第五話 眠たい朝
お母さんがバタバタとリビングを動き回っている横で、私はコップに計量カップのお湯を入れる。
気づけば時計は八時を指していた。
私が寝ている間に弟もお父さんも出ていってしまい、今や母さんも仕事へ行こうとしている。
結局何時に寝たのかわからないが、寝不足なのは明らかだった。
今にも閉じそうな虚ろな目のまま、下の引き出しを開けてスプーンを取り出すと、コップの中にそれを突っ込んでグリグリと回していった。粉のタイプのスープはいつもダマになるし、そうなると粉が残っておいしくない。なので念入りの混ぜ合わせる。
「ねえ、お昼だけどさ。」
突然横から声がしてハッと顔を上げる。
横には母さんが仕事の制服を着て立っていた。
「う、うん。お昼ね。」
「あの弁当の残りが冷蔵庫に入ってるのと、冷凍のチャーハンが下にあるから。あとは適当に冷蔵庫の中のもの食べて。」
母さんはそう言って向こうを指さす。
「う、うん、わかった。」
「あと、洗濯干しとくのと、掃除機かけといて。」
「掃除機ね、わかった。」
私はただ言われたことを繰り返す。
「じゃあ、よろしく。」
そういうと、お母さんはくるりと向きを変えた。
「いってらっしゃい。」
私がそういうと軽く手を上げて足早に廊下に出ていった。
しばらくすると、バンッという玄関のドアが閉まる音も聞こえた。
雑音がなくなってエアコンの動作音だけが響くリビングで、ポツンと一人残される。別に寂しいとかではないがなんとなく孤独感が増してくる。
「えーと、あった。」
少し背伸びをしてシンクの側に置いてあるテレビのリモコンに手を伸ばす。
そのままリモコンをリビングのテレビの方に向けて、赤色の電源ボタンを押す、が反応がない。
「・・・このっ」
何度か繰り返し押しながらリモコンの角度を変える。
四回ぐらい繰り返したところでやっとカチッという音がしてテレビの画面が明るくなった。点いたのを確認すると、スープの入ったコップをもってテレビの前のテーブルまでもっていった。
テーブルの上にはすでにヨーグルトとコッペパンが真ん中に置かれている。
ヨーグルトは四つがくっついたやつの一つで、みんなが食べた後からそのままなのか、少し乱雑に置かれているようにに見えた。
朝になると昨日、というか今日の夜みたいな苦しさは多少和らいでいた。毎日苦しくなっては和らぐというのを繰り返している。金属だって何度も曲げ伸ばし続ければ折れるのに、こんな緩急の連続ではそのうち倒れてしまうかもしれない。
パンを口にくわえて、前に視線を移す。
テレビの画面には朝のいつものニュースっぽいワイドショーが目に入る。芸能人やタレントが笑ってスイーツを紹介しては食リポをする。無論出てくるお店は全部東京なので私からしたら何一つ参考にならない。
関東で田舎はどこか、なんていうくだらない張り合いしてる番組ぐらいどうでもいい。と、そんなことを思ってはみるものの、だからといって別に他にみるものもない。
どこのチャンネルも同じようなものだし、見て損するようなことでもないか。
「いぎぃぃ、固っいな。」
勝手にテレビを上から目線で眺めながらヨーグルトの蓋を引っ張った。
テレビをじっと見続けていると、ふとこんなことを考え始めた。
食リポをしたりゲームをしたり、テレビに出てくる人たちはみんな笑っているのだ。そりゃ仕事なのだからそうなのだろうが、私にはとてもそれが不思議だった。
『みんなはどうして死が迫っているのにそんなに笑っていられるのか。』
常に死というゴールと永遠の闇が迫ってきていて、一秒づつそれは近づいてきている。
この人たちに限らず、世に生きる人全員がそうだ。死の恐怖という普遍的な恐怖があるのに、なぜそんなに楽しく笑っていられるのだろうか。
本気でそんなことを感じた。
当てつけだといわれればそうなのかもしれない。
でもどうして世の人たちは先に待つ恐怖を感じずにいられるのだろうか。
これは私が死の恐怖に頭が支配されているからなのか。
考えすぎなのだろうか。
それでもそんな疑問がなくなることはなかった。