12. 彼が甘くなりつつあります
いつもありがとうございます!
私は転がるように階段を駆け下りた。そして扉を開くソフィアさんに変わって、大慌てで告げる。
「ちょ、ちょっと!!何やってるの!?」
「何やってるって、見回りだ」
ジョーはぐいっと扉を開け、断りもなく治療院の中に入ってくる。ソフィアさんは焦っていて、それ以上に私はパニックを起こしている。そして、ソフィアさんがいるというのに、
「ジョー!勤務中だっていうのにこんなところに来ていると、評判が悪くなるよ!?」
なんて、可愛げのない言葉を吐いていた。
こんな時に甘えられる女性だったら、どんなに良かっただろう。
「評判?そんなもの、どうでもいい」
そう言って、ジョーはまた酷く甘い瞳で私を見つめる。そして私の手をそっと取る。
「外はもう暗い。アンが夜道を一人で歩いて帰るだなんて、俺は心配で居ても立っても居られない」
「お、大袈裟だって!私の家は、歩いてすぐそこじゃないの!!」
その声は、叫び声に近かった。
私だって困る、ジョーと結ばれるはずがないのだから、これ以上変な噂がたってしまったら。
それなのに、私はジョーにまんまと言いくるめられてしまう。ジョーに逆らえなくなる。だって、ジョーは握っている私の手を、そっと大切そうに自分の頬に付けるから。
「会いたかった」
そんなこと、甘くて切ない声で言わないで。この街に来てから、ジョーの糖度は確実に上がっている。しかも、どんどん甘くなっている!
真っ赤な顔の私と、私の手を頬に当てて嬉しそうなジョー。駄目だと分かっているのに、私の気持ちは大きくなっていく。
視線を感じてはっと我に返った。
私の隣には、真っ赤な顔のソフィアさんがいて、真っ赤な顔の私と至って普通のジョーを見ている。ばばっとジョーの手を振り払う私の隣で、
「ソフィアさん」
全く取り乱すことなく、クールに話すジョー。そんなジョーを、ソフィアさんはまだ真っ赤な顔で見ている。
「アンを受け入れてくださって、ありがとう。
これからも、アンをお願いします」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
ソフィアさんはかろうじてそう告げた。ソフィアさんが固まっているため、ジョーを連れて早くこの場を去らなければと思った。
「じ、ジョー、待ってて!
皿洗いをすぐに終わらせて帰るから!」
階段を駆け上がる私のあとを、ソフィアさんが追う。
「アンちゃん!もういいから帰って!!」
ソフィアさんの悲鳴のような声が聞こえる。そして……
「皿洗いなら、俺がする」
流し台に立つ私の手から、ジョーがひょいっと皿を取り上げてしまう。そしてそのまま、じゃぶじゃぶと洗い始めた。
ちょ、ちょっと待って。これはさすがにいけないよね。貴族の上に騎士団長であるジョーに、皿洗いをさせるだなんて。おまけに、その立派な隊服が濡れてしまう。
「ジョセフ様!!やめてください!!」
混乱して思わずそう言ってしまった私を見て、
「そんなこと言うな!」
嫌そうに言うジョー。そのままの勢いで、ジョーはまた信じられない言葉を吐いたのだ。
「キスするぞ!!」
その瞬間、かあーっと顔に血が上った。私だけではない、言った張本人のジョーだって真っ赤な顔をしている。ジョーってこんな顔するんだ。そしてそのまま、しまったとでも言うように口を押さえる。
意外なジョーの顔に、胸のきゅんきゅんが止まらない。どうしよう……私、おかしい。私もおかしいけど、ジョーだっておかしい。
こうして、ソフィアさんとは後味の悪い別れかたをして、私はジョーと治療院を出た。
標高が高いだけあって、この街の夜は冷え込むらしい。思わずぶるっと震えた私に、ジョーは上着を脱いでぱさっとかけてくれる。ジョーの香りがふんわり漂って、かぁーっと顔が熱くなる。
そのままジョーは、そっと私の肩を抱いて身を寄せ歩き始めた。
夜道は危ないとジョーは言うが、至るところに街灯があり、騎士たちがいるから大丈夫だろう。
その騎士たちと同じ隊服を着ているジョーを見て、騎士たちは背筋をピシッと伸ばし敬礼する。この様子からも、ジョーがいかにすごい人なのかを思い知らされた。
「アン。君がいると、俺の毎日がこうも違う」
「そう。それはジョーが、仕事をサボって抜け出すようになったからじゃない?」
ジョーに呑まれないように必死で抵抗する私だが、
「そうかもな」
ジョーは低く甘い声でそっと告げた。
「俺は騎士団に全てを捧げてきた。でも、今は違う。騎士団以外にも、大切なものを見つけた」
甘くて綺麗な瞳から、目が離せなくなる。私がジョーに釣り合う女だったら良かったのにと、心から思う。
「アン。俺は仕事を抜け出しても、君に会いたい。アンの顔を見ると、なんでも頑張れる気分になる。
アンの存在が、俺の薬なんだ」
もうやめて、そんな甘いことを言わないで。
ジョーはいつからこんなにも、私に依存するようになったのだろう。そして私も、どんどんジョーから離れられなくなっている。惚れ薬を飲んだように、頭の中はジョーでいっぱいだ。
「アンが分かってくれるまで……分かってくれても、俺はアンのそばを離れない」
ジョーは私の家の前で立ち止まり、名残惜しそうに手に口付けをする。それだけで、私はまたぼっと赤くなる。
「おやすみ、アン」
甘い甘いその声を聞くのが嬉しいと思ってしまう。
「本当は、君と一緒に眠りたいよ」
そんなことをしたら、私は発火して燃えてしまうかもしれない。それくらい、ジョーに焦がされているのだ。
読んでくださってありがとうございます。