリカさんは私が静香ではないと見抜きました。それには正直、愕きましたが、まぁ、それは良いでしょう。ただ静香が死んでいる事をどうして知っていたのですか?」
「トリックとお考えになるのは貴女の自由です。が、こういう言い方をすると傲慢だ、天狗になってる、など思われるかも知れませんが、上手く言えませんが、私には鑑定するその人のヴィジョンが見えるのです。この力が超能力だとは私は思いません。このような力は古代の人間には備わっていたのだと、私は考えます。つまり私は本来、現代社会に産まれるべき人間ではなかったのだと思っております。なのに私は奇異な目で見られかねない力を有し、この世界に産まれました。これは私の深い業だと思います。私は人の未来が見えるかわりに、私自身は目が見えません。盲目なのです」
マリカはそういうとレースのカーテンを開け、無造作にヴェールを剥ぎ取った。部屋の光量が強くなり、マリカの顔がハッキリと見えた。その目は白濁していた。メイクやコスプレ用のコンタクトかな?とも思ったが、とてもそのようには見えなかった。
「盲目だと、健常者には見えないものが見えたりするのですよ」
マリカはいい、手探りでヴェールを掴み取った。それを持ち椅子から立ち上がった。まるで見えてる人のように歩きカーテンを閉め、また椅子に腰掛けた。
「自分のテリトリーの中でなら私は不自由なく生活できるのです」
「そうですか…」
「では、私の話はこれくらいにしておきましょう。話を戻しますが、鑑定時間はまだ残っています。貴女の事を占いますか?」
「私の事より、静香を殺した犯人が誰か見てもらえますか」
「誰が犯人かなんて、そんな事、貴女は既にわかっておられるのではないですか?」
マリカのハスキーな声がそう言った。
「ま、貴女がご存知なのは殺人を犯した実行犯ではありませんが」
私は何も言い返せなかった。この占い師は本物だ。いや、それ以上の存在かも知れない。
出来るなら今すぐこの部屋から飛び出したかった。
「実行犯は貴女の会社によく出入りしている人だと思われます。どうやらその方と山木さんは深い仲だったようですね。けれど私の所へ来た時に、私は忠告したのです。その方との別れは夏までに来ますから、決して焦って別れようとしない事と。何故なら貴女の側に赤いサメの飼い主がいるからだと私は話しました。その飼い主と離れ、つまり職場を変えたり、縁を切るなどした後であれば、何事もなく別れられるでしょう。私はそう話たのですが、上手くいかなかったようですね。残念でなりません」
マリカは私が紅子な主人だとわかっている。喉が渇き額に汗が滲み出る。
「貴女はサメを使って何をするつもりですか?気に食わない人達を次々と死へと導くのですか?そんな事をやった所で、決して貴女は幸せにはなれません。なれるとしたら、貴女が赤いサメと対峙し、戦って倒すしかありません。そうしなければ、貴女は貴女自身を殺してしまうでしょう」
「もう、結構です。ありがとうございました」
私は椅子から立ち上がり、二万円を取り出し椅子の上へ置いた。踵を返し部屋を出た。助手の呼びかけを無視して階段わ駆け降りた。そのまま駅に向かった。一息つけたのは地元へ向かう電車に乗り込み、その電車が動き出してからだった。