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7. 新たな地で、家と仕事をもらいました





 オストワル辺境伯邸は、周りを高い塀に囲まれたとても大きな館だった。

 豪華な照明が輝き、すれ違う人は頭を下げる。そして黒い服を着た騎士は、ジョーにぴしっと敬礼するのだ。


 こんな広大な豪邸の一番奥の部屋で、私たちはオストワル辺境伯に会った。


 髭の生えた厳しい顔のオストワル辺境伯は、ジョーを見た瞬間に嬉しそうに顔を歪めた。


「ジョー、おかえり。生きていたのか。街中は君の話題で持ちきりだ。」


「ただいま帰りました。長い間席を空けてしまい、ご迷惑をおかけしました」


 ジョーは辺境伯に頭を下げる。


「迷惑などかかっていない。

 君がこの地に戻ってくれたから、この地もまた安泰だろう」


「勿体無いお言葉です」


 ジョーは一体何者なのだろう。そしてその強さは、やっぱり折り紙つきなんだ。二人の会話を聞きながら、そんなことを考えている。


 ジョーは頭を垂れたまま続けた。


「私は絶命するところだったのですが、運良くこちらの薬師、アンに助けていただきました。

 アンはトラブルにより故郷を追われ、行く宛もなく彷徨っていたので、連れて参りました」


「えーッ!?結局、王都まで辿り着かなかったの!?」


 不意に明るい声がした。驚いて声の聞こえたほうを見ると、なんと扉の前にはジョーと同じくらいの男性が立っていた。

 

 辺境伯と同じ茶色の髪に茶色の瞳、顔の作りもそっくりだ。おそらく辺境伯の息子だろう。彼は辺境伯とは違い、チャラチャラした態度でジョーに話しかける。


「ジョーともあろうものが王都まで辿り着かないなんて、何があったのぉ!?」


 そんなチャラ息子を、


「セドリック」


 ジョーは呼び捨てにする。どうやら仲良しらしい。


「俺はこの街の薬師でも手に負えないほど、病状は厳しかったのだ」


「えっ?でもその娘が治しちゃったんでしょー?」


 チャラ息子セドリック様は、興味津々に私を見た。そして、まるで品定めするかのように口元に手を当てて呟くのだ。


「それにしても、そんなすごい薬師には見えないよねぇー。薄汚れてて、色気もないし。


 あっ、でも意外と可愛い顔して……」


 セドリック様は、そこまで言って口を噤んだ。というのも、ジョーから凄まじい殺気を感じ取ったからだ。

 隣にいる私でさえ、その怒りのオーラに圧倒されて倒れてしまいそうだ。


「セドリック」


 ジョーは、聞いたこともない地獄の底から出てくるような低い声で話す。


「お前がオストワル辺境伯の息子だとしても、アンを侮辱するなら殺す」


 じょ、冗談じゃない。今のジョーなら、本気で殺してしまいそうだ。


 こんな怒りに満ちたジョーに、セドリック様は焦ってごめんごめんと謝る。


「だけど、ジョーが女の肩を持つなんて……恋だよねー?

 その薬師に、惚れ薬でも盛られたんじゃない?」


 セドリック様は頭が軽いのか鈍感なのか、すごいと思う。私は殺気に満ちたジョーを前に、そんなことは言えない。


 とうとう、セドリック様の殺気を感じ取った辺境伯爵が


「セドリック」


セドリック様を嗜めて事なきを得た。


 それにしても、惚れ薬だなんて……

 ジョーは私を命の恩人と思って大切にしている訳だし、恋愛感情はない……と思う。分かっているが、そう考えると胸が痛むのも事実だった。



「ジョー。僕たち友達なんだし、せっかくだから、君のことを応援したいんだよねー」


 セドリック様はまた変なことを言い始めるのかとビクビクしたが、彼は意外にも私に親切に対応してくれたのだ。


「アン、行く宛がないんでしょ?


 この街でジョーといてくれるなら、この街の薬師ソフィアの治療院を紹介するよ。ジョーを治療出来なかったソフィアだけどね。


 それに、僕の別荘を一件貸してあげる」


「えっ!?」


 予想外の高待遇に、驚きを隠せない。どうして見ず知らずの私に、ここまでしてくれるのだろうか。


「ありがとうございます」


 深く頭を下げる私に、セドリック様は告げた。


「ジョーを助けてくれたお返しだよー。

 ジョーがいなかったら、オストワルも昔のように治安が悪化するだろうからね」


 セドリック様は軽々しくウィンクなんてするが……その言葉はあながち間違いではないのかもしれない。だって、ジョーは本当に強かったし、街の人からも恐れられているようだったから。






 オストワル辺境伯邸を出ると、辺りはすでに暗くなり始めていた。セドリック様が家を貸してくれたから、今日はようやく温かいベッドでゆっくり眠れそうだ。はじめは野営だなんて意気込んでいたが、正直旅はもう懲り懲りだ。


 ジョーに連れられて、セドリック様から借りた家に向かう。こんな時も私の背中に手を添え、エスコートしてくれるジョーにときめいてしまう。

 惚れ薬……さすがにそのレシピは知らないが、ジョーに与えてみたい衝動に駆られた。



 闇に包まれる街からは人々が消え、家からは灯りが漏れ出ている。そして、黒い服を着た見張りの騎士が所々に立っていた。


「オストワル辺境伯領騎士は、すごく強いんだよね」


 思わずジョーに聞くと、ジョーは目を細めて私を見た。


「強い?……知らないな」


 そして、私の頬をそっと撫でながら、甘い声で告げた。


「でも俺は、これからもアンを守るから。

 アンがこの地で幸せに暮らして欲しい」


「私も、ジョーが幸せでいてくれたらって、心から思うよ」


 ジョーはそのまま私のおでこに唇を寄せ、ジョーは甘い声で聞いた。


「俺がオストワル辺境伯領の騎士だったら……引くか?」


「……え?」


 私は、まじまじとジョーを見た。ジョーは少し不安げに私を見ている。


 ジョーは、凡人からは考えられないほど強かった。オオカミの群れも、山賊だって足下に及ばなかった。あの並外れた強さだから、国の中でも最強の部類に入る騎士団にいてもおかしくない。


「引かないよ」


 私は告げた。


「でも……ちょっと遠いところに行ってしまう気がするな……」


 住民から崇められ、国中から羨望の眼差しで見られるオストワル辺境伯領騎士団。私なんかが近付いてもいい存在だとは、到底思えない。


「そうか……」


 ジョーは少し考えるように呟き、


「明日、治療院に様子を見に行くよ」

 

 私の頭をそっと撫でる。そして再び、甘い声で告げた。


「おやすみ、アン」


 その声を聞くだけで、その手で触れられるだけで、どんどん彼から離れられなくなっていく。すごくドキドキする。ジョーに会ってから、私はおかしい。






 セドリック様から借りた家は、小さめだが一人暮らしには広すぎる家だった。


 街の一等地に建つこの家には浴室やキッチンももちろんあり、二階には白くて清潔なベッドが置いてあった。私はそこに倒れ込んで、久しぶりにぐっすりと眠った。物音も気にせず、安心してぐっすりと……




 夢を見た。

 夢の中ではまだ、ジョーと旅をしていた。


 交互に睡眠を取り、怖い物音がすればすぐにジョーを起こした。ジョーは眠そうに起き上がるが、すぐに安全を確認してくれる。そして再び眠りにつく。


 私の横ですやすやと眠るジョーの綺麗な顔を見て、これからもずっと一緒にいたいと思った。


 旅を終えても、ずっと一緒に……



本日はたくさん更新予定です!

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