第8話 オッドアイの異世界人
普段は入れない本部の会議室に行くと、お偉いさん方がずらりと顔を並べていた。コの字の形にテーブルと椅子が配置されてあり、薄暗さもあって重々しい空気が流れていた。
普段好き勝手やらせてもらっているので、誰が誰だかはっきり思い出せないが、二人の面影がある生田総司は一目で分かった。亡くなった娘さんとお付き合いさせてもらっていた身としては、こうした再会は望んでいないのだけど。
研究所が本部の隣にあるとはいえ、開発側の人間がこっちに顔を出すのは珍しいので、もう一人の娘である真綾が裏で糸を引いている可能性も考慮しているのかもしれない。どちらにしろ、その判断を下すのはこの人ではなく、目の色が左右で異なるオッドアイの異世界人だ。
かつての勇者様の仲間でラビ族の長だった人物、勇者様が行方不明になった後は彼が魔法の扱い方を伝授し、現場を取り仕切っている。勇者様に招待され、こっちに寝返った裏切り者だが、真綾と違うのは信頼を得ているところだ。
名前はクリストファー・ラビ、俺自身この人に魔術の手ほどきをしてもらったし、科学文化に対する適応力も高く尊敬していたのだけど、モモの話を聞いた後だと怪しく見えてしまう。とはいえ、今は彼の指示に従うしかない。
「君の見立てはどうだい? 楠くん」
渡してくれた資料には侵入者の細かな情報が載っていた。
その中にはモモのいとこのぺスカ人もいたが、他は全員東の国の生まれのようだ。
被害に遭った運び屋からの情報が大部分で、この資料だけでは何とも言えないが、主犯と見られる男は見覚えがあった。ダナモ族始まって以来の天才と言われる人物で、四つの国の中で力が劣る現状をどうにかしようと、同志を募って精力的に活動していると聞く。
とはいえ、侵入してきたのは少数精鋭の八人、ミーアのような化け物がいれば話は別だが、この資料を見る限りほとんどがDランク、ローザと言う少年が警戒を促していたとしても、情報戦で優っている限りうちの優位は変わらない。問題は南京錠を開けられるかどうかだが。
「総司さん、あなたの娘さんが関わっている可能性は?」
お偉いさん方の追及が始まった。
「盗まれた鍵は故障している可能性が高い。連中、他の南京錠も試したんでしょうな。開け方も分からず無理やりこじ開けたものだから、時々GPSの信号が失われる。敵がこちらの戦い方を身につけているとは考えにくいですな。当然うちの娘が裏で糸を引いている可能性も。ただし、あれはもう立派な犯罪者。目の前に立ちふさがるのであれば遠慮はいらない。始末してもらってかまわないよ」
結菜から父は厳格な人間だと聞いていたが、少々無責任とも思えるこの発言に、我が子に対する失望と強い怒りが込められていた。そして、それは俺自身にも向けられているように思えた。
娘を守ることの出来なかった男、この評価を俺は永遠に覆すことはできないだろう。真綾と手を組んだと知ったらこの人はどう思うのだろう。
まあまあ、とここでは俺の次に下っ端の武市が場を落ち着かせる。
「可能性ばかり論じてもしょうがないでしょう。今は最悪のケースを考えて行動すべきですよ。一般人に被害が出て異世界人の侵入を許したと知られれば我々の信用はガタ落ち。その前に手を打つべきという話でしょ? 被害を出さずに敵を捕らえたいのなら彼の空間魔法は必要不可欠、ここは彼に任せましょうや」
クリストファーから意見を求められ、何を血迷ったのか俺は話し合いで解決する方法はないかと提案した。ざわつく会議室、変な疑いをかけられないように俺は慌てて弁明した。
「いや、敵の目的が分からないままだから……」
「そんなのは捕まえてみれば分かるだろう。君は侵入者を逃さないことだけ考えていればいい。出来れば全員捕まえてほしいが、このぺスカ人は何としてでも捕えたいな。光魔法があれば、研究の幅がさらに広がるし、一護さんの居場所も突き止められるかもしれない」
勇者様の従者だったこの人が消息を何も知らされてないなんてことがはたしてあるのだろうか。敵か味方かまだ何とも言えないけど、この人たちにモモのことを知られてはいけないことは確かだ。
誰を信じればいいのか分からなくなってきたが、守るべき対象を間違えてはならない。
*
「見て見て、先輩。耳の尖った人がいる。あれってエルフかな?」
「その割には老いて見えるし、不老不死とか、空想と現実を混合するのは良くないんじゃないの? ここは生きた世界なんだから」
あれなんだろうと結菜は彼氏の忠告を無視し、ほうきに乗り魔法で空に花火を打ち上げる怪しげな集団を見に行った。
異世界にきた最初の感想は不気味だった。
剣を持っている人間が町中を歩き、街の外に出れば獰猛なモンスターが徘徊していた。ここは死と隣り合わせの世界だと実感した。
この頃からパスポートなどの法の手続きはなく、向こうで何があっても国は一切責任をとらないという旨の同意書を書かされたりと、本当に国が管理しているのかと思うほど、グダグダの状態で今日という日を迎えた。外交の要である勇者様が行方知れずとなってから雲行きが怪しい。
初めて訪れた街は東の国の大都市イザベル、誰でも自由に売買できるフリーマーケット形式で、獣人から小人まで様々な種族が出店し、各地の情報も集まりやすいので、旅の準備をするのにもってこいの異世界の中心地だ。
現実世界の評判を落とさないためにも、興奮気味の彼女を俺がコントロールしなくては。好奇の目に晒されるのは仕方ないとしても、こそこそ陰口を叩かれているのが気になる。こちとらウィンドウショッピングを楽しんでいるだけなのに。
「考えすぎだって。軍艦率いてやってきたペリーじゃあるまいしさ。勇者様と生まれが同じってだけで好感度増し増しだよ」
だといいんだけど……。
「勇者様とは連絡取れないの?」
「そんな友達のような関係じゃないよ。私はただ勇者様直々に指導してもらったってだけで。心配ならあの人に聞けばいいんじゃない? オッドアイの異世界人に。先輩はあの人に魔法の手ほどきをしてもらったんだよね?」
「お前以外はみんなあの人が師匠だよ」
「ねえ、前から疑問に思ってたことなんだけど、あの人ってどうやってこっちに来たんだろう。組織が出来る前からいたって話だけど、上限に達しき者は私と勇者様だけのはずなのに」
「勇者様が連れてきたんじゃなかったかな? 上限に達しき者の開けた扉は特別で、身体の一部が触れていれば魔法を共有できるみたいだよ。まあ、あれは魔法というより、上限に達しき者にだけ与えられる特別な力みたいだから、なんなら、魔力のない人間も連れていけるらしい」
「えー、じゃあ、なんでそうしないんだろ。魔力のない人間を異世界に転移させるのが第一目標でしょ? 今は勇者様がいないからあれだけど」
「親しい人間同士じゃないとできないんだよ。俺のテレポートなんかもそうだけど、魔法を共有、あるいは合成する場合、その相手との信頼関係がなければ失敗する場合がある。空間魔法で一緒にテレポートするつもりが、腕だけ連れてくることになるとか、そういう恐ろしい事故になる可能性も少なくないんだと。今のところ魔力のない人間が異世界に行っても出来ることはほとんどないしね」
「要するに、私と先輩はラブラブだから問題ないってことですね」
弾けるような笑顔で結菜はそう言った。
「いずれ私も出来るようになるのかな。お父さんにこの景色を見せてあげることも」
彼女が家族の名前を出すのは珍しいので、どこか願望のようなものも入っているのかもしれない。
自分には誇れるものが何もないと決めつけ、出来た姉を持つ不良品の妹と卑下しておきながら、真綾の名前が出ると途端に不機嫌になる。
ここでは姉よりも自分のほうが優秀で、ここでなら自分を自分としてみてくれるのではないか。彼女にとってこの世界は希望なのだと、見返してやるという強い意志を感じた。
必死にもがく彼女を応援してあげるべきなのか、君は君じゃないかと励ましてあげるべきなのか、結局答えは見つからなかった。