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4. ご馳走になります

読んでくださって、ありがとうございます!

ーーーーー……

ーーーーーーー……





 いい香りがする。なんとも食欲をそそる肉の香りだ。



 王宮を追放されてから、肉なんて食べていなかった。それでもタンパク源が必要であるから、コオロギでも食べようかと思っていたところだ。


 コオロギ……見た目もおぞましい。肉だ肉だと念じをかけて食べないといけないだろう。


 それなのに……肉!?




 ぱっと目を開いた。


 目の前には、数日間使った小さな焚き火。ぱちぱちと明るい音をたてて燃えている。その脇には、串に刺さった何かの肉が二つ。おまけに串刺しの魚まで。


 少なくとも


「コオロギじゃない!」


思わず声を上げた私に、


「コオロギ?」


男性の声が聞き返した。



 はっと我に返って見上げると、相変わらず破れた服の男性、そうジョーが立っている。だけどジョーの髪は微かに濡れていて、顔に付いていた泥も綺麗に落ちている。まさしく、今のジョーは水も滴るいい男だ。


 その濡れた髪のまま、優しい笑みを浮かべて私を見るものだから、胸がぼっと熱を持つ。こんなにいい男に見られていると思うと、顔だって真っ赤だ。


「な……なんでもない」


 かろうじてそう告げた私に、ジョーは心配そうに言う。


「ずっと眠ってるし、心配した」


「それは私の台詞」


 ツンとして答えながらも、ふと思った。

 私は確かによく眠ったのだろう。今や疲れもすっかり取れ、また活動出来そうだ。だけど、一体どのくらい眠ったのだろう。


「俺は君のおかげで病が治った。

 混沌とする意識の中、ずっと君を見ていた」


 ジョーはまっすぐな瞳で私を見る。そんなに率直に言われると、くすぐったいような気持ちになる。


「私はただ、薬師として当然のことをしただけです」


 そう言いながらも、かぁーっと顔に血が上るのが分かった。




 王宮で仕事をしている時は、こんなにも人から感謝されたことはなかった。具合の悪い人を治療する、それ自体が薬師の仕事であり存在価値だから。

 当然のことなのに、こんなにも感謝されるだなんて。


「あっ、あの!ジョーこそ、狼を追い払ってくれてありがとう」


 ジョーの戦う姿を見て、勇者様かと思いました、なんて言葉が出かかった。


「そっ、それに!こんなに美味しそうな肉や魚まで……」


 コオロギ生活が現実にならなくて良かったと、心から思う。


 でも……待てよ。肉ってまさか、昨日襲撃されたオオカミの肉ではないよね!?


 私はどんな顔をして肉を見ていたのだろう。きっと、嬉しさと不安が混ざった顔だったのだろう。ジョーはこんな私を面白そうに見て笑った。


「そこに池があったから、魚を捕った。肉はウサギ肉だ。

俺にはこのくらいしか出来ないが……」



 もしかして、濡れているのは潜って魚を捕ったのだろうか。なんというサバイバル能力の高さだろう。


 ……分かった。ジョーは冒険家なのだろう。冒険の途中で倒れてしまったのだ。



 色々考える私を、ジョーはじろじろ見る。そんなに見られると恥ずかしい錯覚に陥る。

 やがて、ジョーはその濃碧の瞳で私を見つめたまま、静かに聞いた。


「君、名前は?どこへ行くつもりだ?

……この辺りは、獣や山賊が出るから危険だ」


 山賊!?オオカミには会ったが、山賊には会わなかった。不幸中の幸いだろう。だけど、そんなことを聞くとさらに恐怖が押し寄せてくる。昨夜はジョーがいてくれたから良かったものの、私一人だったら確実に死んでいた。


 それに、行く宛もないことに気付く。


 私はふらふらっと放浪生活をしていたが、昨夜の恐怖を思い出し、どこか落ち着いたところで生活したいと思ってしまった。だが、王都に戻れるはずもないし、どこへ行こう。


 それに素性を明かしたら……こんな曰く付きの女、連れて行きたくないと思うだろう。


 私は考えた末、ジョーに告げた。


「私は薬師をしていたアン。あるトラブルに巻き込まれて、治療院を出ないといけなくなって。

 だから……どこか落ち着いたところで生活したいと思うの」


 ジョーはまた、じろじろと私を見る。その澄んだ瞳から逃げられなくなってしまう。内面を見透かされるようで、ジョーの前ではどんな嘘も通じないと思ってしまう。


「アン……か」


 ジョーは静かに呟いた。


「アンは俺の命の恩人だから、望むところに連れて行こう。


 俺は今から故郷のオストワル辺境伯領に向かおうとしている。ここなら落ち着いて生活出来るだろう」


 なんという幸運だ。ジョーが故郷で口利きさえしてくれれば、私はどこか暮らせるところが見つかるかもしれない。もちろん見返りは求めていなかったが、ジョーを助けて良かったと心から思う。


「命の恩人だなんて、とんでもない。

 私は薬師として当然のことをしただけです」


 かろうじてそう答えた。





 こうして私は、おそらく冒険家のジョーとオストワル辺境伯領を目指すことになった。


 王宮で仕えていた私には、オストワル辺境伯領について詳しいことは分からない。名前は聞いたことがあった。国境だけあって、度々戦が起こるということも。


 ただ、昔は危険な地帯だったが、現在は凄腕の騎士団が領地を守っているため、以前ほど危険ではないと噂されている。

 国境のため、オストワル辺境伯領の騎士団は、王宮の騎士団にも匹敵するほどの強さだという。


 その騎士団の強さとジョーの強さは関係ないかもしれないが……ジョーは本当に強かったのだ。




読んでくださってありがとうございます!

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