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29. 彼が助けに来てくれました




◆◆◆◆◆




 黒い騎士たちは、刻一刻と馬車に迫ってきていた。もちろん、ポーレット領の騎士たちも必死で抵抗するが、黒い騎士のほうが力でも数でも優っているのだろう、次々と銀色の鎧のポーレット領の騎士たちが倒されていく。


 私にジョーの力があったら、何か役に立てるだろう。だけど今の私はただのお荷物だ。そして、黒い騎士たちは紛れもなく私を狙っているのだろう。



「アン、必ず守るから!」


 お兄様は私の治療を受ける時はヘタレだったはずなのに、今や防具を身に付け剣を片手に場所の外へ飛び出そうとしている。


 そんな勇敢なお兄様に、


「お兄様!必ず生きてください!!」


私はまた叫んでいた。



 馬車の扉を開け、お兄様が外へ飛び出す。その瞬間、黒い騎士たちから歓声が上がった。


「ヘンリーがいたぞ!!」


「それならば、やはり妹のアンもいるだろう!」


「兄妹合わせて始末してやる!」


 それで分かった。黒い騎士たちは、もちろん私を狙っていたのだが、ヘンリーお兄様も狙っていたということが。そして、私たちは殺されるのだということが。



 お兄様はヘタレかと思っていたが、剣の腕はなかなかだった。押されていた銀色の騎士団に加勢し、所々で黒い騎士たちが倒れていった。でも、黒い騎士たちのほうが圧倒的多数で、お兄様がやられるのも時間の問題だろう。


 こうして皆が必死に戦っているのに、私はただ馬車の陰に隠れているだけだ。

 こんな私を見たら、ジョーは幻滅するかな、なんて思った。このまま私だけが生き延びても、ジョーに合わせる顔はない。


 そう思った瞬間、私は馬車から身を乗り出していた。そして、大声で叫ぶ。


「私はアン・ポーレットです!


 ポーレット領の皆さんを攻撃することは、やめてください!

 私なら喜んで命を差し出します!!」


 死ぬのは怖い。でも、私一人の命で皆が助かるなら……


「アン!やめろ!!」


 お兄様が絶叫する。そしてそのまま、近くの黒い騎士を倒す。


 お兄様だってこんなに頑張っているのに……なのに私だけ安全なところにいるなんて……




「皆の者、静粛に」


 黒い騎士団から、野太い声が上がった。それで黒い騎士たちは争いを止め、道を開ける。すると黒い騎士団長だと思われる、馬に乗った立派な黒い鎧を着た騎士が現れた。

 鎧を着ているとはいえ、その体は鍛え上げられていることがよく分かる。そして、そのよく通る声で私に話しかけるのだ。


「アン・ポーレット。お前は懸命な女性だ。


 お前とヘンリーが首を差し出せば、お前たちの手下の命は救ってやろう」


「いや、お兄様も殺させません!


 ……私は今まで、身寄りのない女でした。私は死ぬことなんて怖くありません!


どうか、私の命で……」



 頭を垂れる。


 死ぬのは怖いが、お兄様を含め、皆を救いたいと思う。皆を救うことが出来たのならば、薬師として幸せな人生だったのだろう。


 死ぬのは怖い。そして心が痛むのは、ジョーやお兄様を知ってしまったから。


「いい度胸だ」


 黒い騎士団長が剣を振り上げ、私は俯いて目を閉じた。


 どうか、お兄様を救ってください。そして、どうか、ジョーやお兄様に幸せが訪れますように……!!




 だが……


「わぁぁぁぁぁあああ!!」


 剣を振り上げたはずの騎士団長が、たいそうみっともない声をあげた。そして、私にはいつまで経っても一撃が降りかかってこない。一体、どうしてしまったのだろう。


 おずおずと顔を上げた先に……彼がいた。

 


 ジョーは、いつもの黒い隊服を着ていた。そして、馬に乗って剣を振り上げていた。その顔は怒りに満ち、見ている私の背筋がゾクっとするほどだった。


「俺は、オストワル領騎士団長、ジョセフ・グランヴォル。


 俺の愛するアンを狙う奴は、許さない」


 ジョセフ・グランヴォルの名を聞き、黒い騎士団は一斉に慌てた。そして、口々に情けない悲鳴を上げる。ジョーの存在は、黒い騎士たちにとってこうも脅威だったのだ。


 黒い騎士たちは怯えるが、私の胸は高鳴りっ放しだ。ジョーを見て、また涙が溢れた。


「何やってる!かかれ!!」


 黒い騎士団長はジョーに剣を向けるが、その剣は塚からぽっきりと折れていた。きっと、先ほどの悲鳴は、ジョーに剣をぶった斬られたからだったのだろう。


「相手がジョセフ騎士団長だとしても、ポーレット兄妹の首を討たないと、我々の命はないぞ!!」


 黒い騎士団も命懸けだったのだろう。皆が震えながらもジョーに向かっていった。

 そして、大勢の黒い騎士を相手にしても、ジョーは強かった。まるで旋風のように、次々に相手をなぎ飛ばしていく。黒い雲を突き抜ける光のように、ジョーは突き進んだ。

 そして、剣で敵をなぎ飛ばしながら、ヘンリーお兄様に向かって何かを投げた。


「ヘンリー様!それを吹いてください!

 オストワル領騎士団に、知らせてください!!」


 お兄様はそれをしかと掴み、そして見た。

 ジョーが投げたものは、オストワル辺境伯領騎士団に危険を知らせるためのラッパだったのだ。


「吹かせるか!」


 黒い騎士たちは叫びお兄様を攻撃しようとするが、ポーレット領騎士団がそれを守る。そしてお兄様はラッパに口を付け、力いっぱい吹いた。



 晴れた空に響いた騎士団のラッパの音は、周りの山々に反響して大きく響く。澄んだ大きなラッパが響き渡る空の下、ジョーが黒い騎士たちを次々と打ち負かしていく。

 隊服姿のジョーは、黒い鎧の騎士をまるで子供でも相手にしているように吹っ飛ばす。私は、そんなジョーの姿にただ見惚れていた。

 


 だが……黒い騎士たちは、数の上で圧倒的に有利だ。防具すら身につけていないジョーは、剣一つでその身を守っている。そのため、時折敵の剣が当たるようで、顔を歪め必死に耐えている。

 いつの間にか隊服の背中が破れ、血が滲んでいた。


 さすがのジョーでも、この圧倒的多数の敵には勝てないのかもしれない。だけどジョーの負けは、ジョーの死を意味する。


 そもそも、ジョーを危険に追いやったのは私だ。ジョーを死なせてはいけない!



 私は落ちている短剣を拾い上げる。私に出来るか分からないが……それを精一杯投げた。


 私が投げた短剣は、ジョーを背後から狙っていた黒い騎士の鎧にガンッと音を立てて当たった。そして黒い騎士は、


「このクソ女!!」


怒りの矛先を私に向けた。そしてそのまま、剣を私に向けて突進してくる。 


 ジョーを少しでも守ろうと思ったのに、いざターゲットにされると言いようのない恐怖が襲った。

 丸腰で突っ立つ私に突進するこの騎士は……カーンといい音を立ててジョーの剣に跳ね飛ばされた。そして、ジョーは私の前まで来て、ぎゅっと私を抱きしめる。


「アン!もう離さないから!」


 ジョーは私を抱きしめたまま、片手で剣を振るった。私はその体にしがみついたまま、幸せを感じている。


「アン!結婚してくれ!俺の側にいてくれ!!」


 ジョーがあまりにも普通に言うから、その言葉が信じられなかった。だけど、それはずっとずっと私が待っていた言葉だった。


「ありがとう、ジョー」


 ジョーに抱きしめられたまま、真っ赤な顔で告げる。その間にも、ジョーは片手間みたいに右手で剣を振るっている。ジョーはその噂通り、私の想像の遥か上をいく強さなのだろう。


「ジョー、大好きだよ!」


 思わずそう告げると、ジョーはすごく嬉しそうに笑ってくれる。この笑顔が大好きだ。命が尽きるまで、このジョーの笑顔をずっと見ていたい。




 甘い世界に浸る中、お兄様がまだ懸命にラッパを吹いていた。澄んで大きく響く音色は、山々に反響して何度も響いてくる。

 だが、お兄様の吹いた旋律とは違う音も、少しずつ聞こえてきた。もしかして、オストワル辺境伯領騎士団が助けに来てくれたのだろうか。


 響くラッパの音は、次第に大きくなってきた。そして、気付いたら周りがさらに騒然としていた。


「ジョセフ団長!よくぞご無事で!!」


 ひときわ大きな声が響き渡り、ジョーと私の周りを金色の鎧を着たオストワル辺境伯領騎士団が行き交う。それを見て、ようやくホッとした。オストワル辺境伯領騎士団は、ジョーのピンチを察して、総力を挙げて助けに来てくれたのだ。


 ジョーは私を離し、すくっと背を伸ばす。その手には、どこからともなく血が滴り落ちていた。だが、その怪我にも負けないほどの凛とした声で、オストワル辺境伯領騎士団に呼びかける。


「ありがとう、よく来てくれた。


 こいつらは、我らがオストワル辺境伯領と我が妻となるアン・ポーレットを傷付けるものだ。


 オストワルの名に恥じぬよう、全力でかかれ!」



 金色の騎士が怒涛のように押し寄せる。国内最強ともいわれるオストワル辺境伯領騎士団を前に、黒い騎士団は逃げるしかなかった。そして、勝負がつくまでは一瞬だった。


 黒い騎士団の大半は捉えられ、残りは散り散りに逃げていった。ジョーによって折られた剣を持つ騎士団長も、例外なく捕らえられていた。

 

 誰よりも多くの黒い騎士を打ち負かしたジョーは、彼らが縄で縛られるのを見て、ゆっくりと私に歩み寄る。

 その顔は優しげで嬉しげで、先程まで死闘を繰り返していただなんてとても思えないほどだ。


「アン!」


 ジョーは笑顔のまま私に手を伸ばして……崩れ落ちるように倒れた。


「えっ!?」


 パニックを起こしながら、慌ててジョーに駆け寄る。


 ジョーが倒れたところには、少しずつ血溜まりが出来はじめていた。ジョーはすでに意識がなく、微笑んだまま目を閉じている。


 せっかく幸せになれると思ったのに。

 ……私のせいだ。私のせいで、ジョーがやられてしまったんだ。




 


いつも読んでくださって、ありがとうございます!

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