39. 国王と騎士たちから謝られました
◆◆◆◆◆
見慣れた立派な城壁に、立派な城。そして、それを取り囲む広大な城下町……
ほんの数ヶ月前までここで生活していたのに、ここにいたのは何年も前のように感じられる。
私は馬車を降り、久しぶりに見る王宮を見上げていた。
ここまでの道のりは長かった。馬車に揺られて三日間。だが、ジョーと甘くて楽しい時間を過ごし、とうとうここに辿り着いた。
私の後に馬車から降りたジョーは、私の隣に立って立派な王宮を見上げている。
「王都はすごいな」
そんなことを言うが、私はオストワル辺境伯領のほうがずっと好きだ。そこには温かい人々と、甘いジョーがいるのだから。
馬車から降りた私たちを、王宮騎士団が迎えてくれる。王宮騎士団を見て、胸がずきんと痛んだ。王宮を追放された時の恐怖が、まだ心の中にしこりとなって残っているからだ。
「お待ちしておりました!ジョセフ•グランヴォル様!」
一番前にいる騎士が言うが、顔がめちゃくちゃ緊張している。そしてジョーは不機嫌そうに、
「俺ではなく、アンに挨拶しろ」
なんて言い始める。
それで騎士が慌てふためき、
「アン•ポーレット様!!」
付け加える。
もちろん、私はこんな待遇は望んでいない。むしろ、目立たないようにしたいほどだ。前までは騎士に名前すら呼ばれないような対応だったのだから。おまけに、追放される時は騎士に剣を向けられた。
そして、この騎士たちはジョーが怖いのだと思い知る。国内最強と言われるジョーは、騎士たちにとって脅威でしかないのかもしれない。
騎士に連れられて、慣れた王宮の中を歩く。
いつもは来客があると道を開け、頭を下げるのが決まりだった。だが、今日は私が頭を下げらる番だ。
すれ違う人が皆道を開け、頭を下げるのを見ると申し訳ない気分でいっぱいになる。
途中、薬師の先輩に会った。だが、先輩は私に気付くそぶりもなく、他の人と同じように頭を下げるのだ。それで、王宮に居場所はないと悟った。
そして、国王陛下の謁見の間に通された。長い赤いカーペットが敷かれ、両側には騎士たちが並んでいる。そしてその向こうには、見慣れた陛下が椅子に座っていた。
陛下は少し見ないうちに、随分老け込んだみたいだ。
だが、私を見て椅子から立ち上がり、名前を呼んだ。
「アン!」
そのまま前に歩こうとするが、よろめいて再び椅子に腰掛ける。隣にいる側近が、
「陛下!」
と焦っていた。
どうやら陛下の病状は良くないらしい。肝臓をさらに痛めてしまったのだろうか。
だが……
「アン……」
陛下は、椅子に座ったまま私に手を差し伸ばした。私はかつてのように陛下のもとへ駆け寄り、跪く。
「アン……サイロンの件は、アンに本当に申し訳ないことをした。
私からも、詫びさせて欲しい」
陛下はなぜか、私にすごく甘かった。身寄りもなく若い頃から王宮で暮らしているため、同情をしていたのだろう。
陛下が私を祖父のように可愛がってくれるから、私が陛下の薬を運ぶ係となっていた。だから、ああやって嵌められる格好の餌食になったのだろうが。
「陛下、そのようなことは言わないでください。
陛下がお元気になられて、何よりです」
跪いたまま、陛下にそう告げた。そんな私に、
「アンよ。頭を上げてくれ」
陛下は弱々しく告げる。
顔を上げた私は、やつれて顔色の悪い陛下と視線がぶつかった。
陛下はやはり、あの頃と同じ優しい祖父の瞳で私を見下ろしている。
「アン……そなたは、私の恩人ガーネットにそっくりだ」
「え……」
ガーネット……それは最近知った、私の母親の名前だ。彼女は結婚前、王宮で薬師長をしていた。
「私が毒にやられた時、ガーネットが助けてくれたのだよ。
だから私は、ガーネットの娘であるアンが、そんなことはしないと思っていた。それなのに、信じてやれなかった」
お母様が恩人だから、陛下は私に優しかったのだろうか。きっとそうなのだろう。
私の特別扱いはお母様のおかげだが、それでもお母様のことを誇りに思っている。私も、お母様みたいな薬師になろうと心から思った。
「陛下、気にされないでください」
私は陛下に笑顔で告げた。
「私が王都を去ったため、ジョセフ様と出会うことが出来ました。
私は今、ジョセフ様と一緒に居られてとても幸せです」
陛下は少し寂しそうな顔をし、そして聞く。
「それならば、アンはもう王都に戻ってこないのか?」
「左様でございます。
……私の心は、オストワルと共にあります」
ジョーを見上げると、嬉しそうに目を細めて私を見下ろしてくれる。こんなジョーが隣にいてくれるから、私はずっと幸せに暮らしていけそうだ。
陛下が王都に戻って欲しいと思ってくださるのは、とても嬉しいのだが。
陛下は、ジョーのほうをようやく見た。そして、悲しげだが嬉しそうに告げる。
「ジョセフ・グランヴォル。そなたの名は、聞き飽きるほど聞いておる。
いつも辺境の地で我が国を守ってくれ、感謝しかない。
今回も、そなたにも多大なる迷惑をかけ、申し訳なく思っている。
アンがそなたほど名の知れた騎士と結婚することを、私は嬉しく思う」
ジョーは出発前、陛下のことを敵視し、謝らせてやろうと言っていた。だからどんなことを言い始めるのか不安だったのだが、意外にもおとなしく頭を下げるだけだった。
陛下が先に謝ったため、ジョーの攻撃心もなくなったのかもしれない。
そして、陛下がジョーを認め祝福してくださったことも、すごく嬉しい。
私はまたジョーを見上げ、ふふっと笑ってしまった。すると、やはりジョーも甘くて優しい瞳で私を見下ろす。私はこうして、ジョーと一緒に居られて、とても嬉しい。
陛下の謁見を終えると、小さな部屋に通される。その部屋には私に剣を向け追放した騎士団長とその部隊がいて、胸がずきんとした。それとともに、あの時の恐怖が押し寄せてくる。
私は騎士たちに近付かないようにジョーの陰に隠れたが……
「アン様」
騎士団長が私の前に歩み寄り、跪いた。あの時は薬師アンと呼び捨てにされたのに、今はアン様となっている。その待遇の変化に戸惑うばかりだ。
「以前、私たちが貴女に剣を向けたこと、お許しください」
そんな騎士団長に、
「と、とんでもございません!
それがお仕事なのですから、当然のことです!」
なんて言い、さらにジョーの陰に隠れた。
もう、そのことは無かったことにして欲しいくらいだ。思い出すだけで怖くなるし、あの時は本当に辛かったのだから。
だが……その言葉にイラついたのは、私ではなくジョーだったのだ。
私の前に庇うように立ちはだかり、
「……剣を向けた?」
低い声で騎士団長に聞く。その声には凄みがあり、聞いただけで逃げ出したくなる人だっているだろう。
「貴様は、俺の婚約者を殺そうとしたのか」
ジョーは自らの腰に差した剣に、すでに手をかけている。ジョーの気持ちは嬉しいが、こんなところでトラブルを起こされたら厄介だ。そして、ジョーはさらに荒くれ者になってしまうだろう。
実際、この騎士団長だって、怒りで爆発しそうなジョーを前に怯えた顔をしているのだ。
「ジョー!大丈夫だから!私、元気だから!!」
必死にジョーを宥めるが、ジョーの怒りは治まらないらしい。
「俺は貴様ら全員を殺す腕も持っているし、アンのためになら命だって賭けられる。
だが、アンが必死で止めるのだ。アンに免じて殺すのは止めてやろう」
騎士団長は、ジョーを前に青ざめていた。そして申し訳ありませんと何度も頭を下げる。
私の想像以上に、ジョーは恐ろしいと噂されているようだ。だが、本当のジョーは騎士団の部下にも優しく慕われている。そして、こんなジョーが好きだし、ジョーに甘やかされてとても幸せだ。
この凍りつく空気の中、私は不意に廊下から部屋の中を見ている人たちに気付いた。先頭にいる彼を見て、私は思わず駆け出していた。
「師匠!!」
師匠はジョーと騎士たちのやり取りに怯えながらも、私を見ると嬉しそうに顔を輝かせる。こんな師匠を見ると、涙さえ出てきそうになった。
「師匠!」
師匠の前に辿り着き、私は涙を我慢して必死に告げる。
「色々、お世話になりました。
疑いをかけられた時も、私を守ってくださってありがとうございました!」
師匠のおかげで、私は殺されずに済んだ。
「師匠が私に色々教えてくださったので、私はジョセフ様やオストワルの人々を救うことが出来ました!」
私の知識は紛れもなく師匠から受け継がれてきたものだ。師匠のおかげで今の私がいると言っても過言ではない。
私は師匠にこんなにも助けられたのに、師匠に何一つ恩返しが出来ていない。
師匠はその年老いた顔をくしゃくしゃにして、私に告げた。
「わしこそ、アンを守ってやれなかった。わしら全員からお詫び申し上げたい」
師匠の後ろには、現在の薬師長をはじめとする薬師たちがずらっと並んでいる。みんな心配そうで、それでいて嬉しそうな顔をしている。
「ようやくガーネットの話も出来るのじゃ。
わしらは、ガーネットの娘であるアンが、幸せになってくれてすごく嬉しい」
「お母様は、皆さんにとても慕われていたのですね」
お母様の話を聞くたびに嬉しくなる。私も、そんなお母様みたいな大人になりたいと心から思う。
「ともあれ、婚約おめでとう、アン」
師匠の言葉に、薬師の先輩たちも口々におめでとうと言う。
「アンがオストワル辺境伯領のジョセフ様と結婚すると聞いてびっくりしたわ!」
「どんな大男かと思っていたけど、実はスマートなイケメンだったのね!」
祝福されてすごく嬉しいが……
「みなさん、彼のことを知っておられたのですね」
私は複雑な気持ちでいっぱいだ。オストワル辺境伯領のことは知っていたが、ジョーの話なんて聞いたこともなかった。ジョーの名は、私の想像以上に知られているらしい。
申し訳なさそうな師匠が教えてくれた。
「アンには、外の世界に興味を持たないようにと、極力何も言わないように言われていたのじゃ。
アンが王宮治療院にいる限り、その身は守られるから」
「でも、アンはもう自由の身だものね。
外の世界を存分に楽しんでらっしゃい!」
私の知らないところで、こんなにも人々に守られていたことを思い知った。確かに王宮にいた頃は世間知らずだったが、こんなにも大切にされて幸せだった。
そして、これからジョーとオストワル辺境伯領で幸せな時間を過ごしたい。
「皆さん、本当にありがとうございました!!」
私は深々と頭を下げていた。
あと三話で完結です。
いつもありがとうございます!
もし気に入っていただけたら、ブックマークや評価をいただけたらとても嬉しいです。
皆様のブックマークや評価が、とても励みになっています!!