表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤いサメの唄  作者: 変汁
32/40

何とか自力で帰宅すると、そのままベッドに倒れ込んだ。明日が休みで心底良かった。


だが未だ鈍痛が続くこの苦しさは、明日1日休めばどうにかなるとも思えない。


要するにこれは病気ではなく、原因は、新たに増えた赤いサメのせいだからだ。


恐らくこのサメは誰かしらが私を殺そうと願っているから、現れたに違いなかった。


ただ体調は最悪だがこれは新たな発見でもあった。


サメの主人がサメの主人を殺害しようとすると、その主人の下へ赤いサメが現れるという事だ。


つまりは私のサメも現れたこいつの主人の所へ送り込む事が出来る、という事でもあった。


けれどそれはどうやれば良いのだろう。

送り込んだ後、私のサメはいなくなるのだろうか?そして再び私の下へ戻って来れるのだろうか?


わからない事だらけだった。だがとにかく今はこの体調を何とかしなければならなかった。


明らかに私の体調が悪いのはこの1匹のサメのせいに違いなかった。つまりはこいつを処分すれば、私の体調は回復すると思われた。


2匹は渦を描くように泳いでいる。その距離を一定に保ちながら、まるで仲間とでも言いたげに回遊している。仲間ね…ある意味では当たっていた。


誰かを殺したいと願っている者達の象徴とも言えるのが赤いサメであるからだ。

けれどそのサメのせいで私は苦しめられていた。


殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ


その巨大な口でそいつに噛みつき、鋭利な歯でそいつの肉を、鰭を眼球を腹を引きちぎり食い千切れ。そして全てを喰らいつくすまで


殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺し続けろ…



瞼を、固く閉じ、痛む腹部を両手で押さえながら私は願った。すると突然、回遊を止め赤いサメ同士が向かい合った。


最初に襲いかかって来たのは見知らぬ赤いサメの方だった。私のサメは寸前でその歯から逃れ尾鰭で敵のサメの目付近を叩いた。そして軽やかに身を翻したかと思った瞬間、私の赤いサメは敵のサメの腹部に噛みついた。


激しく頭を振り回す。赤黒い血が腹から流れだした。私のサメは腹部を引きちぎりそのまま飲み込んだ。その後はあっという間だった。


更に腹部を裂き、中から内臓を引き抜いた。敵のサメは必死に抵抗するが、明らかに動きが緩慢になっていて私のサメの相手ではなかった。


腸や胃、肝臓などを次々と喰らっていく。頭部は最後まで残していた。捨て頭だけになった敵のサメは微かに顎を動かしている程度で命は消えかけていた。


その頭を私のサメが巨大な口を開き一口で噛みついた。音まで聞こえて来そうな程、私のサメは頭部を噛み砕き続けた。


全て平らげると直ぐに腹部の鈍痛も治った。

ホッとして上半身を持ち上げる。と同時、私の赤いサメが苦しそうにもがき始めた。全身を震わせながら暴れ狂っていた。


だがそれが治ったかと思うと最大に口を開いた。するとその口から新たな赤いサメを吐き出した。吐き出すと2匹は肌を擦り合わせながら泳ぎ出した。


なるほど。そうか。そうなのか。

こうやって倒す事で新たな赤いサメを手に入れる事が出来るのか。


そうなると私を殺そうとした奴は、2度と赤いサメを見ることは出来ないのだろう。


ざまぁみろ。私はこの戦いに勝ったのだ。どうやってそいつが私の下へ赤いサメを送り込んだのか、その方法はわからないままだが、そんな事はどうでも良かった。


わざわざ送り込まなくとも、向こうから来たら返り討ちにしてやれば良いだけだ。何しても今の私には2匹の赤いサメがいる。負けるわけがない。


私は今の状況と結果に満足した。するととてつもなく空腹を覚えた。

キッチンへ向い、簡単な料理を作る間、カップ麺やカップ焼きそば、プリンを平らげ、かつ、一合半のご飯と野菜炒めを綺麗に食べ尽くした。


きっとこの旺盛な食欲と2匹になった赤いサメとは深い因果関係がありそうだ。


私は満足しお風呂にも入らず再びベッドへ飛び込んだ。あっという間に睡眠の世界へと落ちて行った。


余程、疲れていたのか、目が覚めた頃は既に陽が落ちかけていた。ムクリと身体を起こす。パサついた髪をかき揚げながらベッドから出ると、真っ直ぐトイレへと向かった。


一生出続けるのではないかと思う程の尿を排出し、そのままシャワーを浴びた。


身体を拭きもせずに顔を洗い歯を磨く。頭にタオルを巻いて裸のままテレビの前に座った。なかなか働かない頭でニュースを見る。


まだあの女の死亡を告げるニュースは流れて来なかった。ならばとスマホを手に取り、県内の昨日の死亡者を検索するが、どれもが老人ばかりだった。


こんな老人共が私を殺そうとすると思えない。

経験則に乗っとれば、殺意が結果に現れるのは人によってまちまちだった。


焦る必要はない。あの女が私を殺そうとしたのであれば、2度と赤いサメを見ることは出来ない筈だ。私のサメが喰い殺したからだ。


それは別な人間でも同じ事が言えるだろう。

ならば、私がしなければならない事は至ってシンプルだ。


私が愛する彼が好きだというあの女を確実に殺す事だった。



電車内で見かけたあの女が乗車していたであろう時間帯を思い返す。


明日からそこで見張ってやろうと決めた。マリカの館で待っていた私に対して行った溜め息という非礼も許すわけにはいかなかった。


あの女に対し沈黙を貫けるほど、人間は出来ていない。

やり返せるチャンスが訪れるという、明日からの日常が楽しみで仕方がなかった。



その時は意外と早くに訪れた。


あの女を見張ってから3日目に、私は電車内であの女を見つけたのだ。ただ、驚いた事に、そこには彼も乗車していた事だった。彼の前で彼の好きな女に暴言を吐いてしまっては私と彼との運命がより遠ざかってしまう。


どうしてこんな時に、と私は私の運と彼の運を呪いたくなった。人混みに紛れ、女と彼を監視する。彼の表情がやけに硬く感じるのは気のせいだろうか。


その彼も、電車が止まりそうになる度、あの女の存在を確認しているようだった。電車が動き出すと女は真っ直ぐガラスを見つめていた。


横顔だけしか見えないから、何とも言えないが、先程から落ち着きが無さそうに感じられる。不機嫌そうな表情で窓ガラスを一点に見つめていた。


電車が止まると女が動き出した。どうやら降りるらしかった。彼を見ると彼も人混みを掻き分け慌てて下車しようとしている。


その緊張した面持ちから彼は何かをしようとしているのが、私にはわかった。


私も後に続き下車して行く人混みに紛れ、それが何なのか考えた。女が前の扉から降りる。彼がその後を追う。私は1つ後ろのドアから下車して行った。


その時、頭に電流が走った。そうか。彼はあの女に告白をしようとしているのだ。許せなかった。だが、それを止めるにはリスクがありすぎた。


彼の告白を止めた女をどうして好いてくれよう。

私は小さく毒づいた。そして死ね死ねと囁きながら、2人の後を追った。


私の数メートル前で女が立ち止まった。こちらを振り返る。私は思わず顔を逸らした。その直ぐ後に彼の後ろ姿に阻まれ女の姿が見えなくなった。私は焦った。早足でそちらへと近づいた。


「いきなりすいません!」


雑踏の中にあっても彼の声は響き、私の耳まで聞こえてきた。


「前から電車内で貴女の事を見つけて気になってました。その気持ちがただ可愛い人だなぁと言う気持ちからいつしか好きになり、気づいたら大好きになっていました。僕と付き合ってください!」


やはり告白だった。怒りによって腹の底がマグマのように煮えたった。


「彼氏いるんですか?」


「なら、いや、返事は直ぐじゃなくていいので、一度、僕とデートして下さい!お願いします」


女が何か言ったが私には聞こえなかった。いや聞こうとしなかった。


彼がポケットからスマホを取り出した。女がバックに手を入れる。スマホだった。


この状況で何が起こったなんて、ガキにでもわかる。連絡先を交換した筈だった。


私でさえまだ彼と連絡先は交換出来ていない。携帯番号だって知らないのだ。許すわけにはいかなかった。


彼は女に頭を下げ、お礼をいうと階段を駆け降りて行った。


今しかない、私はそう思い、女の側へ駆け寄った。


女が階段の方へと振り返る。


私は女の側へと寄った。


「あんたなんかが彼と付き合えるわけないじゃない」


「はい?」


女がこちらを振り返った。


「何ですか?」


つっけんどんな言い方だった。


「だからあんたは彼とは付き合えないって言ってんの」


「意味わかんないんですけど」


女がそう言った時、顔色が変わった。何か思い出したようだった。


そうよ。私はあんたを知ってる。あんたも私を知ってるでしょう?


マジマジと私の顔を見返す女の表情は驚愕で震えていた。


やはりこいつか、と私は思った。赤いサメをどういうやり方かわからないが私に送り込み、私を殺そうとしたんだ。女の表情がその事を物語っていた。


「あんた死ぬから。私を殺そうとした罰よ、いや私の好きな彼の心を奪った罰。だからあんたは会社の屋上から飛び降りて死ぬの。だって私がそう赤いサメにお願いしたから」


「え?今、なんて…」


「ご愁傷様。そしてざまぁみろ」


私はいいスキップをしながら階段を降りて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ