28. 彼女が大好きだ (ジョセフside)
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俺はアンの馬車が視界から消えても、ずっとアンのほうを見ていた。
騎士としてだけ生きてきた俺は、女性には興味がなかった。いくつか縁談を持ちかけられたりもしたが、あまりにも興味がないため断ってきた。結婚なんてすると、自分の自由な時間がなくなる、そして騎士としての仕事に影響をきたす。女性は、俺の足枷でしかなかった。
でも……その身をなげうってまで、俺を看病して助けてくれたアンに、一気に恋に落ちた。
生き延びるためには俺を捨てて逃げるべきだったのに、訓練もしていないその体で、オオカミの群に立ち向かった。この女性はどうして、何も関係ない俺をこうも大切にしてくれるのだろうかと思った。
だけど、彼女の旅をするうちに、知らない気持ちが芽生え始めた。
アンはいつでも俺が少し無理しようとするものなら、「まだ病人なんだから!」なんて俺を止める。そして、代わりに鳥を撃ったり魚を獲ったりしようとするが、当然出来るはずもない。だから俺が喜んで食べ物を捕獲した。
彼女のぶんまで食べ物を捕獲し、すごいなんて喜ばれると、気付いたらにやけてしまっている自分がいた。
俺はこんなアンの、純粋でまっすぐで、人のことを大切にするところに惚れたのだと思う。
「ジョー。あれで良かったの?
ジョーがアンを引き止めるなら、僕も全力で阻止したんだけど」
セドリックが言いにくそうに俺に告げる。だから俺は答えた。
「アンはせっかく兄に会えたのだ。今まで身内がいなくて寂しい思いをしてきたのだろう。
だから、アンには幸せになって欲しい」
俺はこうやって、アンが患者を思うように、アンを一番に考えている。だから俺の思いが砕け散っても、アンが幸せになればいいと思っていた。
「ジョセフ様……お話に割り込んで、失礼だと承知しております」
セドリックと俺の間には、いつの間にかアンの仕事先の薬師がいるではないか。そして、この女は堂々と俺に物申すのだ。
「アンちゃんは……本当に幸せになれると思いますか?」
その言葉に、セドリックまで同調する。
「アンは最後にジョーに何て言ったの?」
最後の言葉は……「ジョーのことが大好きだよ」だった。その言葉を聞いて、胸が悲鳴を上げたのは事実だった。
アンは俺の知らないうちに、俺のことを好いてくれていたのだ。俺がどれだけ迫ってもアンは飄々とすり抜けていくから、まさか俺のことが好きだとは思わなかった。おまけに、目の前であんなにも泣かれたら困る。
アンを泣かす奴は許さないと思っていたのに、一番アンを泣かせた奴は俺だろう。
「アンは侯爵家の娘だったんでしょ?
ジョーとの結婚に何ら問題がないじゃん。
ジョーがアンを引き留めないから、ジョーは一生誤解されたままだよ?」
セドリックの言葉が胸を抉った。
俺が……誤解される?アンをこんなにも好きなのに……誤解される?
それは嫌だ。そして、そのことでまたアンを泣かせるのだろう。
「最近、ジョセフ様は治療院に来られませんでしたよね?
それでアンちゃんも、ずっと元気がなかったのです」
薬師がそう言うのも分かる。
俺は確かに忙しくしていた。あの黒い騎士たちが領地に頻繁に現れるから、防衛に当たっていたのだ。……というのも言い訳で、忙しくしていたらアンのことを忘れられると思っていたからだ。
アンに会いに行けば、離れられなくなる。俺が潔く身を引くのが最善だと思っていたが、それがアンを苦しめていたなんて。
アン……会いたい。
アンと共にいたい。
俺は、アンが大好きだ。
セドリックを見ると、ニヤニヤ笑いを浮かべながら俺を見ている。セドリックは俺の心が分かっているのだろうか。
「ほら、ジョー。はやく追いかけないと!」
その言葉を待たなくても、今すぐにでもアンを追いかけたい。そしてぎゅっと抱きしめて、二度と離さないと告げたい。
「ジョーが女性に対してそんな顔をするの、初めて見たよ」
俺だってそう思う。最近の俺は狂っていた。これは俺の初めての恋であって、理性を吹っ飛ばすほどの大きな恋であった。そして、こんな恋はこれで最後にしたい。
「アンを追いかける」
俺は馬に飛び乗り、馬を走らせた。馬車はまだそんなにも遠くに行っていないはずだ。今ならすぐにアンを取り戻せる。あとで後悔するくらいなら、行動に移したほうがいい。
ヘンリー様は俺を憎むかもしれないが……やっぱり譲れないのだ。
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