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転移者の教え子  作者: 塩バター
第五章
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第40話 服従魔法

「前髪にメッシュの入った黒髪の女の子、あれっすね。売人が言っていた怪しいやつって」


「ああ……」


 ターゲットである岸辺未来を、東の国にあるカジノで見つけることが出来た。情報元である武市が言うには彼女はギャンブル好きで有名で、よくここに入り浸っているらしい。


 岸辺はルーレットに大金をつぎ込んでいた。賭けに乗じる彼女は真剣そのもの、俺は攻撃的で自分しか信じていないあの目が苦手だった。


 高い魔力を理由に上から特別扱いされていた俺は、周りから距離を置かれる存在だったが、彼女はまた別の意味で浮いた存在だった。


 近寄りがたい雰囲気というのもあっただろうが、一番の理由は彼女だけが使える魔法にあった。他者を思いのまま操れる服従属性が使え、周りの人間から恐れられていた。ディーラーを操れば永遠に勝ち続けられそうだが、魔法でズルが出来ないように対策出来ているのか、東の国の出身者であるアクアに訊いてみた。


「光魔法が使えるぺスカ人がいればあるいは――。ただ、ぺスカ人ってプライドが高く、他の種族を見下しているところがあるから、モモのように特別な事情でもなければ国を出て活動している人なんてほぼいないんですよね。それに比べて、ダナモ人は計算高く、利益至上主義なところがあるので、必ず負けるような仕組みにはなってると思いますけど。ダナモ人の感覚では金を出してくれる人間はカモ、それ以外は迷惑客くらいにしか思っていないので、先生も気を付けてくださいね」


 ギャンブルで金儲けなんて現実的ではないし、ミーアやアクアのような未成年者も利用できる非合法カジノに常識を求めても仕方ない。考えるべきはどうやって彼女から情報を引き出すか。


「彼女と二人で話をしてくるから、ミーアとアクアは店の外で待機しててくれるか?」


「話が通じるような相手なんっすか?」


 服従魔法が使える強敵だと聞いて、アムールの血が騒ぎだしているみたいだが、話し合いで解決出来るのならそれが一番いい。真綾ならそんなまどろっこしい方法は選ばないだろうが、俺には俺のやり方がある。


「向こうにその気はないだろうけど、まあ、やるだけやってみるさ。もし駄目でも、三人でかかれば問題なく対処できるでしょ」


「私を数に入れんでください……」


 ミーアとは真逆の反応をするアクアだが、どう転ぶかは俺も分からない。俺は彼女の隣に座って、彼女とは逆のほうにベットする。


「分の悪い賭けはしないっていうのが、君の処世術だと思っていたんだけどね。私と勝負しようっていうのかい?」


 敵との遭遇にも彼女は動じなかった。俺との勝負を望んでいるみたいでちょっと不気味だった。


「やけに自信がありそうだけど、服従魔法でディーラーを操っているんじゃないだろうな?」


「君と違って私は卑怯な真似はしないんでね。ここでこうしていると自分を再認識できるんだ。自分がいかに無力な存在なのかということを。人生なんて運ゲーだということを」


 挑戦的な態度は相変わらずだけど、久しぶりに会った彼女は自信を失っているようだった。


「君は上限に届きうる力を持っていながら、いつも最低限の働きしかしなかった。生田真綾を捕まえようとせず野放しし続けたのも、彼女の力を恐れたからではない。積み上げてきた彼女との関係が壊れるのを恐れたからだ。自分の手を汚さないのは強者の特典であり、駒のように扱われるのが弱者の務めということさ」


 国を売った真綾には多額の懸賞金がかけられたが、誰も彼女を捕えることは出来なかった。本部は俺なら彼女を捕えることが出来るんじゃないかと期待していたようだけど、俺は任務をサボって自分のことを優先してきた。


 面倒くさいというのも理由の一つだが、単に彼女と争っても仕方ないと思ったからだ。


「自分の置かれている立場なら自覚してるつもりだけど。迷っているのは君のほうなんじゃないか? 上からの命令がないと動けないから、何が正しいのか分からなくなっている。命令に従わないと居場所を失うという不安が付きまとい、心を殺して考えることをやめている」


「黙れ、君に私の何が分かるってんだ……」


「最近、孤児が運び屋に襲われているって噂だ。――やっているのは君だな。しかし、命令に従っているだけで理由は聞かされていない。だから、君の中で後悔の念が強まっている」


「私のやっていることは正しい……。私は何も間違っちゃいない……。私はなりたかった自分になれている……」


 自分に言い聞かせるようにブツブツと呟き始めた。自信満々な人間ほど撃たれ弱いが、プライドが邪魔して自分の否を決して認めようとしない。


 ディーラーが回すルーレットは気まぐれで、確実に俺たちの手持ちを減らしていった。彼女がズルをしていないことが分かったので、最後にもうひと勝負しないか吹っ掛けてみた。――お金ではなくお互いの情報を賭けて。


 ギャンブル好きの彼女なら乗ってくると思ったのだが。


「間違っているのはお前だ、お前たちだ……。国を裏切って災厄をもたらそうとしている。私が止めなきゃ、私が世界を救うんだ」


「おい……」


 ここまで追い込むつもりはなかったのだが、様子がおかしいのはそれが原因ではない。沸騰しているかのように身体から溢れる大量の魔力。この感じ、エーテルの時と似ている。身の危険を感じた俺は空間魔法を使って建物の外に出た。


 建物の中から獣のような雄叫びが上がり、彼女が放った強い魔力の波動で建物が崩壊する。どうせこうなると踏んでいたのか、建物の外で待機していたミーアは冷静だった。


「交渉決裂っすか?」


 見通しが甘かったことを俺は謝罪した。


「建物ごと破壊するなんて感情をコントロールすることが出来ないタイプなんっすね」


「感情というよりマナが原因かもしれない」


 どういうことですかとアクアが尋ねた。


「エーテルの時と似た感じを受けた」


「それって、彼女も勇者様が行っていたっていう実験の被験者だったってことですか?」


「うーん……、さすがに無関係とは思わないけど」


 エーテルの時はまるで上限に達しき者のように、魔力がぐんぐん上昇していったが、岸辺の場合は魔力が溢れているというより漏れている感じで、あの状態になっても強化されている感じがしない。


 真綾が言うには双子が唯一の成功例だったとのことなので、彼女は失敗作なのかもしれない。


 考えることが苦手なミーアは。


「とにかく、捕まえればいいんでしょ。私が正面から突っ込んでみますから、先生はアクアの隣についててあげてください」


「おい!」


 サトミの件で一皮むけたかと思ったが、戦闘になるとアムールの血が騒ぎだすらしい。


 溜まったうっぷんを晴らすかのように、ミーアは風の上級魔法で敵にけん制を入れながら、人の形をした化け物に近づいていく。


 彼女は口の中で魔力を溜めて咆哮する。叫んだだけなのにミーアは身動きが取れなくなってしまう。このままではやられてしまうので、俺はテレポートを使ってミーアを救助した。


 危ない危ないとミーアは額の汗を拭った。


「身体が痺れて一瞬動けなくなりました。あの魔法、戦闘向きではないと踏んでたんっすが、叫ぶだけでも魔法が発動するみたいっすね。あれに近づくのは骨が折れそうっす」


「けど、先生の空間魔法のほうが強いでしょ?」


 他力本願な分、アクアは楽観的だ。


「叫んだ後に発生する衝撃波は360度効果があるから死角を突いても最善手にはならなそうなんだよな。どちらの攻撃が早いかの勝負になる。強いとか弱いとかの話じゃないよ」


「じゃあ、どうするんっすか?」


 真綾に貰った骨で出来た南京錠、これが何なのか試す時が来たかもしれない。


 急ピッチで考えた作戦を二人に伝える。ミーアは敬礼のポーズで俺の作戦に従う意思を示したが、囮役に任命されたアクアは、なんて作戦を考えやがると不満たらたらの様子だった。


「服従属性は命令を与えることで力を発揮する魔法。エーテルと同じで意識がはっきりしているわけではなさそうだから複雑な命令は出せない。身動きを封じられるのは厄介だが、フォローしてくれる仲間がいればそれほど脅威ではない。問題はいかに傷つけずに彼女を捕らえるか、そのために協力してほしいんだ」


「もう! やればいいんでしょ、やれば。こういう扱いが私にはお似合いなんですよーだ」


 ブーブー文句を言いながらも、なんだかんだ付き合ってくれる世話好きなアクア。こういう性格なのでついつい頼ってしまうのだが、本気で嫌がっているわけでもなさそうなので、これからも彼女の優しさに甘えさせてもらおう。


 エーテルの時と同じように近づいてきた敵に対して自動でロックオンするのなら、そんなに難しく考える必要はない。敵の注意を引くためにまずはアクアに突っ込んでもらう。アクアの救助はミーアに任せて、俺は気づかれないように背後からゆっくり近づく。テレポートを使わないのは余裕の表れなどではなく、使いたくても使えないからだ。


 肉体の記憶に選ばれた人間であれば、属性が違っても故人の魔法を使えるようになるが、その間、自分の属性は使えなくなってしまう。


 光魔法は相手が強ければ強いほど力を発揮し、利便性にも長けた属性だけど、空間魔法のように最短最速で攻撃に繋げられない。気配を感じ取った岸辺は口に魔力を溜め、服従属性の衝撃波を放とうとする。そうはさせまいとミーアが水属性の魔法で津波を発生させ、衝撃波を封じると共に岸辺を水の中に封じ込める。彼女が作ってくれた好機を見逃すまいと、俺は魔力を帯びた手で彼女の頭を掴んだ。


 光魔法で魔力を封じられた岸辺は目から光が消え、そのまま意識を失った。彼女から情報を引き出すのが今回のミッションなので、俺は抜け殻のようになってしまった岸辺を抱えてアクアの元に連れて行く。


 すぐにでも彼女の状態を診てほしかったのだが、二人とも状況を飲み込むことが出来ないのか、険しい表情でお互いの顔を見つめ合っていた。


「……先生、今のって光魔法ですよね? どうして先生が光魔法を使えるんですか?」


 アクアの問いに俺は答えることが出来なかった。


 間違いない、これは南京錠ではなく、モモの遺体から作った肉体の記憶だ。真綾に対する不信感は日に日に強まっていたが、まだ疑惑の段階だったから不問にしてきた。しかし、これで決定的になった。


 これからもこういうことが繰り返される。敵だろうと味方だろうと関係ない、あいつがやり方を変えるとは思えないからだ。


 この事実をどう受け止めればいいのか、生徒にどう伝えればいいのか分からない。学校は俺にとっても居場所のような存在になりつつある。だからと言って、その場に留まろうとするのは悪手というか、あいつの思う壺な気がする。


「お前らの言いたいことは俺も分かるよ。理由が分かったら説明するから、今はその感情を心にしまっておいてくれるか?」


 いいな、と俺はミーアに念を押しておいた。ミーアはうんともすんとも言わずに、思い詰めた顔でただ遠くのほうを見つめていた。

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