21. 彼の甘さにやられています
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騎士に荷物を押し付けて、ようやく手ぶらになったジョーは、
「少し話そうか」
私に告げ、不意にぎゅっと手を握った。それでまた、どぎまぎしてしまう私。
ジョーの大きい手にそっと包まれ、胸が甘く切なく鳴る。
これ以上、私を虜にしないで欲しい。今がこうも幸せだと、この幸せが壊れた時に辛くなってしまうから。
だが、ジョーは私の手を握ったまま歩き、立派な塔のある建物に入っていく。
扉の両隣には騎士が立っていて、ジョーを見ると頭を下げる。そして、すれ違う騎士たちも、ジョーを見て頭を下げた。
私はどういうわけかジョーと友達みたいな関係になってしまったが、本来ならば私が近付ける存在ではないのだろう。それをまざまざと見せつけられているようだった。
広大な中庭を通り抜け、大きな建物に入る。隣にある建物からは、剣の打ち合う音も響いていた。何となく察した、ここは騎士団本部なのだろう。
その建物の横を通り抜け、ジョーは螺旋階段を上がる。上を見ると果てしなく高いところまで階段が続いているようだ。
上を見て驚いている私に、
「上れるか?」
ジョーは言う。私はスカートの裾を持ち、一段一段気をつけて階段を上がる。正直、あの天辺の明かりが漏れているところまで辿り着く自信はない。
戸惑っている私を、ジョーは軽々しく持ち上げた。不覚にもジョーにお姫様だっこをされている形となり、真っ赤になってしまう私。間近でジョーの顔を見て、さらにドキドキする。
「あの……上れるから離して!」
真っ赤な顔で告げる私を、甘い瞳で見下ろすジョー。
「やっぱり、お嬢様に上らせる訳にはいかないな」
「お、お嬢様じゃないって!」
慌てて告げる。
貴族のジョーにお嬢様だなんて言われたら、からかわれているも同然だ。私はただの平民なのに!
ジョーは軽々私を持ち上げたまま、ゆっくり階段を上がる。ふふっと楽しそうに笑いながら。
「その余裕の笑いが憎いんだけど!」
頬を膨らませて悪あがきすると、
「余裕ではない」
ジョーは口元を歪めて静かに告げた。
「え……」
「俺は全然、余裕ではない」
ジョーは何を言っているのだろう。こうやって私を抱っこしたりしても、ドキドキなんてしないくせに。甘い言葉で女の子を誑かすのも、慣れているのでしょう?
だけど……階段を見上げるジョーの頬は赤くて、口元はきゅっと閉じられていて……
「あっ、あの!
私が重いから、私を抱えてこの階段を上るのが余裕ないんだよね!!」
必死で理由を考える。
そうだ、きっとそうに決まっている。いくらジョーほどの強者とはいえ、この階段を女性をかかえて上がるのは辛いだろう。
ジョーはそっと私の手を取り、ジョーの胸に当てる。服を通り越して、ドクドク打つ速い鼓動が伝わってくる。これもきっと、必死で私を抱いて階段を上がっているからだ……
ジョーは甘い瞳で私を見て、ちゅっと額にキスをする。それで私は、さらに真っ赤になってしまうのだ。
私の心臓も、ジョーと同じくらいドキドキいってる。
やがて、ジョーは屋上に辿り着いた。
明るい光が急に押し寄せ、目の前が真っ白になる。そしてそれが次第に晴れてくると……目の前には、遠くまで続く街とその向こうの緑の平原、さらにその奥の山々が見えた。
初めて見るオストワルの街は、とても壮大でとても美しかった。私はこの街が好きだと心から思う。美しくて温かい、この街が。
ジョーはそっと私を地面に下ろし、後ろからぎゅっと抱きしめる。離してくれたと思ったのに、また捕えられてしまった。私の鼓動は高鳴りっぱなしだ。
ぎゅっとされたまま、耳元でジョーが話す。
「俺はあの山の中で、アンに会ったんだ。
アンに会ってから、俺はいろんなことを学んだ。女性には興味がなかったが、アンには初めて添い遂げたいと思った」
「何言ってるの。……私がジョーを助けたからでしょ?」
必死に呑まれないように抵抗する私だが、これも無駄な抵抗に終わるのだろう。
ジョーは私をぎゅっと抱きしめたまま、続ける。
「俺は、アンが薬師としてプライドを持っているところや、患者を絶対に見離さないところも尊敬している。
街の人とも仲良しで、誰もがアンと話をするのを楽しみにしている。
アンは、俺が持っていないものをたくさん持っている」
まさか、ジョーが私のことをそんな風に見てくれていたなんて。尊敬だなんて、とんでもない。だけど、ジョーにそんなことを言われてにやけてしまうのも事実だ。
だけど言われっぱなしの私は、反撃に出た。
ジョーにもいいところはたくさんある。ジョーには分かって欲しい……
「私は王宮に勤めていたから、遠いオストワル辺境伯領の話はよく知らなかったの。ただ、すごく強い騎士団と、すごく強い騎士団長がいるということくらいしか。
そのすごく強い騎士団長は、怖くて冷たくって、戦いしか能がないのだろうと思っていた。
ジョーは優しいし、いつも私を守ってくれるし、女の子扱いしてくれる。私みたいなただの平民に向かって。
私、女の子で良かったって初めて思った。こんなにも、ジョーに大切にされて……」
思わず溢すと、唇を塞がれた。
そっと唇を離したジョーは、甘く切ない声で告げた。
「アン。俺は恋に堕ちている」
そんなに甘い声で言わないで。そんなに真っ直ぐに言わないで。ますます離れられなくなってしまうから。
私も、ジョーのことが大好きだ。
「アン。君の家族のことが、少し分かった」
ジョーは私を後ろから抱きしめたまま、頬を寄せる。触れた頬がかあっと熱くなる。
「俺は君の兄に、手紙を出した。もうそろそろ兄から返事が来る頃だろう。
兄もきっと、君のことをずっと気にかけているだろう、アン•ポーレット嬢」
「……ポーレット?」
思わず聞き返していた。
平民で家族のいない私は、自分がアンという名前だということしか知らなかった。私は、アン•ポーレットというのだろうか。
そして、ポーレットという姓もどこかで聞いたことがある気がするが、思い出せないのだった。
アンの兄とは!?
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