32. 彼が騎士団に復帰しました
ジョーもお兄様も、順調に回復していった。
ジョーが大怪我をしてから一週間後……まだ古傷は痛むはずなのに、ジョーがなんと剣の稽古をし始めた。広大な薬草園で、お兄様相手に軽やかに剣を振るっている。
カキーンと乾いた音が鳴り、お兄様の剣はいとも容易く吹っ飛んだ。
「また負けた。ジョーに勝とうなんて、百年早いなぁ」
残念そうに告げるお兄様に、ジョーは笑顔で言う。
「ヘンリーもなかなかの腕だ。
その腕なら、オストワル辺境伯領の第一騎士団には入れる」
「でも、騎士団長にはなれないでしょ?」
お兄様の言葉に、ジョーは苦笑いした。
お兄様が国内最強とも言われるオストワル辺境伯領騎士団長になれてしまったら、ジョーの顔が立たないだろう。それでも、お兄様は強かったし、私はお兄様の妹でいて嬉しい。
「二人とも、無理は禁物ですよ」
私は遠くから叫ぶ。また怪我をして、傷口が開いてしまってはいけないからだ。
だが、ジョーは遠くから告げた。
「俺としたことが、得体も知れないあの騎士たちにやられてしまった。
アンを守るために、もっと強くならないといけない」
ジョーがショックを受けているのは分かっていたが、すでに十分だと思う。だいいち、大多数の黒い騎士対ジョーだったのだから、ジョーがやられるに決まっている。
そして、応援に駆けつけたオストワル辺境伯領騎士団の強さは見事だった。自分たちは無傷で、黒い騎士たちを捕らえていた。その騎士団の頂点にいるのだ、ジョーの強さは計り知れない。
ジョーはゆっくりと私のほうへ歩いてくる。その顔がしっかり見えるにつれ、ドキドキが大きくなる。
そして手の届くところまで来ると、私の髪をそっと撫でてくれた。
「アン。俺は明日から騎士団に戻ろうと思う。
ここにいると、体が鈍ってしまうから。
……大丈夫だ。無理はしない」
欲を言えばジョーにまだ側にいて欲しい。だが、ジョーに騎士団に戻っていきいき生活してもらうのも大切だ。ただ、無理はしないで欲しい。ジョーが傷付くと、私も傷付くから。
「本当に、無理しないでね」
そう告げると、また頭をそっと撫でてくれた。
この、何でもないジョーと過ごす時間が、とても幸せなのだと思う。ジョーがただいてくれるだけで、毎日がこんなにも楽しいのだ。
そして次の日、ジョーは言葉通り騎士団に復帰した。命の危機に瀕していたのに、随分と早い復帰だった。
朝、治療院へ行くと、見慣れた隊服姿のジョーが薬草園で水やりをしていた。いつもの幸せな光景だ。
「ジョー、おはよう!そんなに無理しないで!」
私は慌てて止めに入るが、ジョーは水の入ったバケツを下に置き、ばっと私に向かって手を伸ばす。
「おはよう、アン」
その笑顔すら眩しく、恥ずかしい私は伸ばされた腕の中に飛び込めるはずもないのに。なのにジョーはいつも、こうやって私を抱きしめようとする。
「ジョー。そこに私が飛び込むと、傷に当たって痛むよ?」
敢えてそう言うが、
「アンがいたら、痛むはずがない」
わけの分からない理屈を吐かれる。
「おいで、アン」
その甘い声に釣られて、ふらふらっとジョーに近寄ってしまう。必死で抵抗しようとするのに、ジョーが愛しすぎて、見えない糸に引っ張られるように胸に飛び込んでしまったのだ。
そして、ジョーはそっと優しく、だけど力を込めて私を抱きしめてくれた。
「アンがいることが、こんなに幸せなんてな」
甘いその言葉に、また胸のドキドキが止まらなくなる。
私だってそう思う。魚に水が必要であるように、私にはジョーが必要だ。
ジョーは私を抱きしめたまま、優しく告げる。
「このあと俺は勤務に戻るが、その前にセドリックに呼ばれている。黒い騎士たちについての話のようだ。
アンにも知る権利があるから、俺と一緒に来て欲しい」
「うん……」
黒い騎士の話を聞くのは怖いが、しっかりと知っておかなければならないと思う。
私はどうして見ず知らずの騎士から狙われていたのか。そして、その問題は解決したのかどうか。
もしまだ狙われているようであれば、今まで以上に用心しないといけないだろう。これ以上、ジョーを命の危険に晒したくないのだ。
命の危険といえば……
「そうだ、ジョー!」
私は、あの黒い騎士の事件後、ずっと考えていたことをジョーに告げた。
「私にも、戦いの仕方教えてよ」
「……は?」
ジョーは、まるで馬鹿な子を見るような目で私を見ている。そんな目で見ないで欲しい。私は慌てて付け加える。
「ほら!ジョーにいつも守れてばかりじゃ駄目だと思ってさあ。
私も、ジョセフ騎士団長の妻に相応しい、強い女になりたいの」
戦っているお兄様やジョーを見て、自分の無力さを思い知った。そして、強い二人に憧れを抱いているのも事実だった。
ジョーはふっと笑い、私の頬にちゅっとキスをする。それで、ぼわっと顔が熱くなる。
「アンは黙って俺に守られていろ。
それに、俺に守られるのが不安だなんて、俺も不甲斐ない男だ」
「そんなことないよ。
そんなつもりで言ったわけじゃない!」
慌てて弁明するが、ジョーは少し悲しげに笑った。きっと、黒い騎士に瀕死の状態にまでされたことが心の傷となっているのだろう。圧倒的多数の黒い騎士たちを相手に、よく耐えたというべきだろうに。
「アンは勇気のある女性だ。俺をオオカミから守ってくれたし、俺を狙う黒い騎士からも庇ってくれた」
その穏やかな声が心地よく響き、時折ちゅっと頬や額に口付けをされる。その度に、私はドキドキして紅くなる。
「でも……アンが望むのなら、一緒に訓練しよう。
今回みたいに、人生何が起きるか分からないから」
そう言うジョーは、心無しが嬉しそうだった。そのまま再び私をぎゅっと抱きしめ、耳元で囁いた。
「でも、無理はしないで欲しい。俺が悲しむから」
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