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第八話 大学へ

 季節は四月に入りかけ、桜の花も散り始めたころ。

私は大きな講堂みたいなところで座っていた。

ホッチキスで止められた手元の紙を何度もめくりながら蛍光ペンを入れていく。

「履修登録では、この必修を最優先で入れてください。言語の授業と体育は抽選になっていますのでこのエントリーフォームに入れるようにしてください。」

事務員さんがそういいながら前のスライドショーを切り替えていく。

 東京に来てから三日目にして、早速大学の説明会というのはなかなかしんどいものがある。まだ家の中には開けていない段ボールが山積みになっている。なんならそれを開けるためのハサミもカッターもない。

 慣れない土地に、慣れない習慣。

しなきゃいけないことはたくさんあるのに、体がついてこない。

それに、やっぱり東京に来てもこの恐怖は消えない。

しかも一人でやらなきゃいけない、という状態が続いているからか余計にひどくなってきている気がする。頭の奥底から「今になんの意味があるのか」というささやきが常に聞こえてくる。

収まったと思ったけれど、やっぱり離れないのかなぁ。


「詳しいことはお渡しした要綱にのっていると思いますのでそれをご覧ください。」

それを聞くと、私は左手においてある雑誌みたいな大きさの冊子に目を向ける。

これか?

この分厚い、これか?

これをみればわかるといわれても、めっちゃ分厚いし、文字が細かいんですけど。

「では、これで説明は以上になります。ありがとうございました。」

事務員さんがそういうと、周りからガサガサと音がし始めた。

もう終わりか。

みんなこれで授業が組めるんだろうか。私には何の授業がいいとかそんなのも何もわからないのに、どうしたらいいんだろう。

周りを少し見渡しながらそう思った。

「うーん。」

腕を組んで下にある紙をにらみつける。

必修科目はまあ、いいだろう。

教養科目はどれがいいんだか。

現場というか、口コミみたいな情報が手元に全くないとやりにくいったらありゃしない。取り合えずシラバスを眺めるしかないか。


 私は椅子に深く座りなおすと、目を瞑って頭の中を整理する。

とりあえず、洗剤とハサミを買って、それでパソコンの設定をして・・・。

「あの、いいですか。」

「んあっ、あっ、はいっ。」

突然横から声がして、思わず飛び上がる。

「ごめんなさい。大丈夫ですか。」

顔を見上げると、そこには金髪の細身な女性が立っていた。

「い、いえ、大丈夫です。」

私はそう言って立ち上がりながら服のシワを伸ばす。変な声を出してしまったのですごく手元が落ち着かない。

「あの、もしおひとりでしたらこの後一緒に時間割組みませんか。」

目の前の女性は少し心配そうな顔をしながらそう言った。まさか話しかけられると思っていなかったし、ましてそんなことを言われるとは思わなかったので、私はポカーンとした顔をさらしていたことだろう。

「も、もちろんいいですよ。ちょうど悩んでいたところでしたので。」

ぎこちなくそういうと、その人の顔はみるみるうちに笑顔になっていた。

「ほんとですか!ありがとうございます。私も一人だったのでよかったです!ちょうどお隣でしたのでこれも何かの縁かと思いまして。」

「それは、なんかそちらからで申し訳ないです。」

「いえいえ、大丈夫ですよ。私、金茂あずみって言います。」

彼女が軽く会釈するので私も頭を下げる。

「福成桃花といいます。よろしくお願いします。」

「ももかさんですね。よろしくです。まま、とりあえず出ましょうか。」

そう言われて周りを見ると、もう人はちらほらとしか残っていなかった。

「そうですね。人もいなくなってきましたし。」

「こっちから行きましょうか。」

金茂さんはそう言って右の方を指さした。


 講堂の開いた扉から外に出る。まだ四月になろうかという頃なのにまるで春の陽気も終わってしまいそうな気温だった。

「意外とあついですね。」

金茂さんはそう言って着ていた外套を脱ぐ。

「そうですね。桜も散ってしまいそうです。」

私がそう答えると、「おかしな天気ですね、まだ4月なのに。」といって脱いだ外套を腕にかけた。


「あの金茂さんで、いいですか。」

中庭を歩きながら私がそう尋ねる。

「あずみでいいですよ。私も、ももかさんって呼ぶので。嫌ですか?」

「いえ、そういうわけでは。なんというか、ちょっとその慣れてないだけなので。」

「じゃあ、これから慣れていきましょう!ももかさん。」

「え、は、はい。」

すごいグイグイくる人だな、そう思った。

とっさに先生にするみたいな返事をしてしまった。

「あ、あそこにしましょう。」

あずみさんはそう言って軒下に並ぶ丸いテーブルの方を指さした。


 背中のリュックを肩から下ろして、テーブルの奥から市民プールとかにありそうな感じの椅子を引っ張り出す。あずみさんも同じように手提げのかばんをテーブルに置いて椅子に腰かける。

「さて、やりましょうか。」

あずみさんはそう言ってカバンの中から筆箱と配られた紙を取り出す。相変わらず小さい文字でわかりにくい資料だと思う。

「ももかさんは、時間割のアプリって何入れてますか?」

筆箱からボールペンを出しながらあずみさんが尋ねてきた。

「えっと、時間割のアプリ、ですか。」

私は思わず聞き返してしまった。

「え、入れてないんですか?」

あずみさんはずいぶんと驚いたような顔をしていた。そんな世間の常識ですよ、みたいに言われても。

「は、はい。全然知らなくて。」

「えー、もったいないよ!今すぐ入れなって、すごく便利だから。」

「それってカレンダーのアプリみたいなやつですか。」

私は若干低頭になりながら聞く。

自分で枠の中に入力していくようなやつだったら、紙でいいかな。なんか画面上だと見えにくいというか目が滑る。

「違う、違う、まってね。今見せるから。」

そういってあずみさんはスマホをしばらく操作した後、それをこちらに向けてテーブルに置いた。そこにはよくある白紙の時間割の表が映っていた。

「ほら、これがね。例えば1時間目を押すと、そこの1時間目の時間の授業が全部出てくるの。」

「おお。」

ほんとだ、うちの学部の授業がズラッと出てくる。

「で、選んでから追加を押すと。ほら、こんな感じで出てくるの。」

あずみさんが授業を追加のボタンを押すと、画面が最初の時間割表に戻る。そして、一時間目のところに黄色がついてそこに選んだ授業名が入っていた。

「そ、それはすごいですね。そんな便利なものがあったなんて知らなかったです。」

久しぶりにこんな純粋に感心したかもしれない。この感じは父が初めてスマホを持ってきたとき以来だろうか。よくこんなことを思いつくものだ。

「でしょ。ここの入学課の職員さんに聞いたの。」

ただただ、ふーんというしかなかった。これが東京という場所なのか。いや、関係ないか。

「あずみさんってずいぶんお詳しいんですね。」

「あ、ごめんなさい。ため口になってましたね。」

あずみさんは私の顔を一瞥してから手を引っ込めた。

私は一瞬黙ってしまった。

なんでそんなこと言うのだろうと思ったが、すぐに気づいて目元を細めて否定する。

「い、いえ、皮肉とかじゃなくて。本当にそう思っただけですから。むしろ気遣いなく話してくれた方が私も接しやすいですし。」

なんだか変な気を使わせてしまったようだ。

確かに後から考えれば皮肉っぽかったかも。

コミュニケーションって難しい。

「そ、そう。ならいいんだけどね。ほら、やりましょうか。」

あずみさんも笑ってそう言った。

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