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死ねと願った筈なのに私が紅子を見ることはしばらくなかった。その理由が分からず、毎日悶々と過ごす羽目になった。あの3人は相変わらずで、特別嫌がらせや何かをされたわけでもなかったけれど、存在自体が私をイラつかせた。
どうして紅子は現れてくれないのだろうか?
仕事中も、家にいる時もその事が頭から離れなかった。
そんな風に悩んでいる私を他所にのうのうと生きているあの3人に対する憎しみが日増しに増していった。
紅子が殺してくれないなら私が手を下してやりたいとまで思うくらい殺意を抱いていた。
そこまで憎んでも私の紅子は一向に姿を現さなかった。まさか殺害出来る数が限定されているわけではないよね?その思考が頭に浮かんだ時、私はハッとした。ひょっとしたら私はとんでもない勘違いをしていたのかも知れない。
静香にしろ課長にしろ、私が嫌だと思ったその日に命を落としている。だから私は私が死ねと思ったらその日に何らかの事故や事件に巻き込まれて死ぬものだと勝手に思っていた。それにあの3人に対しては私は課長の時のように具体的なイメージはしなかった。静香の時もしなかったが、その理由はわからないが私は静香と知り合ってからずっと殺意を、潜在意識下で、毎日のように殺していたのかも知れない。
そのような結論に至ると私は具体的なイメージを抱こうとした。一人一人死んでいく方が面白いが、3人同時に死んでもらうのもいいかも知れない。それなら一般的な死で考えれば事故死が手っ取り早いな。ドライブ中に大型トラックと正面衝突とか。一人一人なら何がいい?
1人は輩に絡まられて殴られ打ちどころが悪く死ぬ、もう1人は強盗事件現場に居合せ刺されて死ぬ、後1人は病死にしようか。いや、それだと時間がかかり過ぎて退屈だ。だから建設中のビルから鉄骨が落下して下敷きになるというものにしよう。私はこの3つをイメージした。
それが終わるとここ数日私を悩ませていた胸の支えが取れたようで、気分が楽になり、デトックスを終えた時のように心身がスッキリしていくのが感じられた。
おかげで、久しぶりに熟睡出来た気がした。明日からが楽しみだった。早ければ寝起きにでも紅子と会えるかも知れない。私は遠足前夜の子供のような気分で眠りについた。
そんな私の期待は見事に裏切られた。遠足当日の朝起きたら雨だった時のような感覚だ。悲しみを通り越して言葉が出ない、買って貰ったお菓子や楽しみにしていたお弁当もなくなってしまった、それは明らかな絶望だった。
私は朝食も食べずに会社に向かった。具体的なイメージはしたのに。結果が直ぐに出ないかも知れないのという事は理解していたつもりだった。けれど。こうも紅子が現れないと不安で仕方ない。やっぱり数に限りがあるのだろうか。
電車に乗り込みドア付近の座席の横にもたれる。手摺りに捕まって窓の外を眺めていた。
その時。ガラス越しにある女がこちらをみている事に気づいた。一瞬、目があったが私は慌てて気づかないふりをした。
何処かで見た事のあるような顔だった。
けれど思い出せなかった。だから私はガラス越しに女を観察する事にした。
その女は何やらぶつぶつ言いながら私を見ていた。
そして会社がある駅までそれは続いた。
私は気づかない振りをしながらドアが開くのを待って、急いで降りた。階段を降りようとした時、いきなり肩を掴まれた。振り向くとそこには背の高い男性が立っていた。
「いきなりすいません!」
男性はいい、話がしたいのでと私にホームを指差した。
ここで止まっていると降りていく人の邪魔になるので、仕方なく言われるままにした。
「前から電車内で貴女の事を見つけて気になってました。その気持ちがただ可愛い人だなぁと言う気持ちからいつしか好きになり、気づいたら大好きになっていました。僕と付き合ってください!」
「え?いきなりそう言われても…」
「彼氏いるんですか?」
「いないけど…」
「なら、いや、返事は直ぐじゃなくていいので、一度、僕とデートして下さい!お願いします」
私は男性の勢いに気圧され思わず承諾した。
LINEを交換するとその男性は深々と頭を下げありがとうございます!といい、1人階段を駆け降りて行った。
いきなりの事でびっくりしたけど、嫌な気はしなかった。
「でも歳下ぽいからなぁ」と呟いた。
「あんたなんかが彼と付き合えるわけないじゃない」
「はい?」
私は声のした方を振り返ると電車内で私をずっと見ていた女が後ろに立っていた。
「何ですか?」つっけんどんな言い方で返す。
「だからあんたは彼とは付き合えないって言ってんの」
「意味わかんないんですけど」
そう言い返した時、パッと記憶が蘇った。
私の目の前にいる女はマリカの館で私の前にいた人だった。
こいつ死んでない?どうして?
その女は私に近づきそして通り過ぎざまにこう言った。
「あんた死ぬから。私を殺そうとした罰よ、いや私の好きな彼の心を奪った罰。だからあんたは会社の屋上から飛び降りて死ぬの。だって私がそう赤いサメにお願いしたから」
「え?今、なんて…」
「ご愁傷様。そしてざまぁみろ」
女はいいスキップをしながら階段を降りて行った。
私が自殺する?そんな馬鹿な。死にたいなんて思ってないし。けどあの女は赤いサメにお願いしたと言った。私は呆然としてその場に蹲った。
その時、赤いサメが、紅子が見えた。
紅子は仰向けで浮かんでいる。口を開けその鋭利な歯をカチカチと鳴らしていた。
そしてゆっくりと泳ぎ出した。あの3人の内の1人が死ぬんだなと思った。私はゆっくりと起き上がり会社へと急いだ。会社に行かなければその死が、3人の内の誰が死んだか確かめられないからだ。
だがそれが過ちだったと気づいたのは、ランチで屋上に出た時だった。私は完全にあの女が言った事を忘れてしまっていた。それは久しぶりに紅子が見えた事で興奮したからだろう。
私は3人の中の1人の死を、鉄骨が落下して押しつぶされた事を耳にして浮かれていたのだ。ランチを食べ終えた私はこのテーブルの下で死んでいた静香の死体を思い出した。
静香、多分、貴女よりは私の方が痛いと思うよ。
私はそう囁くよう呟き立ち上がった。フェンスに近寄りよじ登った。何やら声が聞こえてくるが内容までわからなかった。きっと静香の死に心を痛めたのだろう。そんな風に語る奴等の顔が見えた気がした。
違う。違う。違うのよ。
私は静香が殺されたくらいで自ら死を選ぶよな事はしない。私はある女の手によって飛び降りるよう仕向けらたの。赤いサメが、紅子が私以外の女の願いを受け入れたから。
フェンスを跨ぎ上に座って両足を屋上の外へ出した。その時、また紅子が見えた。紅子は優雅に泳いでいる。その泳ぎが出す波の音が何処かで聞いた事のあるメロディーに似ていた。
あ、そうか。私は静香に死んで欲しいと願い、又、別な人を殺そうとしているのを、マリカが私を止めなかったのはこういう事だったのか。
赤いサメの主人は赤いサメの主人自らの手によって…
私はフェンスを掴んでいた両手を離した。
目は閉じなかった。ただ少しだけ頭を下げ前に体重をかけるだけで良かった。
私は私が落ちていく中で、紅子の姿を見た。
その紅子に向かって私は囁いた。
駅で会ったあの女を殺して。女子大生ぽいあの女を殺して。殺し方は…
完




