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転移者の教え子  作者: 塩バター
第五章
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第41話 幼馴染の距離感

 お店を壊したのは俺たちではないが、とばっちりを受ける前にこの場を去ることにした。


 学校に着いたのは翌日の昼過ぎだったが、彼女が目を覚ますことはなかった。エーテルと同じことが彼女の身体で起こっているのなら、そろそろ目を覚ましても良い頃だと思うが、まったくその気配がないので保健室に連れて行くことに。


 治療はアクアに任せて、事の経緯を真綾に説明した。


「ええっと……、何さんだっけ?」


「岸辺未来だよ。まさか知らないのか? 運び屋の中でも名だたる実力者として結構有名だけどな」


「私は好き嫌いでしか人を判別できないから、興味ない人間は記憶に残らないんだよね。それで、彼女が協力者というのは間違いないの?」


「まだ疑惑の段階だから何とも言えないけど、身体をイジられているのは間違いないよ」


 ふーん、と真綾は気の抜けた返事をした。


「あまり驚かないんだな?」


「元は勇者様が作った組織なんだし、過ちを繰りかえすのは人として自然なことじゃないの? 勇者様の命令でしたのか、勇者様の真似事をしているかで、警戒すべき相手が変わってくるけど」


 そのためにも正確な情報が必要だけど、彼女がこんな状態では話を聞くのは先になりそうだ。いつ目覚めるかアクアに訊いてみた。


「そんなの分かるわけないじゃないですか。ていうか、これは私というよりも、真綾ちゃんの専門なんじゃないんですか?」


 ふん、と真綾は小馬鹿にしたように笑った。


「この女がどうなろうとどうだっていいじゃない。眠っているのならそれはそれで好都合。魔法を使っている間、ギャーギャー騒がれたら、イライラして集中力が落ちちゃうしね」


「魔法を使うって何をするつもりだよ?」


「情報は引き出すものではなく抜き取るものなのよ。本当か嘘か分からない情報を手に入れたって仕方ないしね。私の時間魔法を使えば他者の記憶を覗くことが出来る。分類としては魔法の共有になるから上手く行く保証はないけど、まあ、やるだけやってみましょう」


 真綾は岸辺の頭を掴んで直接マナを送る。感電したかのようにブルブル震えだす彼女の身体。この二人は関係が深くないから、お互いのマナが反発しあっているようだ。目は白目を向いていて傍から見れば拷問だった。


 ここは付き合いの長さを信じてみたのだが、やはり途中で止めるべきだったかもしれない。記憶どころか魂を吸い取られたかのように、岸辺はピクリとも動かなくなった。


「これ、大丈夫なのか……?」


「平気平気。痛いのはほんの一瞬だったから。上手い例えは浮かばないからあれだけど、女の子はこれより辛い経験を何度もしてるわ」


 お前に言ったんじゃないんだけど。


 アクアが首筋に手を当てて脈があるか確認する。かろうじて生きているようだ。


「それで、目ぼしい情報は手に入ったのか?」


「大まか予想通りと言った感じかしら。誘拐の目的は人体実験のモルモットにするため。指示を出しているのはクリストファー。彼女以外にも協力者がもう一人いるみたいだけど、二人とも詳しいことは知らされていないようね」


「総士さんのことは何も分からず仕舞いか?」


 うーん……、と真綾は煮え切らない反応をする。核心までは得られなかったようだ。


 抜き取った記憶に嘘が含まれることはないが、必要な情報だけを切り取っているので、彼女の知らないことは知ることは出来ないし、間違った情報は間違った情報として伝達されるとのことだ。


 どちらにしても、研究者が現場に口を挟んだり、直接指示を出すとは思えないので、下っ端の彼女が知らなくても不思議ではない。


 クリストファーが事件に関わっているということが分かっただけでも大きな収穫だが、彼は作戦本部を任されているほどの人物で、俺たちは敵側に寝返った裏切り者だ。俺たちにやれることなんてあるのだろうか。


「彼女のマナが暴走したことについては? さすがにただの偶然では片づけられないだろ?」


「彼女自ら被験者になることを望んだようね。運び屋を使って同じようなことをしているのなら、異世界人を攫う必要はないわけだし、単純に力が欲しかったんじゃないの?」


 記憶を抜き取ることが出来ると言っても、心の声までは拾えないから、彼女が何を考えているのかまでは分からないようだ。


 疑いが確信に変わったというだけで、使える情報が増えたかというとそうでもない。


「念のため、もう一人も捕まえて情報を引き出すか?」


「いや、ここからは時間との勝負になるから、向こうが勘づくまでに事を終わらせたいわね。作戦を練るから武市くんを呼んでくれる」


「いいのか、ここに呼んでも? 一応、一線は引いて付き合っていたつもりだけど」


「構わないわ。前に言わなかったかしら。瑞希くんが信用する人間は私のお墨付きだって。協力を要請してきたのは向こうなんだし、少しは役に立ってもらわないとね」


 踵を返す真綾を俺は呼び止めた。


「彼女はどうするんだよ?」


「用済みだし、ここで始末しておく?」


「冗談でもそういうこと言うなよ……」


 ふふっと真綾は笑った。


「なんだよ、俺、何かおかしいこと言ったか?」


「いいや、瑞希くんの私に対する評価、なんだかんだ高いんだなって誇らしくなったのよ。――だって、冗談だって思ってくれたんでしょ?」


 その時の俺は何とも言えない顔をしていたと思う。俺の反応を楽しむかのように真綾は続けた。


「この女にはエーテルのような『資格』もなければ、ジエチルのような『器』としての機能もない。別に、生かしておく理由もない気がするけど、まあ、この女の服従魔法は貴重だから、いずれ役に立つ時が来るかもしれないね。死体の処理も面倒だし、この女の後始末は瑞希くんに任せるわ」


「あっそ。じゃあ、俺の好きにさせてもらうわ」


 アクアが心配そうに状況を見守っていた。大丈夫だからと俺は彼女の頭をポンと叩いた。生徒との距離が近づけば近づくほど、真綾との距離が離れていっているような気がした。



 その日の内に武市に連絡を取って、急いで学校に来てもらった。


 ここに初めて来た時のことを思い出しながら校舎内を案内するも、教育が義務付けられた世界で生きてきた武市にとって目新しいものは何もなかったようなので案内はほどほどにして、生徒たちのいる教室に行き、お互いのことを紹介した。


 人見知りしないミーアが武市に質問した。


「先生とはどういう関係だったんっすか?」


「ん? 上司と部下という関係かな。まあ、こいつはまったく俺の言うこと聞いてくれなかったけど。年上だろうと関係なくタメ口だしな」


「上司ってことは先生よりも上ってことっすか?」


「魔法の才能はさすがに劣るけど、こいつは人間関係で行き詰まることが多かったからな。俺がいなかったらどうなっていたやら……。なかなか感情を表に出さない奴だけど、内に秘めているものは熱いものがあるから、見極めを間違わないように注意してやってくれ」


 それでは、まるで俺が子どもみたいじゃないか。毎度のことだが、自分の評価と他人の評価がかけ離れているような気がする。それが良いことなのか悪いことなのかは分からないけど。


 前に会ったことあるアクアの顔を見た武市が。


「そう言えば、この前会ったピンク髪のカワイ子ちゃんがいないようだけど、あの子はどうしたんだ? 病欠か?」


 場の空気が凍りつくのを感じたので、さっさと用事を済ませて帰ってもらうことにした。真綾の待つ職員室に案内する。寝起きが悪い印象がある真綾だが、客人が来る今日は化粧をして身だしなみを整えていた。


 幼馴染の俺から見ても垢抜けた印象のある真綾をさっそく口説こうとする武市だったが、そんなことよりと真綾は鼻もひっかけなかった。


「ちょっと現実世界に行く用があるんだけど、あなたにその手引きをしてほしいのよ。報酬は後払いになっちゃうんだけど……」


「この件に関しては俺も思うところがあるから、協力するのは全然構わないんだけど……、俺も難しい立場だから案内役をするのが精一杯。当然のことながら命の保証は出来ないよ」


「私もあなたにそこまで背負わす気はないわ。私のボディーガードはここにいるしね」


 真綾はそう言って俺に視線を向けた。


 そんな話、俺は一切聞いてないんだが。基本他人任せなこいつが自分から行動するなんて、何か裏があるとしか思えないんだけど。


 学校はどうするんだよと俺は訊いた。「まさか生徒も連れて行く気じゃないだろうな?」


「可哀想だけど、今回は連れていけないかな。ミーア辺りが駄々こねるかしら?」


「あいつが駄々をこねるのはいつものことだから、適当に言いくるめておけばいいけど、わざわざリスクを冒してまで行く必要があるのか? もう少し様子を見てからでも良さそうだけど」


「生徒のことは命懸けで守るくせに、幼馴染の私のことは守ってくれないんだ」


 しくしくと真綾は嘘泣きをした。守ってほしければもう少し隙を見せてほしいものだ。


「というか、向こうに行って何するんだよ。あそこはもう俺たちの帰るところじゃない。俺たちに出来ることなんて限られているだろ。捕まったらもう戻ってこれないんだぞ」


「私たちだからやれることがあるんじゃない。腐敗した組織を中から変えるのは現実的ではないわ」


 そうでしょと真綾は武市に同意を求める。組織の中で苦労しているのか武市は何度も頷いた。


「だ、か、ら、具体的にどうするんだよ? まさかとは思うが、諸悪の根源を断とうなんて考えているわけじゃないだろうな?」


「そのまさかと言ったらどうする? 何にせよ、あなたの手を煩わせることはないから安心して。自分で蒔いた種は自分で刈り取らないとね」


「自分の心配をしているわけじゃなくて、俺はお前に人殺しになってほしくないんだが」


「瑞希くんがそんな風に思ってくれているなんて、幼馴染冥利に尽きるわね。ただ、私の手はもう真っ赤に染まっちゃっているから、あなたの純粋な心に立ち入ることは出来ないのよ」

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