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9, 嫌われ者になりました

いつもありがとうございます!





 ソフィアさんが治療院の鍵を開けた瞬間、患者が院内になだれ込んできた。午前の部の診療開始だ。


 私は院内の設備もよく分からないのに、ソフィアさんの前には大勢の人だかりが出来ている。

 私が言った感染対策なんて無視だ。そしてソフィアさんが、一人一人に薬湯を配っていた。


 それを横目に、私はまず部屋に消毒薬を振りかける。そして、消毒効果を持つ香を焚いた。

 ソフィアさんは私の様子をぽかーんと見るが、何も言わない。私を信じてくれているのだろう。


 ようやく消毒が終わって人を迎えようとするが……



「誰がお前になんて看てもらうか!」


 人々は口々に私を拒否した。


「お前は新入りの薬師だろ?

 お前の腕なんて分からないのに、偉そうにしやがって!!」


「胡散臭いニセ薬師め!」


 その言葉にズキンときた。



 王宮では、治療に当たっては薬師の指示が絶対だった。それゆえ、私たちはミスを犯さないように細心の注意を払っていたのも事実だが。


 だが、ここではそれが普通でないことに気付く。さらに言うなら、ソフィアさんみたいな患者に寄り添う姿勢が評価されるのだ。


 私は、薬師として一番大切なものを失っていたのかもしれない。私の言いなりではなくて、患者の満足する治療をすることを。患者がこの薬師に頼って良かったと、心から思える治療をすることを。


 呆然とする私の近くで、ソフィアさんは女神のように微笑んで、人々に薬を分け与えている。ソフィアさんから薬をもらう人々は、まるで助かったようなホッとした表情をしている。



 


「申し訳ありませんでした」


 私は患者たちに深々と頭を下げた。


「皆さんの気持ちも分からずに、酷いことを言ってごめんなさい」


 だけど、譲ってはいけないこともある。


「私は、とある医学が進んだ街からやって来ました。


 私は、出来る限り皆さんを良くしたいのです。皆さんの元気を取り戻したいのです!」


 頭を垂れたまま、震える声でそう告げた。


 自分の行いを反省した。これからは、一方的な態度は改めようと思う。


 だけど、私だって何かの役には立てるはず!!





 しーんと静まり返る室内で、ソフィアさんの柔らかな声が響いた。


「正直、私一人で皆さんを観ることは不可能です。

 こうやってアンちゃんが来てくれたのだから……皆さん、アンちゃんを信じてください」


 顔を上げると、少し泣きそうでホッとした顔のソフィアさんと目が合った。ソフィアさんも、きっと一人で心細かったのだろう。こんな広大な街の患者が、一斉に押し寄せて来て。

 そして何よりも、見ず知らずの私を信じてくれて嬉しい。


 私、ソフィアさんの評判を守るためにも、必死で頑張るから!



「仕方ないな。……わしは老人で、この先も長くないから」


 杖をついた男性が、私のもとへと歩み寄る。


「私も、熱が高くてもう生きられないから……」


 苦しそうな年配の女性だってやってくる。そして、


「ソフィア様に迷惑はかけられないわ」


 比較的元気な若い人まで。


 そんな彼らに向かって、ありがとうございますとまた頭を下げていた。


「ありがとうございます!きっと、良くしますから!

 だから生きられないだなんて、言わないでください!!」


 



 それからは、大忙しだった。


 ソフィアさんの使用している薬で、効果がありそうなものを選んで飲ませる。だが、その処方は王都としてはとても古いものだ。そして、内服薬だけでなくあらゆる手段で治療をする。


 足が動かない老人には、足のツボに薬用の灸を据えた。


 高熱の患者の額には、冷却効果のある湿布。そして、手足が動かなくなる合併症対策に、早期から手足の治療も開始する。


 比較的元気な人には、体力を増強するハーブと薬湯。


 私を信じていない患者たちだが、みんな私の指示を聞いてくれた。これも、ソフィアさんみたいに一人一人に寄り添ったからかもしれない。


 こんな私を、ソフィアさんは驚いたように見ていた。私の治療はきっと、ソフィアさんの思いもよらない方法なのだろう。王宮での当然が、ここでは当然ではないのだから。


 ソフィアさんは、私の治療に対して不信感すら覚えているかもしれない。

 それでも私を信じて味方をしてくれるソフィアさんの存在が、とても心強かった。





 昼過ぎになり、ようやく患者が途切れた。こんなにたくさんの患者を観たのは、合戦時の治療に呼ばれた時以来だ。

 あの時はへとへとだったが、今は意外にも元気だ。数日間、ジョーと歩きっぱなしの旅をしていたからかもしれない。


 ジョーか。今ごろ、ジョーは何をしているのだろう。私のこと、覚えてくれているかな。


 ジョーのことを考えると、急に胸がどきんと甘く鳴った。ジョーのことで、頭がいっぱいになってしまう。だけどいけないと首を振る。何より今は、治療だ。


「ソフィアさん!今のうちに、薬草を取りに行ってきますね!!」


 そう告げて、ようやく裏にある薬草園へと向かったのだ。


 


 

 治療院の薬草園は、王宮薬草園ほどではないが、とても大きかった。そこに様々な薬草が植わっている。状態がいいものもあるし、萎れているものもある。萎れているものは、きっと水のあげすぎだろう。


 薬草のいい香りを嗅ぐと、王宮薬草園を思い出してしまった。


 師匠、元気にされているかな。師匠からいただいたたくさんの知識が、今ここで役立っていることに改めて気付く。

 そして、師匠の薬草園に近付くためには、この薬草園に足りないものがまだまだたくさんある。



 私は急いで薬草を摘み、治療院へ戻る。そしてそれを洗い、皮を剥いたり切ったり煮たり。

 ソフィアさんは、こんな私をずっと興味深そうに見ている。


 ある薬草の根の土を落とし、屋根先に吊るしていると、


「その薬草、根は使えないんじゃないの?」


 ついにソフィアさんが聞いたのだ。だから私は答える。


「確かに根に栄養はありません。


 ですが、これを干して粉にしたものは、子供でも飲みやすい甘い解熱剤になります」


「そうなんだ!」


 ソフィアさんは、目をキラキラさせて私の話を聞いている。新入りの私を拒絶することだって出来るのに、こうやって認めてくれているのだ。


「アンちゃん。そこの小鍋のものは?」


「あれは精神安定剤のブレンドです。

 あれを飲むと心が落ち着き、ぐっすり眠れます」


「じゃあ、この汁は?」


「筋肉弛緩剤です。

 針に付けて動かない手や足に刺すと、筋肉を緩めて動くのを助けてくれます」


「すごいね、アンちゃんって!私の知らないことばっかりで!!」


 もちろん、自分の技術を自慢するわけではない。だが、こうも褒められると嬉しいのも事実だ。私のほうが年下で、新入り薬師なのに!


「ありがとうございます!」


 満面の笑みでソフィアさんに礼を言っていた。


「でも、ソフィアさんを見て、私も気付かされることがありました」


「えっ?」


 驚いたように、彼女は私を見る。


 そう、何よりも大切なことは、ソフィアさんの患者に寄り添う姿勢だ。ソフィアさんは技術は最新のものではないが、その人柄から人々に慕われているのだ。


「私も、ソフィアさんみたいに、みんなから信頼される薬師になりたいです」


「何を言ってるの、アンちゃん」


 からかっているの?なんて言いたそうなソフィアさん。こうやって私さえも認めてくれる人柄は、私は持っていない。


 私がソフィアさんみたいな人だったら、ジョーももっと好きになってくれたのかな。ジョーのことを思うと、胸がずきんと痛むのだった。




「さあ、アンちゃん。午後の部ももうすぐだわ。

 そろそろお昼にしましょう!」


「はい!」


 お昼と聞くと、急にお腹が空いてきた。


 怒涛の午前中だった。だが、たくさんのことを考えさせられた午前中だった。午後も、初心に返って頑張らなきゃ。



本日はたくさん更新予定です!


ここまで読んでくださってありがとうございます。

もし気に入っていただければ、ブックマークや評価をいただければ嬉しいです。

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