第一話 防波堤の先
昔からずっと疑問だった。
人は死んだらどうなるんだろうかと。
輪廻転生して生まれ変わるんだよとか、天国に行くんだよとか、そんな類いの答えではなく、意識としての自分がどうなるんだろうということが気になっていた。
死後の世界なんてものがあるとしたらみんなが思うような天国の世界が見えているのだろう。でも私には、そんなものがあるようには思えなかったし、納得できなかった。
こんなことを考えるのは馬鹿げているのはわかっていた。でもいつか、必ずやってくる未来を「わからない」で済ませることはどうしてもできなかった。
長い間考え続けた末に私が出した答えは「無」だった。
夢を見なかったときに寝ている自分の意識。真っ暗な世界が永遠に続き、その状態であることにさえ気づかず、疑問に思うこともない。
何も思わず、何も気づかず、何も感じない。
まさに永遠の闇に包まれた「無」の世界。
それが私にとっての死後の世界の答えだった。
この答えにたどり着いた時、私は少し誇らしかった。
誰も知らない、誰も考え付かない、世界の真実を知った気になっていた。でも、これはまさにパンドラの箱だった。
今思えばこれが悪かった。
こんなことになるなら、そんなことをわかる必要なんてなかった。世の中には知らない方がいいことだってあるということを理解しておけばよかった。
誰もいない防波堤の遊歩道の先で、赤灯台を右に見ながら階段に座る。
潮風がゆったりと流れる中で、何をするでもなく、ただじっと、海を眺めながら波の打ち返す音を聞いていた。
「はあ、寒い。」
白い息をだしながらそうつぶやく。
平日の真っ昼間、歩いてくる人なんか人っ子一人いやしない。
ただ私の吐息と波の音が聞こえるだけだ。
こうやって海を見渡していればえぐられた心の中が埋まっていくかと思ったけれど、別にそんなことはなかった。むしろ、この大きな自然の中では自分なんてちっぽけで、どうでもいい存在なんだとさえ思えてくる。心の中を埋めるどころか、潮風がもっと大きな穴を開けて通り抜けていっているみたいだった。
やっと大学受験が終わって、苦しい時期はすべて終わった。
本当に苦しかった。もう一回なんてのは御免被る。
それでも、私は夢だと思っていたことを現実に引き寄せることができた。
すべてのストレスから解き放たれて「自由」という「幸せ」の中にいたはずだった。それなのに、今はそれとは正反対に胸が苦しくて仕方がない。
私は笑えなくなった。
友達はみんな笑顔で遊びに行っていたりするんだろうか。
でも私は何をする気も起こらない。
どうしてこんな苦しい思いを私だけがしないといけないんだろうか。
「はあぁ。」
誰もいない防波堤の上で海に向かって大きめの声を上げる。
どうやったらこの苦しさから抜け出せるんだろうか。
ずっと考えてもわからない。
しかし、そうはいっても誰かに相談するというわけにはいかない、いや、できっこなんかない。
私は『死ぬのが怖い』のだ。
こんなことを「どうしたらいいのか」なんて聞けないし、聞かれたって困るだろう。
頭ではわかっている。
こんなことで悩んだって仕方がないって。
でも頭の奥でずっとその恐怖がこびりついて常に私を脅してくる。
「死にたくない」
何をしても、何を見ていても、ずっとその思考がいつまでも体中を巡り続ける。
思えば「死の恐怖」なんて古今東西あらゆる人々が乗り越えようとしてきたことだ。でもどうにもならなかった。
私はその「死の恐怖」というあらゆる人々が直面してきた、絶対に抜け出せない底なし沼の中に落っこちてしまった。
突然お腹に響くような大きな音が聞こえた。
体がビクついて顔をあげると、灯台の真横をゆっくりとフェリーが通り過ぎていくのが見えた。あれは小豆島から来たやつだろうか。手を伸ばせば、赤色のフェンネルに届きそうだった。
「はあ。」
もう一度大きなため息をつく、何度ため息をついても気が楽になるわけでもない。でもこうでもしないとおかしくなりそうだった。答えなんて出てこないし、そんなものないんだろう。
「人は死ぬ」
これは生物の運命だ。
絶対に逃れられない。
でも私は怖くて仕方なかった。
私はずっとこのまま一生苛まれ続けるんだろうか。
座ったまま手の届きそうな島を眺めていると、上着の中から聞き覚えのある通知音がした。またお母さんが「米炊いといてくれ」とでも送ってきたんだろうか。
そう思いながらスマホをとりだして横のスイッチを押す。
パッと明るくなった画面に少し目を細めながら焦点を合わせると、半透明の吹き出しの中で、ぬいぐるみが写った写真の丸いアイコンと「明日暇?」という文字が浮かび上がっていた。