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転移者の教え子  作者: 塩バター
第五章
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第43話 盗み聞き

 この家にはベッドが一つしかないので、必然的に俺がソファーで眠ることになる。運び屋として働いている時はほぼ野宿だったので、どこでも寝られる自信があったのだが、考えが巡ってなかなか眠りにつけなかった。


 浮かんでくるのは生気を失ったモモの顔だった。真綾と行動を共にするということは、死んだ彼女に対しての裏切りのような気がして、このまま流されてはいけない気がした。


 俺はこれからどうすればいいのだろう。そんなことを考えている内に夜が明け、仕事を終えた武市が帰ってきた。一睡も出来なかった俺は身体を起こして玄関先まで出迎えに行く。


「お前、目が充血しているけど。まさか夜通しで俺の帰りを待っていたんじゃ……?」


「変な想像をしてドン引きしてんじゃねえよ。ただ、眠れなかっただけだ……」


 朝から大きな声で会話をしていたせいか、寝室で寝ている真綾を起こしてしまったようだ。ぼさぼさの髪で欠伸をしながら近づいてきた。


「結局眠れなかったの、瑞希くん? だから、同じベッドで寝ようって言ったのに、襲われても私は泣け叫んだりしないんだけどな」


「んなわけにいくかよ……」


 真綾は全てを打ち明けてすっきりしたようだが、一夜明けても俺はもやもやを抱えたままだった。冗談に対して冗談で返すことが出来ない。


「私と武市くんで情報を整理するから、瑞希くんはその間ベッドで一眠りしてきたら」


「別に今すぐ行動を起こすわけじゃないしな。そうしたどうだ?」


「お前のほうこそ疲れているんじゃないか?」


「俺は会議中に寝てたから元気いっぱいだよ」


「誇って言うことではない気がするけど……。じゃあ、そうさせてもらおうかな」


 お言葉に甘えさせてもらうふりをして、俺は寝室に入ると空間魔法を使って移動し、彼らの会話が聞こえる位置まで近づいた。かくれんぼだったらすぐに見つかりそうなペニンシュラ型のキッチンの隙間にしゃがんで隠れ、二人の会話が始まるのを待った。


「それで、探し物は見つかったの?」


「ええ。あなたの言う通りの場所に、あなたの言う通りのものがあったよ。しかし、どうやってあの場所が分かったわけ? クリストファーですら見つけられなかったのに」


「私が見つけたんじゃないわ。あの子よ」


 あの子がと武市は納得した様子だった。


「ここにも賢者の遺跡あったとはね……。上限に達したカトリーヌ・ぺスカは異界の扉を開けて現実世界に行ったと言われているが、魔法が使えることを周りに隠して生きていたのか、それらしい文献は一切残ってない。そこにはいったい何が隠されているのか――。 まさか、五人目に関する予言とか?」


「うーん……、それもあるかもしれないけど、私は、カトリーヌ・ぺスカの肉体の記憶が眠っているんじゃないかと考えているわ。おそらく、クリストファーの狙いもそこにある」


 賢者の遺跡がここにもある。そして、そこにカトリーヌ・ぺスカの肉体の記憶が隠されている。盗み聞きをしたのは良いものの、情報量が多くて整理できない。


 ロイドが注意を促していたように、やはり武市は真綾と繋がっていたようだが、計画の全てを知らされているわけではないようだ。


「じゃあ、クリストファーがここにいるのも、それを手に入れるためだったってこと?」


「表向きは勇者様の懐刀を装っているけど、クリストファーは勇者様派ではなく妹の派閥なんじゃないかって私は思っているわ。いや、忠誠を誓っているのはヒースとかいうラビ人かな。彼が力を取り戻すために、カトリーヌ・ぺスカの肉体の記憶が必要なんでしょうね」


「総士さんは結菜ちゃんが生きていることを知り、彼らの味方になったというわけだね?」


「うーん……、そこは難しいポイントね。妹が父に頼るとはどうしても思えないのよね。もしかしたら、これはクリストファーの独断で、妹は知らされてないのかもしれないわね」


「となると、総士さんは操られている可能性があるね。――未来ちゃんの服従魔法をコピーして。用済みとなったらいつでも消せるように」


「それは是が非でも避けなければならないわね」


「総士さんをここで始末するつもりが、こちらから手出し出来なくなっちゃたからね。俺にはもう何が何だか分からないけど、どうせあなたの思い通りに事が運んでいるんだろうね」


 そうでもないわ、と真綾は否定した。


「科学で証明できない力は魔法だけではないわ。この世の中には運命という不確かな力が作用する。予知の魔法で先を見通したところで、変えられない未来は変えられないし、過ちの歴史は幾度となく繰り返すもの」


「その割には余裕があるように見えるけど?」


「私のやるべきことは変わらないからね。私はあの子たちと一緒に遺跡を調べてくるから、あなたは瑞希くんと研究所に忍び込み、敵の注意を引き付けてくれると助かるわ。父を殺すわけにはいかなくなったから、出来ればここでクリストファーを始末しておきたいけど」


「あいつに人が殺せるかなー……」


「あら、そのためにあなたがいるんじゃない。私を含め、問題児をフォローするのがあなたの得意分野でしょ? 期待しているわ」


「あいつにはどう説明する?」


「今伝えたことをありのまま伝えてくれていいわ。もう隠す必要もなくなっちゃったしね。ただし、あの子に関することは駄目よ。未来がぐちゃぐちゃになる可能性があるから」


 分かったことが一つだけある。


 真綾は目的のためなら手段を選ばず、モモが死んだことも何とも思っていない。


 俺と一つになりたいと言っていたが、それが直接的な意味だろうとなかろうと、俺はその気持ちに応えることは出来ない。真綾が何をしても俺は何か裏があるのではと疑ってしまうし、モモの顔がチラついてしまう。


 真綾との関係を断ち切ってゼロから再出発しないと、これからも良いように利用されるだけだ。生徒にとってあそこは居場所かもしれないが、学校に帰ったら本当のことを話して、どうするか本人たちに決めてもらおう。どのような人生を歩むかは本人の選択次第だ。

 


 計画の実行は夜が更けてからとのことなので、盗み聞きした後は作戦が開始される時間ギリギリまでベッドで眠らせてもらうことにした。その間どういうやり取りがあったのか分からないが、起きたら真綾がいなくなっていた。


 真綾は賢者の遺跡の調査に行ったとのことなので、俺は武市と二人でどうやって研究所に忍び込むか作戦を練ることになった。しかし、俺にはその前にどうしても確認しておきたいことがあった。


「あの子って誰だよ?」


「盗み聞きしてたのか? そんなことしなくても、お前にも後でちゃんと説明するつもりだったのに」


「この期に及んでもまだ隠し事をしているのにか?」


「別に、隠しているわけじゃないんだって。ただ、お前に言うとただでさえ良くない状況がさらに悪くなる可能性があるんだ。ぶっちゃけ俺もまだ混乱しているんだよ。真綾ちゃんから聞いてた話と全然違うんでね。それより、とっとと作戦を立てちまおうぜ」


「研究所に忍び込むって言ったって、厳重なセキュリティをどうやって突破するんだよ。空間属性だからって何でもできると思うなよ。ああ見えて条件が揃わないと力を発揮できないタイプの魔法なんだぞ」


「本部の隣にある非科学研究所は俺たち運び屋でも中に入れないくらいセキュリティが厳重なわけだが、俺たちが忍び込むのは使われなくなった第二研究所のほうだから、お前の言う制限に引っかかることもないだろ」


「使われなくなった研究所に何があるんだよ? 組織ぐるみの犯行じゃないって言ってたけど、そこで人体実験が行われているのか?」


「真綾ちゃんはそう考えてるみたいだな。組織の存在が公になる前に使われていた研究所の一つで、そこの研究員だった真綾ちゃんが言うには、総司さんの研究室は三階にあるとのことだ。お前の仕事はそこに忍び込んで、研究所にあるPCにこれを差し込むことだ」


「これは?」


「ハッキング用のUsbドライブだよ。ハッキングは俺が遠隔でやるが、時間がかかる上に気づかれる可能性が高い。お前は陽動役でもあるからそこはある程度覚悟してもらうことになる」


「損な役回りは慣れているよ。ただ、俺は度胸があるタイプじゃないから、人殺しになる覚悟があるかと訊かれてると正直自信ないな」


「ここでクリストファーを始末しておきたいってのは俺たちの勝手な願望だから、そこはお前の判断に任せるって真綾ちゃんは言ってたぞ。盗み聞きしてたのならもう分かってると思うけど、総司さんを殺るのはNGだからな。まあ、魔力を持たないあの人が戦いの場に赴くとは思えないから、釘を刺す必要もないだろうが」


「そう……」


「理由を訊いておかないのか?」


「あの家族には踏み込まないって俺は心に誓ったんだ」


 懸命だな、と武市は苦笑した。

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