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転移者の教え子  作者: 塩バター
第五章
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第42話 決定的な違い

 また良からぬことを企んでいるのだろうが、生徒を連れて行くつもりはないようなので、最後にもう一度だけ彼女を信じてみることにした。あなたの手を煩わせることはないと口では言うも、わざわざ俺を連れて行くということは、俺の力が必要になる時が来るはずだ。


 放課後のホームルームで生徒に現実世界に帰るからしばらく学校を休むことを伝える。その間どう過ごすかは本人たちに任せることにした。宿題さえなければ誰も文句はないだろうと踏んでいたが、ミーアは不満たらたらの様子だった。


「また、私たちだけお留守番っすか……」


 先生の嘘つきとミーアは頬を膨らませた。「今度、向こうの世界に行く時は私も連れて行くって約束したじゃないっすか」


 そんな約束した覚えないけど。


「別に、遊びに行くわけじゃないんだぞ。モモと二人で行った時は追われている身じゃなかったから観光案内もそこそこ出来たけど、あの時と今じゃ状況が百八十度違うからなー。ついてきたところで外には出られないぞ」


「先生たちも追われている身なんでしょ? だったら、私たちと同じ条件じゃないっすか」


 こいつ痛いところをついてきやがる。


 どうやって納得させるか考えていると、突如として現れた真綾がまるで聞き耳を立てていたかのように会話に割り込んできた。


「大人のデートに子どもは連れていけないの。今回は諦めてお留守番していなさい」


「やっぱり遊びに行くんじゃないっすか……」


 納得していないのはミーアだけかと思ったが、真綾の冗談を真に受けてしまったのか、アクアが本当なんですかと詰め寄ってきた。


 余計に混乱させただけのような気がするが、本当のことを言うわけにもいかないので、ひとまずそれで納得してもらうことにした。


 前回買えなかったおみあげを買って帰れば、怒っていたことなど忘れるだろう。そんな余裕があるかは分からないけど。


 行った後のことは行った後考えるとして、現実世界に行く前にやるべきことをやっておこう。


「ロイド、留守中のことを任せたいから、後で俺の部屋まで来てくれないか?」


「はあ……」


 乾いたような声でロイドは返事をした。


 俺よりも他に適任がいるだろと、ロイドは心の中で思っているみたいだったが、貴重な休み時間を割いて俺の部屋まで来てもらった。


 悪いな、と俺は初めに謝罪した。


「留守中のことを任せたいってのは口実なんだ。お前に来てもらったのは聞きたいことがあったからだ」


 俺は骨で出来た南京錠を胸ポケットから取り出し、これが何だか分かるかと訊いた。後ろめたいことでもあるのかロイドは視線を逸らした。


「何って……、見たら分かりますよね? 故障したのなら真綾さんに伝えておきますけど」


 本当にそうかと俺は強気な態度で詰め寄る。肯定も否定もしなかったサトミと違って、ロイドは真綾に忠誠を誓っているわけではないのか、誤魔化しきれないと判断するや否や、これがモモの肉体の記憶であることを早々に認めた。


 他人の夢を覗いているかのような奇妙な体験、やはりあれは現実に起こったことだった。対のマナが共鳴したことで無意識に魔法を発動し、夢としてその時の映像が頭の中に流れてきたのだ。


 責めるような言い方にならないように気を付けつつ。


「君はこうなることを事前に知っていたのか?」


「モモが殺されたことについては、俺は何も聞かされちゃいませんよ。あの人は俺のことを使い勝手のいい助手としか思ってませんし、俺は俺であの人に対して研究者以上の感情は持ち合わせていません。それがサトミとの決定的な違いですかね」


「あいつは何のためにこれを作ったんだ?」


「それはあなたにしか分からないのでは?」


「どういう意味だ?」


「肉体の記憶は愛した人間にしか心を許さない。使えないものを作っても意味はないので、それは初めからあなたのために作られたものだ」


「勇者様に関係しているってことは?」


「自分を捨てた親に愛情を抱くとでも? 勇者様が危険人物なことに変わりありませんが、真綾さんの妹が使えなくなって、今は目的のために真綾さんにすがるしかない状況です。そういう人間を操るのは簡単なのでは?」


 勇者様の目的はテトラを生き返らせること。


 テトラはモモの母親ではあるが、真綾にとっては何の関わり合いもない人物なので、勇者様に協力するメリットが存在しない。結菜のように力を追い求めているわけでもないし、結菜を忠実な僕に出来なかったように、勇者様が真綾を操れるとは思えない。


 俺は真綾を特別な人間だと思っている。だからこそ、あいつを敵に回したくはないし、あいつのことを信じていたいと思っている。


 しかし、それは俺の理想を押し付けているに過ぎず、いい加減現実と向き合わなければならない。


「俺は、真綾さんの味方というわけでも、先生の味方というわけでもありませんけど、武市って男には気を付けたほうがいいですよ。あの人は男を誑し込むのが上手いですからね。あの男がどれほどの力を持っているのか知りませんが、現実世界の内情を知っている人間は、それだけで利用価値がありますからね」


 結菜のことも整理できたわけではないのに、真綾、武市、信じていた人間が次々と裏切る。騙されるほうも悪いと無慈悲な現実を受け入れるしかないが、汚い大人の世界に子どもたちを巻き込んでいるような気がして心苦しかった。



 転移した先は都内の高級マンションだった。武市とはそれなりに長い付き合いだが、プライベートで会うことはなかったので、こんな良いところに住んでいるとは知らなかった。


 三か月に一度しか帰らなかった俺と違い、武市は運び屋を統括する指揮官として異世界と現実世界を行ったり来たりしているので、こういう暮らしをしていても不思議ではないが、どこか遠い存在なっているような感覚を覚えた。


 今の生活に不満があるわけではないけど、あのまま運び屋として人生を全うしていたらどうなっていたのだろうと一瞬考えてしまった。


 武市には迷惑かけることになるが、事態が収拾するまではここに居候させてもらうことになる。珍しく真綾がやる気になっているので、おそらく未来が見えているのだろうけど、いつまでここにいることになるのやら。


 真綾は別に気にしないと言ってくれたが、こっちはこっちで彼女と同じ家で生活するのは窮屈というか妙な緊張感がある。


「本部に行って様子を探りに行ってくるよ。もしかしたら、今日はそのまま帰ってこないかもしれない」


 何かあるのかと俺は訊いた。こんなところまで来て裏切られるのはごめんだ。


「特別扱いされていたお前は知らないかもしれないが、結構ブラックなんだよあの会社は――。例の件で本部は今ごたついているからな」


「例の件ってのは人さらいのことか?」


「それは噂程度で知っている人間はごく一部だよ。ごたついているのはまた別の件だよ。とにかく、ここにお金を置いておくから、お腹が減ったら出前でも取って食べてくれよ」


 武市はお金を置いて出て行ってしまった。贅沢暮らしで金銭感覚が狂っているのか、テーブルの上には三万円が置いてあった。


「ということだけど、どうする?」


「出前だと限定されちゃうからな……。久しぶりに帰ってきたんだから好きなもの食べたいわね。瑞希くん、あそこ覚えている? 私たちが通ってきた大学の駅前にあったラーメン屋さん。あそこの豚骨ラーメンが食べたいなー。今からタクシー乗って行かない?」


 計画性があるんだかないんだか。頭は良いくせにこういうところ適当なんだよな。家に引きこもっているだけでも危ないっていうのに。


「ラーメンが食べたいなら、尚更出前でいいじゃん」


 ブーブーと真綾は子どものように駄々をこねる。


「私はあそこの豚骨ラーメンが食べたいの! この欲求は出前なんかじゃ満たされないわ。予知の魔法があるから最悪の事態にはならないって。たまには私のわがままに付き合ってよ」


「たまにはって……」


 彼女にはいつも振り回されてばかりで、いい加減飽き飽きしているところなんだけど。今回も彼女のわがままに付き合わされるはめになった。


 日本に帰って最初に食べる飯はラーメンと決めていたのか、真綾は替え玉を注文した。幸せそうな真綾を久しぶりに見た気がする。彼女のこういう顔を見れただけでもここに来たかいがあったのかもしれない。


 なかなか箸が進まない俺を見て真綾が。


「もしかして、口に合わなかった? おかしいな。ここ、瑞希くんに紹介してもらったはずなんだけど」


「俺はお前みたいに肝っ玉が据わってないから、周りが気になってラーメンに集中できないんだよ」


「もう、気にしなくていいって言ったでしょ。瑞希くんは心配性すぎるんだよな。なんなら、実家に帰ってご両親に挨拶しておく? 瑞希くんのこと心配しているんじゃないの?」


「帰って来れるのはこれで最後かもしれないし、空間魔法を使って置き手紙だけでもポストに入れておくつもりだけど、もう引き返せないところまで来てるからあの家に帰ることはないよ」


「ごめんね。私のせいで人生狂っちゃったわよね」


「別にお前のせいと思ったことは一度もないよ。むしろ、お前に助けられたという認識のほう強いけどな。結菜が死んでから俺は彼女の仇を取りたいと躍起になっていたけど、それは自分を守りたかっただけだったって今は思うよ。お前はどうか分からないけど、俺は大人と子どもの狭間のような感覚でいたから、教える立場になって見方が変わったような気がする」


「私も瑞希くんを誘って良かったと思ってるわ。一番嬉しかったのは、瑞希くんにとって私は必要な存在だと再認識できたことかな」


 どう返事をすべきか困っていると、真綾が注文した替え玉が届いた。箸で麺をスープに絡ませながら彼女が訊いてきた。


「あら、私がこういうこと言うの気持ち悪い?」


「気持ち悪いっていうか、不気味だな……。お前は何を考えているのか分からないからな。その印象は昔も今も変わっていない」


「私は十分分かりやすい性格だと思うけどな。ただ、瑞希くんが鈍感なだけじゃないの? 私の行動は常に瑞希くんを思っての行動だから」


 じゃあ、これもそうか――。と俺は胸ポケットからモモの肉体の記憶を取り出した。最後まで彼女のことを信じていたかったが、これ以上彼女に利用されるのはごめんだった。


 真綾は箸を置いてニカッと笑った。


「うーんと、それはどういう意味かしら?」


「俺はお前がサトミに命令して、モモを殺したんじゃないかって疑っている。俺の未来を見ることのできるお前ならそれくらいわけないだろ。なあ、この場ではっきりさせてくれよ。お前は味方なのか、それとも、敵なのか?」


「敵でも味方でもないと言ったら?」


「そんな曖昧な答えじゃ納得できないな。お前、前に俺の予知夢を見るって言ってたよな。俺も見たんだよ、お前が出てくる夢を」


 表情を崩さずに真綾は言った。


「ふーん、私が出てくる夢をね……。ついに瑞希くんもその段階に来たということかしら。それで、どの場面を見たのかな?」


「お前と勇者様が会っている場面だ。場所は科学実験室で、具体的な日にちについては分からないけど、俺たちが南の国に行っている時だ」


「なら、私に不信感を抱くのも当然ね。瑞希くんには黙っていたけれど、勇者様には私の研究の支援をしてもらっているのよ。時間魔法のおかげでどうにかなっているとはいえ、私一人じゃ限界があるからね」


「それはいつ頃からの話だ?」


「異世界に行く前かな。研究の支援してもらうようになったのはもうちょっと後だけど」


「じゃあ、結菜のことも知ってたんだな?」


「妹はどうだったかは知らないけどね。勇者様の目的はテトラ様を生き返らせること。上限に達しき者で錬金術が使える可能性があった妹の属性に注目していたようだけど、あの性格だから何時裏切られてもいいように、予備の計画も同時に動かしていたというわけね」


「モモを殺したのはこれを作るためではなく、結菜を助けるためだったってことなのか? 勇者様の信頼を失うわけにはいかないから」


「都合の良い関係だから信頼もクソもないわよ。瑞希くんは私が率先して勇者様に協力しているとでも? それはあなたの思い過ごしね。研究の支援をしてもらっていたのは、動きを把握しておきたかったというのが大部分。何でもかんでも予知に頼るのは危険だからね」


「じゃあ、お前はいったい何がしたいんだよ」


「私は、あなたと一つになりたいのよ。愛するあなたと同一の存在に――。今やっているのはそのための前準備ってところかしら」


「馬鹿にも分かりやすく説明してほしいものだな。告白は直球じゃないと相手に伝わらないんだぞ」


「別に、答えなんて求めちゃいないわ。あなたがそう言うってことは分かりきってたしね。振られて、はいそうですかと諦められるほど、私の気持ちは薄っぺらくないの」


「姉妹揃って俺の人生を滅茶苦茶にするのが趣味なのか?」


 あはは、と真綾は悪びれた様子もなく笑った。


「笑い事じゃないんだけどな……」


「私と妹の決定的な違いを教えてあげようか。私はあなたの未来を守るために生まれた存在。妹はあなたの人生を壊すために生まれた存在。彼女に繋がる糸は切っておいたほうがいい。それが予知の魔法によって私が導き出した答え。しばらくは私に協力してくれると助かるかな。その後のことは自分で判断してくれればいいから」


 他人の命を弄ぶ彼女を許すつもりはないけど、あの学校は彼女が一から作り上げたものだ。彼女がいなければ成立しない気がする。彼女の方針に従えないのであれば自分から出て行くしかない。モモのことを話せば俺についてきてくれる生徒もいるかもしれないが、それが正しい決断かは分からない。


 自分一人の力で何が出来るのか、俺も考える時期に差し掛かっているのかもしれない。俺にも予知の魔法が使えるようになれば、その時その時の最善が分かるのだろうか。

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