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40. 故郷に行きます





 王宮を出てから、すぐ近くにあるというポーレット領へ向かった。すぐ近くと言っても、馬車でニ、三時間の距離だ。そして今日はポーレット領に泊まることになっている。


 お兄様に会えるのも嬉しいし、私の故郷を見られるのも嬉しい。何より、ジョーと一緒に行けるのが嬉しいのだ。


 馬車の中で色々考えている私に、ジョーは言う。


「アンは、俺が周りから怯えられていても引かないのか?」


「……え?」


 思わずジョーを見た。彼はその綺麗な顔に、少し不安げな表情を浮かべている。


 私は手を伸ばし、ジョーの頬に触れていた。


「引くはずないよ。

 私もジョーの噂なんて聞いたことがなかったから、何を言われているのか分からないけど……


 でも、ジョーはいつも優しいし、私のこと大切にしてくれるし。騎士たちからも信頼されているし……」


 こんな、不安そうなジョーですら愛しい。ジョーは強いところも弱いところも、全部私に見せてくれている。


「私は、ジョーと結婚出来て幸せだと思うの。

 ……世界で一番、幸せだよ」


 ジョーは一瞬、泣きそうな顔をした。そして、頬に当てる私の手を、ぎゅっと握る。


「アン……愛してる」


 ジョーは甘く切なく告げ、大切そうに握った私の手に口付けをする。その一挙一動に、私は真っ赤になる。


「アン、世界で一番愛してる」


 そのまま、そっとジョーに抱きしめられた。馬車の中だというのに、外には護衛だっているのに。誰かに見られていないかという不安と、ジョーが甘すぎるのとで、ドキドキが止まらない。


「俺も、アンといられて幸せだ」


 甘い言葉に、引かれるように唇を重ねた。

 私は、手遅れなほどジョーにはまって抜け出せない。これから死ぬまでずっと、ジョーの甘い寵愛を受けて過ごすのだろう。

 私だって、ジョーをうんと愛したい。





◆◆◆◆◆




 馬車が停まって扉が開かれると、まずジョーが馬車から降りた。そして、私の手を引いて降ろしてくれる。ジョーの行いはいつも紳士で、胸がきゅんと甘くなる。


 馬車から降りた私は、ぐるっと故郷を見回した。


 済んだ空には海鳥が飛び交い、潮の香りがする。

 目の前には大きな運河が広がり、運河には大小様々な舟が行き交っていた。

 ある船頭は陽気に歌い、またある舟はフルーツをたくさん積んでいる。

 そして、運河の向こうには、大きな屋敷が建っているのが見えた。きっと、あそこがポーレット邸だ。



「ジョセフ様、アン様。ご用件は、ヘンリー様から伺っております」


 馬車の前の船着き場に立つスーツの男性が、帽子を取って挨拶した。


「ご結婚、おめでとうございます」


 私たちは行く先行く先で、こうやって祝福される。もちろんまだ結婚もしていないし、結婚するという実感も湧かない。だが、ジョーとの距離が近付いているのは確かだった。


「ヘンリー様が、領主館でお二人をお待ちです。

 どうぞ、舟へ乗られてください」


 こうやって、私は勧められるままに舟に乗り、目の前に建つ領主館へ向かったのだ。


 その舟旅の道中、やはり周りの人はじろじろを私たちを見る。もちろんヘンリーお兄様の妹である私も見られているのだが、ジョーを見る目は恐怖にも近い。


 ジョーは気にしないようにしているのだが、ずっとこの恐怖の視線と戦ってきたのだろう。

 だから私に、オストワル辺境伯騎士団に所属していると引くか?なんて聞いたのだろうし、ジョーの本名も知って欲しくなさそうだった。


 ジョーが強いのは事実だが、暴君とは程遠い。私はこのままずっとジョーに寄り添って、一番の味方になろうと誓った。


 だけどこんな私の不安も、


「アン!ジョー!!」


領主館の前に舟が着いた瞬間、待ってましたと言わんばかりに飛び出してきたお兄様の笑顔にかき消された。


「待ってたんだよ!ようこそポーレット領へ!!」


 お兄様は嬉しそうに私たちに駆け寄り、ジョーと私の手を握る。

 夕陽がお兄様の赤い髪を、さらに赤く照らしていた。


「長居出来ないだろうけど、ゆっくりしていってね!

 今日は二人の婚約を祝って、パーティーを開くから!!」




 こうして、ポーレット侯爵邸に着いた瞬間、私とジョーは引き離された。そして私は小部屋に通され、黄金のドレスに着替えさせられる。髪も綺麗にアップされ、鏡に映った私はまるでお姫様だ。


 だが……


「このドレス……派手ではないですか?」


思わず侍女に言ってしまった。


 だが、侍女は満面の笑みを浮かべて答える。


「ヘンリー様が特別に準備されたのです。

 ジョセフ様の髪の色をイメージしたドレスです」


 そうなんだ……確かに、ジョーの流れるブロンドヘアと同じ色だ。そして、こんなジョー色のドレスを着ているのを見られるのが、恥ずかしくも思う。

 それでも、お兄様がこんなに祝福してくださるのはすごく嬉しい。


「アン様。とてもお綺麗ですよ!」


 なんて侍女に褒めてもらえたが……




 準備を終えて扉の前に辿り着くと、消えたくなった。だって……そこにいるジョーは、それはもう神々しいほどかっこよかったから。


 黒い燕尾服に白いタイを付け、そのブロンドヘアをセットしたジョーは、この世の者とは思えない輝きを放っていた。イケメンが着飾ったらこうなるのも事実だ。


 そして、侍女の「お綺麗」という言葉を間に受けてしまった自分を呪った。


 それなのにジョーは頬を染め、


「アン、綺麗だ」


嬉しそうに言う。そのまま抱きつこうとするから、慌てて身を避けた。


 ジョーに綺麗だなんて言われると、からかわれているとしか思えない。そして、私は完全な見せ物だろう。人々は私を哀れな女と嘲笑うのかもしれない。

 それなのにジョーが頬を染めて熱い目で私を見るから、目が離せなくなる。


 そんなに嬉しそうに笑わないで欲しい。それを見ると、見せ物でもいいかと思ってしまうほどだから。




 扉が開かれると一斉に拍手が湧き起こる。きっと、美しすぎるジョーを見てだろう、ため息すら漏れた。その中を、ジョーと手を組んで歩いた。


「アン様、おめでとうございます!!」


 私はポーレット侯爵領にいなかったのに、みんなが祝福してくれる。


「アン様は、ポーレット侯爵領の平和に関する希望の星です!」


「それって、私がジョーと結婚するからだよね」


 笑いながら小声でジョーに告げると、


「そうかもな」


ジョーも笑いながら答える。


「でも、アンはこの地ですごく歓迎されているようだ」


 その事実がとても嬉しかった。私はヘンリーお兄様のお荷物でしかないのに、お兄様含めみんながこんなにも喜んでくれるなんて。




 改めてお兄様の前に行くと、ジョーと同じように燕尾服を着ているお兄様は、固くジョーと手を握り合う。それでまた歓声が沸き起こった。


「ジョー、アン。今日は婚約披露パーティーだけど、無礼講だよ?

 いっぱい食べて、いっぱい楽しんでいってね」


 お兄様の言葉が嬉しかった。

 お兄様、私はお兄様の妹で本当に幸せです。


 ジョーと一緒に美味しい料理を食べ、お酒も少々嗜み、挨拶回りをした。


 驚いたことに私がこの地にいたことを覚えていた人もいて、大きくなったと喜んでくれた。私の居場所はもちろんオストワル辺境伯領だが、ポーレット侯爵領にも居場所があると分かり、嬉しくなった。


 こんな素敵なパーティーを開いてくださったお兄様に、感謝の気持ちでいっぱいだ。



 ジョーはジョーで有名人のため、強そうな男性に囲まれていた。そして、剣の話や領地の話をしている。

 人々はジョーを屈強な山男だと思っていたようで、爽やかイケメンを目にして驚くばかりだった。そして、ジョーが楽しそうにしているため、私は少し夜風に当たろうと外に出た。


 ポーレット侯爵邸の中は煌びやかに照り輝いてお祭り騒ぎだが、外はもうすでに夜の帳が下りていた。

 水面に反射する舟や家の光がゆらゆらと揺れ、それがなんだか幻想的だった。


 ここが私の故郷なんだ……




いつも読んでくださって、ありがとうございます!

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