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転移者の教え子  作者: 塩バター
第一章
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第9話 光の導き

 時刻は二十三時五十五分、作戦開始まで五分を切った。


 俺は本部の屋上から敵の拠点を眺めていた。日によって変えているとのことだが、今は廃墟になった工場を根城にしているみたいだ。


 これから襲撃する場所を見つめながら、俺は家でお留守番をしている生徒のことを考えていた。大人としてやるべきことをやらないといけないのに、心に迷いが生じているのは、彼女の目が純粋でしたたかだったからだ。


 自分の本当の目的を忘れないためにも、目の前のことに集中すべきだ。緊張感のない仕事仲間がいよいよだなと話しかけてきた。


「今日は本気出してくれるんだろ?」


 俺は切り札の南京錠を胸ポケットから取り出した。魔力の消費が激しい上に使い勝手も悪いからこの手はあまり使わないようにしているだけで、手を抜いているわけではないのだが。


「それが空間を切り裂くって例の? 南京錠を使って強化すれば出口を自由に設定できるんだっけ? 攻撃にも守りにも使えるとか無敵じゃん」


「まあ、使いようによってだな。作戦はシンプル、まずはテレポートで敵の拠点まで飛ぶ。先手を取られまいと向こうから必ず仕掛けてくるから、入り口を俺たちの前方に、出口を敵の背後に設定して、敵の攻撃をそっくりそのまま返す。後はお前の仕事だ」


「鍵の回収役として俺も付いて来たけど、ぶっちゃけいらなかったんじゃないの? 後始末は近くに待機させている機動隊で十分だろ? それとも、手柄は俺につけてくれんの?」


「失敗したときに責任を取る人間が必要だろ?」


 中間管理職はつらいなと武市は笑った。


 近くに待機させている機動隊に合図を出し、男同士手を繋いで敵の拠点まで飛んだ。作戦通り南京錠で空間を切り裂いて敵の初手を封じる。出口の存在を知らないテロリストどもは多種多様な属性魔法を食らってしまうことに。


 相手に致命傷を与えることに成功し、勝利を確信する俺だったが、闇に乗じるテロリストを照らす一筋の光、魔力を封じる光の弾丸が俺目がけて飛んできた。


 空間魔法の制御でいっぱいいっぱいだった俺は死角をついたその攻撃をかわすことが出来ず、無防備な背中を撃ち抜かれてしまった。物理攻撃ではないので痛みなどはまったくないが、魔力封じの力で南京錠にロックがかかり、追い詰めていたテロリストどもに隙を与え、まんまと異世界に逃げられてしまった。


 場が落ち着いてきたところで、武市が大丈夫かと心配して駆けつけてくれた。


「少しの間、魔法が使えなくなっただけで、外傷はないよ。それより、撃ったやつ見たか?」


「それが、一瞬だったから……」


 向かいにある団地の屋上から撃ったようだが、深夜ということもあって顔は見られなかったようだ。誰の仕業か知っているだけに肝を冷やしたが、とりあえず一安心。


「俺たちを誘い込む罠だったのかな?」


 俺は口を滑らなせいように注意しつつ、白々しく彼の問いに答えた。


「だったら、逃げないでしょ。一目散に逃げたのはこのままでは勝ち目がないと悟ったからだよ。犯人はまた別にいると思うけどな。誰かそういうやつに心当たりないの?」


「こっちに潜り込んでいるってことは、鍵と南京錠を所持しているってことだけど、だとしたらレーダーに反応があるはずだから、考えたくはないけど、真綾ちゃんが一枚かんでいる可能性が高い気がするな」


 なかなか良い読みをしてやがる。


 この場を丸く収めるためにも、肯定も否定もせずにとりあえず頷いておく。これから大変なのは彼も同じで、上になんて報告すればと頭を抱えていた。


「お前はどうするよ? 妨害してきたやつを追うか? 手がかりが少ないから、見つけられるかどうかも微妙なところだけど」


「魔法が解けたら俺は向こうに戻るよ。被害がなかったからと言ってテロリストを野放しには出来ないし、奴らを探れば、真綾の情報も掴めるかもしれないしな」


 少しわざとらしかったかもしれないが、今はこうしている時間も惜しかった。一刻も早く帰ってあの子の無事を確認しなくては。


 いなかったらどうしようと不安だったが、誰にも見つからずに帰れたようで、前回同様、新婚夫婦のように玄関まで出迎えてくれた。とはいえ、甘々な雰囲気は一切なく、モモの第一声はごめんなさいだった。


「先生、私、やっぱり……」


「とりあえず、無事でよかった。君がした選択にまでどうこう言うつもりはないよ。ただ、君の存在を知られたからには長居は無用。悪いけど、修学旅行感覚の不法侵入はここまでにして、君のいるべき世界に帰るよ」


 はいと今回は素直に聞き入れてくれた。


 すぐにでも彼女を連れて異世界に戻りたかったが、魔法の効果がまだ続いているのか、南京錠は開いてくれず、代わりに玄関の扉が開いた。オッドアイの異世界人が本部の精鋭を引き連れ、玄関先に立っていた。


「まさか、君に裏切られるとはね……」


 つけられていたとしか考えられない迅速さ。


「何時から僕を怪しんでいたんですか?」


「昼頃、例のぺスカ人と接触しただろ? その時に今日の打ち合わせを済ませたんだろうが、鍵は家においていくべきだったな」


 あの時かと俺は舌打ちをした。しかし、それならなぜ作戦を立て直さなかったのか。わざわざ泳がせた意味はいったい。


「あの時点では確証がなかったし、もし裏切ったとなると、君が組む相手は一人しかいない。小物を餌に大物を狩る、どうやら、私のその判断は間違っていなかったようだ」


 クリストファーはモモを見てニヤリと笑った。勇者様の従者だったのなら母親のことも知っているはず、彼女の顔から両親の面影を感じるのはわけないだろう。


「君に一度だけチャンスをやろう。大人しくそっちの子を引き渡せば今日のことは水に流して、これまで以上に君を支援すると約束しよう。こちらとしても君ほどの逸材を失いたくないんでね」    


「先生……」


 全てを悟ったような目でモモは俺を見てきた。こうなったのは全て自分の責任だからと、すでに自分の運命を受け入れているようだった。


 彼女は今までもそうやって生きてきたのだろう。自分に自信がないからそういう態度を取っているのかと思っていたが、そうじゃない。彼女は何もかも諦めてしまっているのだ。生きる目的を見つけられないまま今日まで生きてきた。


 父親が生まれたこの世界に来れば何か変わるかもと微かな希望を抱いていたようだが、結局その何かは見つからなかったようだ。


 気付けば俺は彼女を守るように自分の背中に隠していた。


「それは出来ない相談ですね。曲がりなりにも、俺は今この子を守る立場にあるんで。まだ先生らしいこと一つもしてあげられてないけど、俺は彼女には真っ当な人生を歩んでほしいと思ってます。この子はまた子どもで、自分の価値を分かっていないみたいだけど、この子の帰りを待つ友人を俺は知っているし、俺自身、この子は特別な子だと思ってます。魔法の才能はもちろん、他人を思いやる心を持っている。過去に囚われている俺と違って、将来、多くの人から頼られる存在になるでしょう。そんな輝かしい未来を奪うことは俺には出来ません。そういう教師にはなりたくないんでね」


「残念だ、残念だよ、楠くん」


 そう言ってクリストファーは南京錠を開けた。


 君だけでも逃げるんだと彼女に指示を与えた。


 魔法が使えない俺に出来ることはただ一つ、彼女が鍵を開けるまでのわずかな時間を稼ぐこと。異世界人に人生を奪われた俺が、異世界人を救うために自らを盾にするとは。お似合いな最後と言えるのかもしれない。


 しかし、数奇な俺の人生は意外な結末を迎えた。守るべき対象の生徒に、命を救われたのだ。


 上限に達しき者にだけ与えられる特別な力、彼女は鍵を使わずにして扉を開けてみせた。勇者様の場合はがけ崩れがトリガーだったが、今回は家のことなどお構いなしに放ったクリストファーの雷撃がトリガーになったらしい。


 先生と叫ぶ生徒の救いの手を掴むと、視界が歪み、モモと一緒に異世界に引きずり込まれた。飛ばされた先は真綾のいる職員室だった。上手く着地出来ず尻もちをつく俺たちを見た真綾の第一声は、おみあげ買ってきてくれただった。

 

 こっちは死ぬ思いで帰ってきたというのに――。相変わらず、呑気なやつだ。

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