16. 話す決意をしました
治療院まで、周りをきょろきょろ見回しながら急いで帰った。幸いなことに、途中黒い騎士には会うことがなかった。
足は震えもつれるが、必死に治療院までの道を走る。そして扉を開けて崩れるように中に入ると、
「あれ?アンちゃん?」
何も知らないソフィアさんが、驚いた顔で私を見る。
「デートはどうしたの?」
「そ……それどころじゃなくて……」
なんて言いながらも、胸がずきんとした。
私が国王殺害の罪を被っていることを知ると、ソフィアさんはどう思うだろう。せっかく仲良くなって、二人で楽しくしていたのに、私を追い出したいと思うだろうか。
……そうだよね、罪人を匿っておくなんてリスクを誰もが背負いたくない。それは、ジョーも、オストワル辺境伯だって同じだ。
「なっ……なんでもないです!」
「そうよね!」
ソフィアさんは、私が帰宅したことに変な誤解を抱いているようだった。
「アンちゃんにはジョセフ様がいるもの。
ジョセフ様よりもいい男なんて、そうそういないわ!」
分かっています……でも……今の私には、色々な弊害がありすぎるのだ。
そんななか、
「アン!!」
扉が再び開き、少し焦った様子のジョーが顔を出す。そして私を見つけた瞬間、ホッとした表情になった。
「探した、アン」
そのまま私に歩み寄り……ぎゅっと抱きしめられる。甘い気持ちと切ない気持ちが入り混じった。
「アン……どこかに行ってしまったのかと思った」
消えそうなその声に、胸のどきどきが止まらない。
そんなに切ない声で言わないで。ますます離れられなくなるのだから。
ふと、外が騒がしくなった。ジョーは私の体を離し、一瞬外を見る。そして私を、掃除道具箱の中に慌てて押し入れる。それと扉が開くのは同時だった。
暗い掃除道具箱の中で必死に聞き耳を立てた。甘い気分も吹っ飛んで、今や恐怖で震えている。
「じょ……ジョセフ様……なぜここに?」
男性の裏返ったような震える声と、鎧が立てるカシャンカシャンという音が響く。それで、さきほどの黒い騎士が治療院にも尋ねてきたことが分かった。
「お前ら、言ったよな?」
ジョーの怒りに満ちた声が聞こえてくる。
「この街に来た薬師は、王宮薬師などではない。ただの平民の女だ。
これ以上の地を混乱させるならば、地下牢へ入ってもらうか、ここで死んでもらう」
暗闇の中で響くジョーの声に、胸をドキドキ言わせる私。周りに人もいるのだろう、ざわざわする群衆に向かって、ジョーは告げた。
「皆の者、この黒い鎧の男たちは、オストワル辺境伯領の平和を乱すものだ。
こいつらの話は信用しないこと!」
それで、群衆が「帰れ!」なんて叫び始める。しまいには、投げられた石が鎧に当たる乾いた音まで響いてきた。予想以上にジョーの影響力はすごい。そして、私とは不釣り合いだという事実を、まざまざと見せつけられた。
ジョーはそんなにすごい人なのに、一体どうしてここまで私を庇うのだろう。下手したら、ジョーの名誉に関わる話かもしれないのに。
掃除道具箱ががちゃりと開かれる。眩しい光が一斉に差し込み、その先には眩しい笑顔で手を伸ばすジョー。その腕の中に飛び込めたら、どれだけ嬉しいかと思う。
私はジョーが手を伸ばしているのに気付かないふりをして、彼に聞く。
「どうして、私を庇ってくれるの?
……もしかしたら、私は悪人かもしれないのに」
ジョーは手を伸ばしたまま、静かに告げた。
「アンを渡したくないから」
「……え?」
「アンは俺を助けてくれた。この街の人々も助けてくれた。
悪人であるはずがない」
ジョーの言葉に、目の先まで涙が出かかった。だけど、必死で涙をこらえる。
ジョーに嫌われるのが怖くて、過去の話が出来なかった。だけど、ジョーにはこれ以上黙っていてはいけないと思う。こんなにも迷惑をかけているのに、無条件で私を守ってくれているのだから。それでジョーが離れてしまうなら……悔しいけど、それまでの運命なのだろう。
「あのね、ジョー……私の話、聞いてくれる?」
その事実を告げようとすると、ドキドキする。もちろん、好きとかそういったドキドキではない。
ジョーに嫌われないかとか、この地を追放されるかとか、そういった不吉なドキドキだ。
ジョーは静かに告げる。
「話して欲しい。でも、それがアンの負担になるのなら、話さなくていい」
ここまで追っ手が来ているのに、ジョーはどうしてこんなに私のことばかり考えてくれているのだろうか。こんなジョーの善意を、裏切るわけにはいかない。
「俺のは今日、アンの紹介された男との待ち合わせ場所に行っていた。
アンに気がある奴がどんな奴なのか気になったし、ひと泡吹かせてやろうと思って」
そ……そうなんだ。あそこにジョーがいたのは、偶然ではなかったのだ。
「知ってる」
思わず答えると、
「それじゃあ、俺とあの男たちの話も聞いていたのか」
ジョーは呟く。そして私は頷いていた。
「もちろん俺はアンを渡したくなかったから知らないふりをしたが、あの男たちも怪しさが半端なかった。
とある男の私兵と言うが、その男の名前は絶対に言わない。兜で顔も隠している。鎧には、紋章も何もない」
「確かに……」
「俺はアンが狙われているのではないかと思っている」
ジョーの真剣な顔を見ると、今さらながらに怖くなってくる。冤罪で王宮を追放されて、この辺境の地まで追い詰めてくるなんて……
「俺は、アンの助けになりたい。
命の恩人だからではなく、一人の騎士として。……一人の男として」
いつもは騎士団長だとか強いだとか言うと、言って欲しく無さそうにする。
だけどこんな時だけ、騎士を全面に押してくる。調子がいいのだから。
「アンちゃん。……私も、出来ることがあったらするわ」
ソフィアさんも心配そうに言ってくれる。ジョーだけでなく、ソフィアさんにも迷惑をかけていることに気付く。
でも、こうしてみんな力になってくれると言ってくれる。私の味方をしてくれる。私はこんなにも優しい人たちに囲まれて、本当に幸せだ。
私は二人を見て、深呼吸した。そして、今までの出来事を話し始めた。二人とも神妙な面持ちで、私の話を聞いてくれた。
いつも読んでくださってありがとうございます。