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第九話 東京の約束

 二人で一緒に話していると、あずみさんの知識量にとてもおどろいてしまう。私が「この授業はどうなのか」と聞けば、「あの先生はこうらしくて」聞いてくるんですかとか「ここの教室は遠いから」とかなんでも答えてくれる。私はもう大助かりだ。

一通り授業を決め終わったところで、少し尋ねてみた。

「あずみさんはどこでそういうことを聞いてくるんですか。」

「私?うーん、なんていうかね。」

そういってあずみさんは右上に視線を移す。少し苦そうな顔をしていたのでなんだか私の方が心配になってきた。

「今更だからいいや。私は横にある付属出身だから、かな。ここにも何回も入ったことあるし、中の職員さんとも仲いいから。」

「あの、初歩的で申し訳ないんですけど、ここって付属高校があるんですか。」

「え、あ、そうだよ。中高一貫だけどね。」

想定してた質問ではなかったのか、あずみさんは調子が外れたような声で言った。

「もしかしてマジで知らない感じです?」

「えっと、そうですね。地元にはそういうのがあまりなかったというか、一貫というのがないというか。」

「へえ、そうなんだ。なんだ、なら気張らなくてよかった。」

「気張るっていうのは、どういう?」

私の頭には終始疑問符が飛び交っていた。何かまずいことを聞いたのだろうか。

「いやね、付属って一般と違って入試方式が違うからさ、なんか、ね。」

あずみさんはそれだけ言って私に目配せをする。

「・・・ああ、そういう。」

要は推薦入試と一般入試との違いでうんぬん、みたいな話ということか。

「入ったならまあ、一緒ですからいいんじゃないでしょうか。あんまりそちらのことはわからないですけどそっちにはそっちなりの苦労があるでしょうし。気に負うことでもないかと。」

まるでテレビの評論家がしゃべってるみたいな口調になってしまったような気がした。でも今更そんなことでいがみあったって仕方ない。でも、そんなに気を遣うぐらいの付属入試とやらは、一体どんなものなのか気になるといえば気になる。

「そうだよね、うん。今更、だからね。」

なんだか人それぞれ思い悩むところって色々なんだろう。


「じゃあ、そろそろ行きましょうか。」

あずみさんが下に置いた手提げを手に持った。気づけば空は日も建物の下へと隠れてしまっている。まだ五時ごろなのに東京の空はずいぶん早く暗くなり始めるなあ、と空を見上げながら思った。

「そうですね。色々ありがとうございました。本当に助かりました。」

私は座ったまま頭をテーブルに近づける。

「そんな、全然いいんですよ。」

顔をあげると、あずみさんは両手を私の方に広げて小刻みに振っていた。

「また次も授業でお会いしますから。ほら、授業も揃えたことですし。あ、そういえば英語はもう課題出てましたね。」

「えっ!本当ですか。」

「え、確かそうだったかと。締め切りはもっと先ですけど、なんか英文を訳せみたいな?」

「そ、それってどこにのってましたか。」

私は消したスマホをもう一度、付け直す。

「あ、えっと学生用のアカウントがあって。」

あずみさんはそういって私の方に回り込んで横に立つ。ほのかに柔軟剤のにおいが香ってくる。

「えっと、これですか、これを・・・。」

「それを、そこに入れてもらって、でパスワードがあって。」

二人してスマホの小さな画面をのぞき込む。

「それで、これで、ここか。」

「そこの中に英語1っていうのがあるはず。あ、あった。」

「ああ、これか。で、課題がっと。」

なんだか使いにくいインターフェイスしてるなとは思いつつ、課題の欄を拡大してみる。

「『添付の資料を手書きで訳して、それをPDFで提出すること』ですか。」

このペーパーレスの時代に手書きなのかよ。うーん。

「それでその資料が、これ。」

そういってあずみさんは私にスマホの画面を差し出してきた。

「ごめんなさい、ちょっと借りますね。」

私は両手でそれを受け取ると、目を細めて覗き込む。二ページにわたって小さい文字でびっしりと英文が並んでいて目が回りそうだ。

「これを全部訳すんですか。」

そう言いながらスマホをあずみさんに返す。

「ね、大変だよね。」

あずみさんもなんだか半分呆れているようだった。これだけの量を訳す、別に受験勉強はこれの繰り返しだったのでできないことはない。けれど「できる」からといってやりたくはない。

「うーん。」

私は首元をさすりながら唸り声をあげる。

すると、突然あずみさんが顔を覗き込んできた。

「ねえ、提案なんだけどさ。明日一緒にやりません?」

「え、い、いいんですか。」

私はびっくりして逆に聞き返してしまった。そんな今日あったような、素性の知らないヤツと一緒になんて。

「私は家近いし、親は昼間いないから。ももかさんは大丈夫ですか?」

「は、はい。私も電車で十分ぐらいですから問題はないかと。」

親が、ということはあずみさんは実家通いなのか。なんだかそれはそれで大変そうだ。

「じゃあ、決まりだね。細かい話はまた連絡するよ。」

なんだかしばらく孤独だろうな、とか思っていたのに急展開で話が進みすぎだ。友達ってこんなにすんなりできるようなものだっただろうか。

「ももかさんは、あれかな、電車かな?」

あずみさんは出していたスマホをポケットに入れながら言った。

「そうですね。」

私もリュックを背負いながら答える。

「じゃあ、北口かな。私は東口だからさ。」

「ああ、わかりました。じゃあ・・。」

「うん、じゃあ、また明日ね。」

あずみさんは簡潔にそれだけ言って右手を上げた。

「はい、また。」

私も手を軽く上げて、あずみさんの背中を見ていた。


課題か。

正直全然やる気が出ない。東京に来てからも、ずっと頭の中の恐怖が何かをしようという意欲をこそぎ落としてくる。胸の中にはずっとぽっかり穴が開いたままで無常感が私の体を巡っている。

「つってもなぁ。」

そう言いながら髪の毛を軽くつかむ。

家のこと、課題、役所、銀行。それでもしなければならないことは迫ってくる。「死」なんていうそんな遠くの先のことを見ていたって、今をどうにかしないとどうにもならない。

「はあぁ。」

また大きなため息をつく。

まあ、とりあえず明日だ。あずみさんと約束してしまった以上、また大学に来ないといけない。駅の場所もよくわかってないのになんだかもう少しゆっくりできないものか。

「あ、洗剤も買わなきゃ。」

誰もいない中庭でそんな独り言をつぶやいた。

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