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赤いサメの唄  作者: 変汁
16/40

私はその足で寮へと戻った。とりあえず先輩が好きだと言うあのOL女は死ぬ。


もしあの女が死んだ事を先輩が知ったらどうなるのだろう?



三日三晩泣き続け鬱にでもなるのだろうか?

馬鹿な。先輩はそんな男じゃない筈だ。

たかが一目惚れ程度の事だ。あの女の内面なんて知らないのだから、悲しむ必要性を私は感じない。


付き合って3か月未満でラブラブであるなら、まだ悲しむこともあると思う。所詮は電車の中でみかけた女に過ぎないし、先輩は女であれば、ほぼ見境なく手を出そうとするのだ。だからきっとスーツを着たOLに魅了されただけで、一種の気の迷いに過ぎないと私は思った。


寮に戻ると玄関先を掃除していた寮長の奥さんに呼び止められた。


「おはよう御座います」


「おはよう」


私は寮長の奥さんに向かって軽く頭を下げた。


「あ、穂乃果ちゃん?」


「はい?」


私は足を止めた。既に奥さんの側を通り過ぎていた私は振り返る形でそちらを見た。


「警察の人から電話があったわ。至急連絡が欲しいって」


「警察、ですか?」


私は奥さんの言った事に対する意味が直ぐにわかった。けれど私は敢えて怪訝な表情を浮かべた。


何も知らないという事にしておく方が後々都合が良さそうだと思ったからだ。

連絡はきっとお兄さん達の事だろう。


「警察署内の電話番号を書いた紙をポストに入れておいたからね。くれぐれも110番にかけちゃダメよ?」奥さんは笑ってみせた。


奥さんなりの冗談のつもりなのだろう。つまらないけど、私はお礼を言った。何故なら私は110番しようと思っていたからだ。こういう所が家族から出来損ないと言われ続けた所以なのだろう。


「目、どうしたんですか?」


「あ。これ?今朝起きたら腫れててね。ばい菌でも入ったのかしら」


奥さんはいい、ちゃんと連絡するのよと釘を刺した。


思った通り、警察に電話をかけるとお兄さん達が事故に巻き込まれ亡くなったと聞かされた。

凄惨な事故だったようで2人の遺体は、かなり損壊しているらしかった。引き取りについては実家に連絡をして欲しいと話した。勿論、既に2人が死んでいる事は言わなかった。


「こちらもご兄妹さまの事で何度かご両親へご連絡を差し上げたのですが、繋がったのは最初だけでして。その時、手が離せない状況だったらしくお父様の方からまたご連絡を頂けるというお話でしたが、一向に連絡がない為、こうして娘さんの貴女にお電話を差し上げた次第でして…」


警察官の人の話をきいて私は、母が何者かによって刺された事を話した。


「お父さんからはお母さんはまだ意識不明だと聞いております。私も心配だから帰省すると言いましたが、こんな時代だから帰ったらダメだ怒られまして。だから多分、お父さんはきっとお母さんの側につきっきりで病院内にいるのではないでしょうか?」


私の話に電話の向こう側の警察官は驚いたようだった。それはそうだ。母親は刺され兄妹は大型トラックの横転事故に巻き込まれ押しつぶされたのだから。

おまけに父親は自殺ときた。


警察官がまだ父親の自殺を知らないにしても、一度に家族3人を失ってしまう事が、残された家族にとってどれだけ悲惨で深い悲しみかが上手く理解出来ない、そんな風な雰囲気が電話越しに感じられた。


だからあんなにもびっくりしたのだ。けれど生憎、私は何とも思っていない。むしろ清々している。


いや、おまけと言ったら何だけどあのOLも死ぬと思うと私はハッピーですよと、警察に言いたいくらいだった。私は一応、聞かれてもないのに実家の住所を伝えた。これからも父親と連絡がつかなかった場合、地元の警察に対処してもらった方が手っ取り早いと思ったからだ。


「あ、あぁ。確かにそうですね。その方が良いでしょう。私としたら…」


受話器の向こう側の警察官は、声の感じからしてまだ20代後半といった印象を受けた。


「よろしくお願いします」


警察官は私が父親と連絡が取れたら引き取りの話を伝えて欲しいと言った。


「ご遺体を安置しております、病院からもご連絡が来るかと思いますが、その時は状況説明等、よろしくお願いします」


警察官はそういい電話を切った。


私は今の私の家族の現状を1番に知っている。

だけどそれは今、誰かに話せるような事ではない。

何故なら私は数日後には悲劇のヒロインになるからだ。学校中の噂になるだろう。


東名高速の事故はニュースで大きく取り上げられていたから、ひょっとしたらマスコミも嗅ぎつけインタビューに来るかもしれない。そうなれば先輩も私の事を思い出し、悲劇の有名人として好きになってくれるかも知れない。私はTVをつけしばらくの間、ニヤケ顔でベッドに横たわっていた。


昼食を買いに外に出ようと着替えをしている最中、付けっ放しのTVからローカル番組のアナウンサーがニュースを読み始めた。地方のTVは昼前の数分間は必ずこのような地元のニュースをやっている。


何気なく見ていると、ある女が会社の屋上から飛び降り自殺したと言うニュースが耳に飛び込んで来た。

誰かがスマホで撮影したのだろう、画面に映る女は小さくて顔は判別出来ないが、何の躊躇いも、迷いもなく飛び降りているように見えた。私はTV画面に顔を近づけ、何とか自殺した女の顔が映らないか目を凝らして見ていたが、ダメだった。


まぁ。自殺した女が先輩が告白した女かどうかはわからないけど、恐らく間違いはないだろう。


私は着替えを終えてTVを消し部屋を出た。


寮を出ようとした時、いきなり後ろから声をかけられ、思わず飛び上がりそうになった。

振り返ると寮長の奥さんが野菜を籠に入れて立っていた。籠にはキャベツとナス、トマトとキュウリ、その側に包丁が乗っかっている。


「警察に電話した?」


「はい」


「こんな事聞くべき事じゃないのだろうけど、何かあった?」


聞くべきじゃないと思うなら黙っててよと思いながらも、私は兄妹が事故死したと話した。


「その連絡でした」


話にびっくりしたのか、私の普通な態度に驚いたのか奥さんは口をあんぐりと開けて私を見返している。


「私は大丈夫ですから。警察からも両親と連絡を取るように言われてますし」


「あ、あ。そ、そう…」


奥さんはそういい、いきなり自分の顔の前で手を払った。


「虫か何か居ました?」


私が尋ねると奥さんはこう言った。


「さっきから変な物が見えるのよ」


「変な物?」


「そうなの。赤い色した魚、多分サメだと思うのだけど、私、今、目がこんなでしょ?だからそれが原因かと思うけど…」


え?赤いサメ?


「さっきからその赤い魚が暴れてるように見えちゃって」


確かに今の奥さんはさっきよりも目が腫れていた。そのせいなのだろう。普段かけている牛乳瓶の底のような眼鏡も今はしていなかった。


「眼鏡はどうされたんですか?」


「さっき頂いたトマトを冷蔵庫にしまおうとして転んじゃってね。その時、落としちゃってレンズにヒビが入ってしまったの」


「そうなんですか?大変ですね。早く新しい眼鏡買わないと」


私は奥さんがまだ赤いサメの事を、理解していないと思った。もし理解しているならわざわざ私に赤いサメが見えるなどと変なことは言わない筈だ。だから少しばかり安心した。


何故なら理解するには時間もかかるし、それ以上、赤いサメの事がわかる筈がない。わかったとしても、奥さんが私を憎んでいるとは思えなかった。

だって私はこの寮に入ってまだ1ヶ月程度なのだ。

問題も起こした事すらない。憎まれる理由もあるわけがなかった。


私がそう言うと奥さんはそうねといい、籠を床に置いた。


「野菜、食べない?」


「いえ。部屋で料理出来ないから」


「遠慮しないで、ね?ほら」


奥さんが手招きをした。


私は赤いサメが見えると言う奥さんの機嫌を損ねると今後、奇跡的にサメの力を知り、命を狙われないとも限らないと考え、私は仕方なく野菜をもらう事にした。


籠の前にしゃがみ、トマトを手に取った。


「これ、頂きますね」


そういい奥さんの顔を見つめた。奥さんはそんな私に向かって満面の笑みを見せた。


そしていつのまにか顔の前に包丁を持ち上げた。いきなり目の前に現れた包丁に私は思わず尻餅をついた。


「これ。さっき届いたばかりの包丁なんだけどね、新しい刃物って、最初に試し切りっていうのをやるじゃない?」


「あ、はい。そうなんですか?」


ババァ、びっくりさせないでよ!私は内心で奥さんを罵った。

腰を上げお尻を払った。立ち上がる。


「でも、試し刺しってのは聞いたことないでしょ?」


私が、「え?」と尋ねると同時に包丁が私の喉元に突き刺さった。


包丁は直ぐに引き抜かれ傷口から血が噴き出す。


握っていたトマトが手から溢れ、地面を転がった。


私は首を押さえながら、そちらへ視線を向けた。


奥さんがその赤いトマトを拾い上げる。


飛び散った私の血液を浴びた血塗られた奥さんの手に、トマトが収まった。


奥さんはそれを口に運び真っ赤に熟れたトマトに齧り付く。


「どうし、て…」


両膝から崩れ落ちた私を、奥さんが見下ろしていた。軽蔑するようなその眼差しは、家族が私に向け続けていたものと同じものだった。


指の隙間から流れ落ちる私の血は、トマトを咀嚼する奥さんの口から垂れる果肉よりも赤かった。



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