第7話 生い立ち
「先生、私、出歩いて大丈夫なんでしょうか?」
後ろを歩くモモが不安そうに尋ねてきた。
「本部の連中はGPSの信号を頼りに動いているから、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。今は余計なことは考えずこっちの世界を楽しむんだね。それより、行きたい場所はここで良かったの?」
彼女にお願いされて来たのは勇者様の記念館だった。異世界に行くまでの残念な人生、異世界に行ってからの輝かしい人生。勇者様の生い立ちや冒険譚が中心であり、魔法についての記述は触れる程度で、興味のない俺からすると退屈な時間だった。
同じ上限に達しき者として興味があるのか、モモは勇者様が冒険で使用した展示物を見るだけに留まらず、解説も端から端までじっくり読んで、彼の顔写真の前で足を止めた。
「勇者様の顔を見るのは初めて?」
「はい」
物悲しげな目をしながら彼女は言った。
「こうして写真を見ると身近に感じますね。本当はもっと遠い存在なんだろうけど……。先生の恋人だった方も同じ力を持ってたんですよね?」
「あいつの場合、上限に達する前に亡くなったけどね。君はきっとなくてはならない存在になるよ。同じ学び舎で学ぶクラスメイトたちにとって」
「……」
この子は誰かの役に立ちたいという気持ちよりも、迷惑をかけたくないという気持ちのほうが強いようだ。これだけの能力を持っているにも関わらず、自分に自信がないのは、結菜のように存在を否定されて生きてきたから。
この子に結菜の面影を感じるのはきっとそのせいだ。
「今度は先生の行きたいところに行ってみたいです。何か思い出の場所でもあれば」
「じゃあ、俺と真綾が通った学校に行ってみる? さすがに中には入れないけど、着く頃には外も賑やかになっているかもしれない」
こっちの文化に興味津々のモモは一度でいいから飛行機に乗ってみたかったようだが、残念ながら俺と真綾が通っていた高校は近所にあり、公共交通機関を利用するまでもないので、軽く観光案内しながら徒歩で移動する。
グラウンドで声を出す野球部を見てモモは、私もあれやってみたいですと言った。
「部活? 先生は何かやってなかったんですか?」
「俺は小中高とサッカーをやってたな。ボールを蹴って遊ぶスポーツだね。なんなら、身体を動かす体育も授業に取り入れてみる。ミーアや双子あたりが喜びそうだし」
魔法が生活の一部になっている異世界人にとっては、良い勉強になるかもしれない。
「真綾ちゃんも何かやってたんですかね?」
「あいつはゴリゴリのインドア派だから、魔力を使って運動能力を高めなければ、クスクス笑われてしまうくらいの運動音痴だよ」
俄然やりたくなってきましたと、大人をからかって悦に入るモモだったが、彼女が笑っていられるのもこの時までだった。修学旅行感覚で楽しむ俺たちに忍び寄る怪しい影、その正体をモモは知っているようで――、
「ローザくん、どうしてここに?」
「こいつが生田って科学者か?」
歳はモモと変わらないくらい、フードをかぶっていて顔はよく見えにくいが、耳が長く尖っていて地球人のそれじゃない。これはぺスカ人に見られる特徴の一つ。エルフのように美男美女が多いかは知らないが、吸い込まれそうな翠玉色の瞳を持った透明感のあるイケメンだった。
モモはぺスカ人が得意とする光魔法が使えるけど、これらの特徴は見られないので、特異体質なだけかと思っていたが、彼女があまり自分のことを話したがらないのは、おそらくこの辺りに理由があるのだろう。
真綾は女性の科学者だよと誤解を解くも、彼は俺の存在を無視して続けた。
「お前を捨てた父親に会いに来たのか?」
「私はただ自分がどうあるべきか知りたくて……。それに、私は一度もあの人を父親と思ったことはないよ、今も、これからも――」
聞いてはいけないことを聞いてしまっている気がする。
薄々そんな気はしていたけど、隠していたということは知られたくなかったということ。いずれ彼女のほうから話してくれると信じ、今は目の前の問題から解決することにした。
「君は、どうやってこの子の場所を?」
彼が危惧していた光魔法の使い手なのは間違いないけど。
「上限に達しき者の魔力は一定じゃなく、上がったり下がったり不規則な振れ幅がある。俺はそれを確かめに来ただけだ。敵地に乗り込むには探知が必要不可欠と、金で雇われたから協力しているだけで、俺にとってはこっちのほうが重大だったからな。あの悪魔と同じ力持つ人間が他にいるなら、早い内に対処しなければならない」
作戦とは関係ない単独行動だとのことだが、本当か嘘か分からないので警戒を怠らず、仲間が潜んでいないか周囲を見渡す俺に対し、モモは自分ではなく彼の身を案じていた。バカな真似やめて向こうに帰るべきだと。
「随分偉そうな口を利くようになったんだな。何時もピーピー泣いてたいじめられっ子が。裏切り者の言葉に耳を貸すと思っているのか? そちら側につくってことは、お前に流れる血はあの男と同じ悪魔の血だったってことだ」
彼女の救いの手を払いのけた彼は、最後にそんな嫌味を言い残して去って行った。呆然と立ち尽くす俺にすみませんと彼女が謝ってきた。
「せっかくのデートだったのに……」
デートのつもりはなかったけど、予定を変更して一度家に帰ることにした。聞かなかったことにするには無理があるし、彼女としても話したほうがいっそすっきりするだろう。
とはいえ、いきなり勇者様との関係は訊きづらいので、フードの男の子とはどういう繋がりで、なぜあんなに敵意を持っていたのか訊いてみた。
「ぺスカ族の王位継承者で私のいとこにあたる人物です」
「にしては、やけに攻撃的だったけど……」
あれだけのことを言われたのに彼女は怒るわけでもなく、すぐさま彼のフォローに回る。
「それにはそれ相応の理由があるんです。私の父、桜井一護がこっちの世界に来て初めて会った人間が彼の父親だったそうです。ぺスカのものは女神の血を引く一族と言われていて、他種族との交配が許されないほど高貴な存在だったりします。
封印術を得意とする光属性の魔法が使え、特別な力に目覚める者も少なくありません。過去に未来を予知できる上限の魔法使いがいて。彼女の予言は後世まで語り継がれていき、この者が勇者様に違いないと確信した彼の父は、邪龍の復活で危機に瀕していたこの世界を救ってもらおうと自国へ招き入れました。
結果的に予言は正しかったんですけど、父は初めよその国の問題に協力する義理はないとあまり乗る気ではなかったそうなんです。なかなか首を縦に振らなかった父でしたが、どうしてもというならとある条件を提示しました。
それはこの国で一番美しい女性を嫁にもらいたいというものでした。選ばれた私の母は王家の血を引くお姫様で民から愛されてましたし、異類婚は認められないという古い習わしもあり、反発が強かったみたいですが、平和のためならと、母はその条件をのみました」
世間が抱く勇者のイメージとはかけ離れていたのだろうが、それで嫌われるのはあんまりな気がする。好感度を重視する芸能人じゃあるまいし。
「不信感を抱くようになったのはこの時でしょうね。けど、約束自体は果たしましたし、彼女が納得しているのであればと、周りはそれ以上口を挟むことはなかったそうです。雲行きが怪しくなったのは母が亡くなってから。それも出産が原因で亡くなったので、結婚を強要した父は非難され、追放されることに。
自分の立場が危うくなるのを感じた父は、蘇生魔法で母を生き返らせようと試みました。しかし、上限に達した父の力を持ってしても不可能を可能にすることは出来ず、精神的に追い込まれていった父は孤児を使って人体実験を行い、そこで多くの犠牲を出したと言います。
魔法に限界を感じたのか、事が大きくなる前に父は私を捨てて元の世界に帰りました。
関係ない人間はおもちゃのように扱われ、同じ血が流れた私には手を出さなかった。残された私に矛先が向くのは当然なのかもしれません」
こっちでは英雄と讃えられている勇者様だが、異世界人からは悪魔と罵られているようだ。勇者様がした人体実験に関しては極秘扱いで、一部の人間しか知らないとのことだが、正直なところ異世界に来た当初からあまり良い評判を聞いたことなかったので驚きはなかった。
どちらかと言うと、勇者様があっちで子どもを作っていたということのほうが衝撃だ。本部の人間はこのことを知っているのだろうか。
武市から召集の電話がかかってきたのはそのすぐ後のことだった。俺にとってはこっちの問題のほうが重要だが、仕事は仕事、よっこらせと俺は重い腰を上げた。
「先生、彼らを救う手段はないのでしょうか?」
「作戦は俺を中心に少人数で行われるから、逃がすだけなら難しくないかもしれないけど、俺にも立場ってものがあるからね」
「バレないように私が協力すればどうです?」
彼女の作戦はこういうものだった。
俺たちが制圧したタイミングで遠距離から魔法を放ち、場を乱れさせ、逃げる時間を作ってあげるというものだった。
「これなら、先生は怪しまれずに――」
ごめんだねと俺は一切の協力を断った。
「自業自得なテロリストのためになんで俺が。君は父親のしたことに負い目を感じているようだけど、父親は父親だし、君は君だ。いじめていい理由にはならないね。俺は結菜の件で君たちに少なからず恨みを持っているけど、全員が全員そうだとは思わないし、助けられる命を見捨てるような真似はしないよ。とはいえ、人の善意はタダではない。自分の立場を危うくしてまで彼らを救う理由はないね」
「人助けとは、自分にないものを補うためのもの。別に私は善意で言ったわけではありません。私はただ、自分の知っている人間が明日この世界から突然いなくなるのが嫌なだけです。それが自分のせいじゃなかったとしても、自分に関わった人間が不幸になる姿は見たくない。それが私の今の正直な気持ちです」
正論を言ったのは俺なのに負けた気がするのは、この子が優しい子だと知ってしまったからだろう。