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赤いサメの唄  作者: 変汁
13/40

寮に戻るとスミレが荷物を纏めていた。昨夜は戻って来なかったから彼氏の所にでも泊まっているのだろうと思っていたが、案の定だったようだ。


スミレがいつ帰宅したのか知らないけれど、荷物を纏めているという事は今日か明日、帰省するのかも知れない。


「実家に帰るの?」


私の問いかけにスミレは数秒の間をおいた。せっせとキャリーバックに衣類を詰めていた手を止め私の方へ振り返る。見上げるようにしながら言った。


「ううん。私の実家じゃなくて彼氏の方」


「へぇ。そうなんだ?」


「ご両親に紹介したいんだって」


スミレはとてもご機嫌な表情でそう言った。

よほど嬉しかったのだろう。


「穂乃果は帰らないの?」


「こんな時だから帰って来るなだって。お兄さんやお姉さんは帰るのにさ」


ウキウキなスミレに僅かでも同情心を芽生えさえたくて、少しばかり拗ねた言い方をした。


全く同情なんてされたくもないけど、幸せそうなスミレを見ているとイラッとしたのだ。


少しでもその幸せ気分から意識を変えてやりたかった。そう思っての行為だったが、女はそんな同情心を見せるのは嘘をつくより簡単にやってしまう。


表情だけは一丁前に同情心を見せつけてくるが、内心は全く無関心でウキウキな気分のままなのだ。


女の私だからわかる。女同士の付き合いなんて所詮は表面上だけに過ぎない。全ての女は自己中で身勝手なのだ。


けれど、それが女という生き物だし、上部だけの付き合いが出来るというのが、女としてこの世の中で生きていく上での処世術みたいなものだ。だから私は同情を表情に現したスミレに対して、


「仕方ないよ。私は家族の中で1番の出来損ないだからね。そんな子が帰省したって嬉しくないのよ」


「そんな事ないよ。両親は穂乃果の事が心配だから、帰って来なくていいって言ったんだと思うよ だって今、大阪凄いことになってるし」


「まぁ。そうだけどさ」


「自分の事、卑下しちゃダメよ。穂乃果は出来損ないなんかじゃない」


スミレは少しばかり語気を強めそう言った。その顔は真剣でまさに自分の言葉に酔っているようなドヤ顔だった。



「ありがとう。そんな風に言ってくれるのはスミレだけだよ」


私のこの言葉が欲しかったのだろう。スミレは私に向かって微笑んだ。


「ところでさ」


「何?」


「スミレの彼氏の実家って何処なの?」


「岩手だよ」


「へぇ。岩手かぁ。行った事ないからわからないけど、きっと自然に囲まれた良い所なんだろうね」


「多分ね。彼にもめちゃくちゃ田舎だからびっくりするなよ?って言われたよ」


「そうなんだ?」


スミレは支度が終わったのか、立ち上がった。


キャリーバックを持ち、待ち合わせに遅れるからもう行くねといい、私の横を過ぎる時、私の肩に手を乗せた。


「元気出して」


「うん」


私は部屋を出て行くスミレの背中を見送った。


ドアが閉まり、私はそちらへ歩み寄り鍵を閉めた。


ドアノブを握る自分の細くて短い、爪の伸びたその手をしばらく眺めていた。


「私は充分、元気ですけどね」


再び、頭の中に赤いサメが再び現れたのはお風呂を出て直ぐの事だった。


寮には40人くらいの人が住んでいて、それらは皆、同じ大学の人達だった。学年はバラバラで、見たことある人もいれば、食堂で初めて出会うような人もいた。


それはそうだ。私はまだ大学に入学して1ヶ月も経っていないのだ。


そんな人達を他所に濡れた髪にバスタオルを載せたまま部屋に戻った時、その赤いサメが見えたのだ。


赤いサメは仰向けに泳ぎながら、何度も何度も何かにぶつかっていた。ぶつかっているものが何なのかはわからない。


けれど、赤いサメは狂ったようにぶつかって行く。

そんな事をしていたら怪我するし、下手したら死んでしまうよ?と私が思った時、赤いサメはぶつかる事を止め、仰向けのまま再び泳ぎ出した。


サメという生き物は実際そんな風に泳いだりするのだろうか。それを言うならそもそもの話、赤いサメなんているわけがない。呼び名にアカという言葉がついたサメがいる事は、調べたから知っているけれど身体が赤色のサメは存在しない。


つまり今、私が見ている赤いサメは妄想か幻覚という事になるのだろう。全く。


出来損ないな癖に今度は幻覚まで見るようになったのか。私終わってるな。


にしてもどうしてあの女は赤いサメを飼っている人を知らない?などと、聞いていたのだろう。

そもそもそんなサメがいない事くらいわかりそうなものだ。


大体、食堂で会ったあの女が赤いサメなどと言うから、私は想像してしまったのだ。その想像が今では妄想か幻覚へと成長し、思い浮かべてもいないのに突然現れ、見えてしまうようになってしまった。


まるで今の私はあの女の言うように赤いサメを飼っているようなものじゃない。私はそう思いながら自分のベッドに腰掛けそのまま後ろへと倒れた。


瞬間、飛び起きた。電話が鳴ったからだ。

手に取ると溜め息が出る相手からの電話だった。母親が死んだのかも知れない。私はそう思いながら電話に出た。


「はい」


「穂乃果か」


「うん」


私に連絡して来てるのだから、私が出るに決まっているじゃない。そんな事もわからないわけ?出来損ないは実はお父さんの方じゃないの?


「貴洋か、優里から連絡が来なかったか?」


「夕方近くにあったけど」


「その後は?」


「ないよ。どうして?」


「ほんの30分前に、東名高速に乗ったと連絡が来たんだが、それか…」


私は話をするのが面倒でお父さんの言葉を遮った。


「なら良いじゃん 心配しなくて」


「いや、実はさっきニュースで東名高速で大事故があったらしいんだ。大型トラックが判断車線に飛び出し横転し、何台もの車がそのトラックに押し潰されたらしいんだ」


「それで?」


「事故が事故だし、2人は東名を走っていたから、お父さん心配になって連絡したんだが、2人とも連絡がつかなくてな」


お父さんの声に被さるような形で、再び赤いサメが見えた。赤いサメは又、仰向けで泳ぎながら何かにぶつかっていた。


「聞いてるのか?」


「聞いてるよ。ていうかサービスエリアでトイレにでも行っているんじゃないの?」


「それなら良いんだが…」


「ていうか、お父さん、そんな事よりお母さんは無事なの?」


「まだ意識不明のままだ」


そう話すお父さんの声は今にも枯れて朽ち果てる雑草のように弱々しかった。


きっとお兄さんとお姉さんと話す事で、気丈な態度をとれていたのだろう。


それが2人に連絡がつかない今、お父さんは不安にかられ、出来損ないの私に頼って来たのだ。私だけ帰省しなくていいと言った癖に。お前も死ねよ。


「そ。わかった。何かあったら連絡して。

後、私からもお兄さんとお姉さんに連絡してみるから」


お父さんが何か言っていたのを、私は無視して電話を切った。スマホの電源も落とそうと思ったけれど、お母さんが死んだという報告が来るかもしれないと考え、それは止めにした。


そして又、ベッドに寝転がった。うつ伏せて目を閉じると何故か笑いが込み上げて来た。


私はその笑いがだんだんと大きくなって行くのがわかった。

どうしていきなり笑ったりしているのだろう?私は枕を引き寄せそこに顔を埋めた。大声をだして笑い続けていると、その理由に気がついた。


私が思った事がほぼ現実になりつつあるからだ。お母さんは滅多刺し、お兄さんとお姉さんは事故に遭って死んだかも知れない。そして悲観したお父さんは悲嘆に暮れ自殺で死ぬ。そんな風に全員が死ねばいいと私は考えた。


そして今、思った事が現実味を帯びて来た。これはどうしてだろう?単なる偶然?それとも元々決まっていた運命などというものだろうか?わからない。私にはそのどちらでもないような気がした。


ひょっとして赤いサメが関係ある?最初は想像だけのものが、今では突然、見えたりするのは、私と赤いサメが関係あるからではないか?


それに、さっきもいきなり現れた。荒れ狂う赤いサメが私は何故か愛おしく思えた。


もしかしてあの赤いサメに願い事をすれば叶えてくれるのかも知れない。私はそう思い、再び赤いサメが現れたら、スミレの彼氏が待ち合わせ場所に向かう途中、手を振るスミレの目の前で信号無視した車にはねられろと願おうと思った。


もし、それが実際に起きたとすれば、赤いサメは私の願う他人の死を司る神、いや殺し屋のような存在となるわけだ。


もしそうなら幼い頃から願って止まなかった家族全員の死が現実のものとなる。


私だけを除け者扱いし続け、最終的には出来損ないだと結論づけ、私を家族というコミュニティから弾き出した家族全員の死が、今、確かに叶いそうになって来ている。笑わずにはいられなかった。


笑い過ぎで枕が涙で濡れ初めて来たけれど、その笑いを抑える事が、私には出来なかった。


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