14. 彼は結婚するつもりでいるようです
皿とフォークを持って一階に降りると、ジョーとソフィアさんが楽しそうに話をしていた。
ジョーもソフィアさんも互いに気がないことは分かっているが、ジョーが女性と話していることにずきんと胸が痛んだ。
私はジョーと結ばれる運命ではないのに、こうもジョーに狂って嫉妬して、惨めな女だ。
「アン」
甘く優しい声で、私を呼ぶジョー。私はジョーのほうを見ないようにと頑張る。
「俺は嬉しい。こうも街中から祝福されるなんて」
「いや、勘違いでしょう」
私は努めて冷静に抵抗する。この、甘いジョーに流されてしまわないように、必死でもがきながら。それなのに、きっと私は真っ赤で、こんなにも胸をドキドキ言わせている。
「ねぇ、ジョー!このケーキ、すっごく甘くて美味しいよ!」
なんとか空気を変えようと必死にそう言うが……ジョーは、私のフォークに乗っているケーキを、美味しそうにぱくっと食べる。
自分のものを食べればいいのに、わざとそうやって私のものを食べるのだから。なんとあざとい男だろう!
そしてジョーは、目を細めて嬉しそうに言う。
「本当だ。すごく甘い」
こうやって、まんまとジョーの罠にかかった私は、ジョーと二人の甘い世界に入ってしまっていた。
ソフィアさんが目のやり場に困り、一人下を向いてケーキを食べていたことに気付き、はっとした。
「わっ、私!二階にお茶を忘れてきました!」
慌てて立ち上がって取りに行こうとするが、
「俺が取りに行くからいい」
ジョーは立ち上がってすたすた二階に行ってしまった。そんなジョーの背中を見ながら、顔は真っ赤で胸はどきどきおかしい音を立てていた。
ジョーがますます甘くなって迫ってくるようになったけど……私はいつまで平気なふりが出来るのだろうか。
そんななか、ガチャッと扉が開かれるのと同時に、
「アンちゃん!」
元気になった中年の男性が私を呼ぶ。その男性は、なんだか困った顔をして、言いにくそうに私に告げるのだ。
「街の若い男で、アンちゃんのことを酷く気に入っている人がいるんだよ。
もし良かったら、アンちゃんを紹介して欲しいって」
「えっ……」
頭に浮かんだのは、もちろんジョーだ。私は間違いなくジョーに恋している。だけど、結ばれない恋なのだ。
男性は、申し訳なさそうに続ける。
「でも、アンちゃんにはジョセフ様がいるから……
万が一紹介したら、俺はジョセフ様に殺されるから……」
この男性の言葉は、
「紹介だと?」
ジョーの、怒りに満ちた言葉にかき消された。慌てて階段のほうを見ると、めらめらとどす黒い炎が見えそうなほど怒っているジョーがお茶を持ったまま立っている。さきほどまでの、ピンクで浮かれたジョーとは別人のようだ。
「じょ、ジョセフ様……も、申し訳ありません!!」
男性は青ざめて震え上がるが、ジョーの怒りは治まらなかった。お茶が乗ったお盆を片手に持ったまますたすたと男性に歩み寄り、左手で胸ぐらを掴んでドンと壁に押し付けた。
「アンは他の男に渡さない」
それ、どこまで本気なのだろうか。ジョーだって、好き勝手私を誑かせておいて、いつかポイするに決まっている。だって私は、平民だから。
「俺とアンの仲を引き裂く奴は……殺す」
「じょ、冗談でも殺すとか言わないでよ!!」
私は思わず叫んでいた。ジョーはこうやって力任せに人を痛めつけるから、怖がられるのだ。
ジョーは罰が悪そうな犬みたいに、私を見てしゅんとする。そういう態度だって罪なのだ。特別扱いは嬉しいが、結ばれない特別扱いほど酷なことはない。
「私!紹介受けます!!」
「おい、アン!!」
ジョーは顔を真っ赤にして、まるで引き裂かれる恋人みたいに叫ぶ。でも、私は負けない。
「だって、貴族と平民は結ばれないでしょう?……ジョセフ様」
平静を装うが、私の声は震えていた。
ジョーは悲しそうな瞳で私を見て、消えそうな声で告げた。
「………分かった」
その返事が、酷く私の心を痛めつけるのだ。私は、大好きな人にこんな顔をさせて、何をやっているのだろう。
「……確かに俺は貴族だ。平民と貴族の結婚は、法律で禁止されている。でも、何か方法があるはずだ。
万が一どうしようも出来なかったら、俺はアンとともにこの街を去ってもいいとまで思っている」
その言葉が苦しい。ジョーはそこまで私のことを考えてくれていたのだと。それなのに私は、遊ばれているとか、本気でないとか言って、最低だ。
「でも……ジョーがこの街を去ると、この街はまた治安が悪くて怖い街になってしまう」
そう。だから安易に駆け落ちだなんてしてはいけないと思うのだ。
私はこうやって、毎日ジョーに会えるだけで幸せだ。……いや、幸せなの?……分かっている、本当はジョーと結ばれたいと思っていることなんて。
アンとジョーの恋は、どうなるのでしょうか。
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