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第三話 四番丁の帰り道

 楽しい時間はすぐに過ぎ去り、街灯の光がポツポツとつき始める。

カラオケをはしごしてから商店街を歩き回って、もうヘトヘトだった。

でもこの間は何も考えなくてすんだ。

久しぶりに心の奥底から笑うことができて、高校の時に戻ったかのようだった。


 市役所の裏手の道に入ると、街灯も少なくなって暗さが一層引き立つ。

夜が近づいてくると、だんだんと不安になってくる。昼間は抑え込めていたけれど光がなくなると途端にこの恐怖を抑えきれなくなってくる。

「家ってこっちだったよね。」

碧がこちらを向いて聞いてくる。

ちょうど低く差し込む西日が逆光になって碧の顔は真っ暗だった。

「そう。しばらくこの道をまっすぐ。」

私はどうにか口角を上げながらそう答えた。

互いに足を進めながらしばらくの沈黙が生まれた。ちょっと気まずいとは思ったが、疲れているからか頭が回っていなくて話題が出てこない。

「そういえばさ、絵って描っきょんの?」

私がそんなことを思案していると碧が話しかけてきた。

私は実は絵が描ける。といってもそんなうまいわけでもないし、ツイッターやサイトにちょろっとのせて満足してるだけだ

「うーん、最近はかいてないかな。」

私は首をさすりながら言った。

「そんな、受験が終わったら漫画描いてみたいってあんなに言ってたやんか。」

「なんかそんな気分じゃなくて。」

一日中ずっとしんどくて、苦しい。

ずっとこんなテンションだから今の私にはペンを持つような気力がさっぱり湧いてこない。

「なんか懐かしいな、最初は下手くそな絵見せてきてからに、どうって自身満々にな。」

「もう、やめてよ。黒歴史じゃんか。」

私はそう言って碧の腕を軽くつかんだ。

「ムキになるなやって。」

碧は笑ってそういった。

「でも日に日にうまなっていっきょったやん。あれはすごいと思うたで。」

「そう、かな。まあ、そうかも。」

あんまり褒められるのに慣れていないので、言葉に詰まる。

「あんな感じでさ、前は凄い描いてたやん。ああはならんの?」

言われてみれば、あの時は一日十枚とか平気で描きまくっていた。元々絵が描けたわけではなかったのでとにかく毎日描き続けて、技術を自分のものにしようとしていた。

あの熱量は今やどこへやら、という感じだ。

「あの時は、上手くなっていくのが楽しかったから。」

「今はそうやないんか。」

「そう、なのかな。私もわかんない、かな。」

『死にたくない』そんな恐怖に包まれると、そんな手元のことなんてのには全く手がつかなくなる。つまるところ、『結局死ぬんだったら何しても、しなくても一緒じゃないか。』ということなんだろう。


「そういう碧はなんかしたいこととか、あるの?」

私は視点を変えさせるために碧の方に話を振る。

「うち?そうやなぁ。」

碧はそういって少し顔を上に向ける。

「特に何かってことはないけど、早く老後にならないかなって思っているよ。」

碧は笑ってそう言った。

『老後』

それは今私が一番聞きたくない言葉だった。

「そ、そうなんだ。それはなんでなん?」

私は震える唇を必死に押さえながら聞く。

「だって仕事とかすることが全部なくなったら楽にしたいことができるようになるやん。だから楽しみなんよ。」

「そう、なんだ。」

私はやっとそれだけ答えた。

碧の言葉は私には全くもって理解不能だった。

いや、理解したくないという方が正しいのかもしれない。

「死にたくない」という恐怖におびえる私にとって、未来の、まして残り時間が少なくなった老後の話なんて考えたくもなかった。

どうにか押さえ込めていた恐怖が、暗闇も相まって徐々に表へと押し出されてくる。でも碧がいる手前、そんなことを顔に出すわけにはいかない。

私は歯を食いしばりながら数メートル先の歩道のタイルを追いかけ続ける。


下を見つめる私を見たからなのか、碧は「ふーん」と軽く返事をした。

「なんか元気なさげやな。」

「えっ、いや、そ、そんなことはないんだけどね。」

私はとっさに目を細めて精一杯の顔を碧に向ける。

『この気持ちを悟られてはいけない。』

誰もそんなこと言ってないのにそんな考えが反射的に現れる。

「そ、そう。大丈夫ならいいんやけど、さ。」

碧が少し驚いたような顔をしていたのが見えた。

ああ、嘘をついてしまった。

本当は今すぐ助けてほしいぐらい苦しくて、辛いのに。

碧ならいくらでも相談にのってくれるはずなのに。

「まあ、受験が終わって不安定な時期なんかもしれんね。そういう時は風呂でも入っとったら何とかなるよ。」

「風呂なら毎日入ってるけど。臭い?」

私はそう言って自分の体を見回した。

「ちゃうちゃう、そういうことじゃなくてスーパー銭湯とかさ、前あった健康ランドみたいな。あんな感じのいいよってこと。うちが受験の時はちょくちょく行きよったで。」

「なんか年寄りみたい。でも高いんじゃないの?」

「まあ、それなりにはするかな。でも十一号線超えたとこのは、新しいから綺麗で、岩盤浴もあるから払う価値はあったで。」

「十一号って、どこの十一号のこと?」

「えっとさ、ほらバイパスの、林の方。」

「ああ、あの済生会の前のやつ?」

「そうそう。それ。あと、ちゃんと同年代の人もおったで。」

「わかったって。」

そういえば新しいのができたとか言って、お父さんに無理やり連れて行かされたのを覚えている。とはいっても確かに露店風呂は広めだったし行ってみるのはありかもしれない。

どうせ暇だし。

「環境って大事やん。まあ、なんか理由つけて外でないと腐っちゃうけんね。」

碧はそう言って軽く私の肩をこずく。

「やけん、私は風呂にはいっちょるでって。」

私もそう言って碧の方に向かって横方向にぶつかりに行った。

気づけば家はすぐそこに迫っていた。

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