3. 回復した男が守ってくれました
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それから……私は必死に薬を調合し、看病した。
まずは熱を下げる解熱剤だ。
この熱は、体の奥底にある心臓、その辺りから発生している。脈も速く、このままだと心臓に負荷がかかりすぎて駄目になりそうだ。強心剤も加えた。
あとは、傷ついている右手だ。一見すると傷は深く無さそうで血も止まっているが、見るからに良くない傷だ。ここから新たな菌が入っているのだろうか。
薬草を浸した抗菌調布剤を貼り付ける。そして、意識がある時に活力スープを飲んでもらう。
男性は意識がなくなり、ずっと目を閉じたままだ。だが、私は寝る暇もなかった。私が眠ってしまえば、この男性が死んでしまうのではないかと恐怖に陥る。
ひたすら焚き火で薬やスープを煮て、彼を拭いたり与えたりしていた。
そうしている間にも、この男性の顔立ちがすごく整っていることに気付いてしまった。
さらさらした髪に、高い鼻筋。私、すごく好みかもしれない……
こうして三日が過ぎ、三日目の晩のことだった。
私はうとうとしながら、薬をかき混ぜていた。
男性はまだ目を閉じたままだ。だが、少しだけ顔色が良くなっていることに気付く。心なしか呼吸も落ち着き始めている。よし、この調子だ。
手に貼った調布剤を取り替え、活力薬を口に入れる。そしてまた、焚き火の前に戻った時……
グルルルルル……
おぞましい唸り声が聞こえた。その唸り声を聞くと、全身の毛が恐怖で逆立つようだった。
何も見ない、何も聞かない、きっと何かの間違いだ。必死に自分に言い聞かせる。
そうだ、きっと疲れているんだ。疲れて夢を見ていたんだ。
……そうそう、目の前に無数の光の点。
……光の点!?
はっと我に返った。
夢だと思ったのに、光の点は消えない。いや、それはただの光の点ではなくて、闇に輝くオオカミの瞳だったのだ。
薄暗い洞窟の向こうに、闇に浮き出るオオカミの姿。しかも、複数いるらしい。
私、次こそ本当に死んでしまうのかもしれない。なんというハードモードだ!
私はオオカミを前に動かない男性を見た。ようやくここまで良くなったのに、オオカミになんて食べさせない!!
咄嗟に匂いのキツい薬草を投げつけた。辺りに薬草の匂いが充満する。オオカミは怯んで一歩後退りをする。それを私は見逃さなかった。
ちょうど松明にしようと作っていた棒切れを油に付け、焚き火へかざす。ぼっと火柱が上がり、辺りが急に明るくなった。その松明を振りながら、オオカミに近付く。
「ほら!あっちに行きなさい!
私やこの人を食べても、薬漬けだから美味しくないよ!」
オオカミが私に飛びかかるが、運良く振っていた松明に当たった。
あまりの熱さにオオカミは苦しい叫び声を上げ、犬みたいにキャンキャン鳴いて去って行った。
「ちょろいものよ」
なんて言いながらも、体は恐怖でがくがく震えている。私は松明を持ったまま、その場に崩れ落ちた。
ただひたすら怖くて、気付いたら宮殿を去って初めて泣いていた。
次の日……
私は必死で考えた。ここにとどまるのは危険だと。
あのオオカミは、復讐に来るかもしれない。だけど、男性はまだ気を失ったままだ。十メートルほどの距離を運ぶのにも死ぬ思いだったのに、どこか別のところに移動することは不可能だ。
だが、もちろん男性を置いていくわけにはいかない。せっかく元気になってきたのに、ここに置いておくのは人殺しも同然だ。
彼は相変わらずすやすやと眠っている。もう熱はなく、傷も治りかけている。ただ、意識が戻らないのだ。
「ねぇ……そろそろ起きてよ」
私はぼやいていた。
「あなたが起きたらオオカミを退治してくれる……なわけ、ないよね」
オオカミのことはさておき……私も、そろそろ体力的に限界だ。だが、あの恐怖体験の後で、今夜は眠って過ごすなんてこと出来るはずもなかったのだ。
結局、何も状況は解決することもなく夜を迎えた。
男性はすっかり良くなり、気持ちよさそうに眠っている。悪かった顔色も良くなり、まるで笑っているかの寝顔だ。
大人の男なのにこんな無邪気な寝顔を見ると、胸がどきんとするのと同時に笑顔になる。彼が元気になるのが待ち遠しいのだが……
暗くなるにつれ、また恐怖が襲う。睡眠不足で血走った目で、洞窟の外をずっと見ていた。
遠くでオオカミの遠吠えがし、体中を恐怖が走った。
分かっているが、この森にはオオカミがいるのだ。その事実が恐ろしい。私は大量に作った松明を手にした。
その瞬間、すぐ近く、この洞窟のすぐ外でおぞましい遠吠えが響き渡った。心臓を掴まれ、恐怖で凍りついてしまうような遠吠えだった。やはり、オオカミは復讐のためにやってきたのだ。
昨夜は運が良かっただけだ。今夜はどうしよう。
「助けて……」
縋る人もいないのに、呟いた私の声はふるえていた。
「お願い……助けて……」
「大丈夫だ」
近くで声が聞こえた。思わず振り向くと、さっきまで眠っていた男性が身を起こしているではないか。しかも目を開いたこの男性、めちゃくちゃかっこいいのだ。
汚れ破れた服に、土まみれの金色の髪。開かれた濃碧の瞳は、しっかりと私を見つめている。その力強い瞳に、不覚にもどきんとしてしまった。
彼は立ち上がり、松明を手に取る。
「ちょっと!まだ完全じゃないんだから!」
止めようとするも、彼は聞いてくれない。松明を剣のように闇に向けながら、私に笑いかけた。
「助けてくれてありがとう。俺のことはジョーと呼んでくれ」
まるで太陽みたいなその笑顔に、不覚にも見惚れてしまった。
「ジョー……」
彼の名を呼ぶと、嬉しそうに目を細める。そんなに薄汚れているのに、その美しさが眩しいのですが!
どぎまぎする私を前に、ジョーは軽く松明を振りながら洞窟の外へと歩み出る。
その瞬間、オオカミたちが襲いかかったが……彼は目にも止まらぬ速さで瞬殺した。手に持った松明と、力強い足蹴りで。
襲いかかったオオカミたちは宙を飛び、どさっと地面に叩きつけられる。そしてそのままキャンキャン鳴いて逃げていってしまった。
あんなに恐ろしかったオオカミを、ジョーは一瞬でやっつけてしまった。ジョーは一体何者なのだろう。
そして振り返った時のその笑顔、犯罪級だ。眩しすぎてくらくらする……
気付いたら私は倒れ、数日ぶりに眠っていた。体力が限界だったのと、ジョーが起きたことでようやく安堵したのだろう。
患者が元気になった時に、薬師で良かったと思う。だけど今回ほど命を削って看病したことは、いまだかつてなかった。
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