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転移者の教え子  作者: 塩バター
第五章
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第38話 同等の価値

 邪魔が入ったせいで本来の目的を見失いかけていたが、出張体験入学のほうは一定の成果を上げたので、リコに別れを告げて学校に帰ることに。


 サトミを逃がしてしまったのは俺のミスだが、リコを死の運命から救うことが出来たので、やるべきことは出来たんじゃないかと思う。リコも感謝してくれているみたいで、いつでも力になると俺と真綾に約束してくれた。


 リコは南の国の女王様で信用に値する人物。ただでさえ敵が多くなってきているので、こういう繋がりは大事にしておいたほうがいい。


 最近やたらと事件に巻き込まれるが、今回は何事もなく学校にたどり着くことが出来た。生徒たちと一緒に住んでいる寮で小一時間ほど休憩し、バタついて後回しになっていた情報を共有しようと真綾のいる科学実験室を訪れた。


 長旅の疲れが取れていないのか、真綾はテーブルの上に突っ伏してだらーんとしていた。


「それで、瑞希くんはどうしたいの?」


「どうするって、別にどうもしないけど? 聞いたところで何かできるわけでもないからな」 


 あら、と真綾は意外そうな顔をした。


「正義感の強い瑞希くんのことだから、黙って見逃すことが出来ないのかと思ったんだけど、考え方に変化でもあったのかな?」


「お前って俺のこと過大評価してないか? 俺は面倒ごとには首を突っ込まないタイプだから、善意だけで行動を起こしたりしないよ。良い思いをしている人間がいるってことは、その代償として誰かが辛い目に合っているってことなんだよ。そういう割り切り方も生きていく上では必要なことだろ」


「世の中の真理ね。けど、残念ながら今回は首を突っ込むことになるわね。関係ないと言い切ることが出来ないからなー」


「なんだ、珍しくやる気だな? 同じ科学者としてこういうやり方は認められないか?」


「私の父がよく科学者という生き物は善悪に囚われてはいけないとほらを吹いていたけど、私が気にしているのはそういうことじゃないわ。これを聞いたら面倒くさがりの瑞希くんもさすがに黙っていられなくなると思うけど? おそらく、彼らの狙いはエーテルとジエチルくんに行っていた人体実験絡みだろうから」


「どういうことだ?」


「二人が子どもの頃人身売買されて、勇者様のマナを移植させたって話は聞いたでしょ? もう五年以上前のことで記憶が曖昧なこともあり、確証があるわけではないけど、あの時二人を買ったのがクリストファーだったそうよ。対抗戦だったり、体験入学だったり、最近、活発的に活動していたから、それで気づかれちゃったのかもしれないわね。成功例があると知って実験を再開したのか、私たちに対する何らかのサインなのか分からないけど、こっちはこっちで調べてみる必要があるわね」


 となってくると怪しいのはあのラビ人、血を分けるくらいならと取引に応じてしまったけど、軽率な行動だったかもしれない。


 取引のことはまだ話してなかったので、遅ればせながら真綾に報告した。


「確かに、こっちの事情を知り過ぎているわね。現在向こうの本部を動かしているのはラビ族の長で勇者一行だったクリストファー。科学の力を利用して何かしようとしているのかも。ポイントは父が妹の生死を知っているかね。それによって敵か味方かはっきりする」


 どっちが俺たちにとって都合が良いのだろう。俺はあの人に対して負い目を感じているし、出来れば敵に回したくはない相手ではあるけど、家族の繋がりはそれぞれ形があって、赤の他人が口を挟んだところでどうなる問題でもない。


 子どもの頃の真綾は親の言いなりだったようだが、今はその期待を裏切り続けている。一度壊れてしまった関係がどうなるか俺は見守るしかない。


 情報の信用度について真綾が訊いてきた。


「武市からの情報だからある程度は……、あいつも噂程度に聞いただけで、はっきりしたことは分からないって言っていたけど」


「武市ってそばかすの男の子よね?」


「お前に猛アタックしてた向こう見ずだよ。本当はサトミのことを相談するつもりだったんだが。もう連絡取らないほうがいいか? あいつなら出し抜かれる心配もないと悪うけど」


「別に問題ないわよ。瑞希くんが信用する人間は、私のお墨付きでもあるからね」


 含みのある言い方にも聞こえたが、悪態をつかれたわけではなさそうなのでよしとする。


「向こうの思惑を阻止するためにも、実行犯をとっ捕まえて黒幕が誰か吐かせたいわね。エーテルを囮におびき出してみましょうか」


「駄目に決まっているだろうが! お前は何でいつも極端な選択を取ろうとするんだよ」


「私のやり方が気に入らないみたいだけど、やるかどうかを決めるのは本人でしょ? 私はやりたくないことを無理にやらせたりしないわ。とりあえず、彼女に訊いてみてよ。駄目なら駄目でまた別の方法を考えるから」


 ため息をつきながら俺はしぶしぶ承諾した。気に入らないから断っているのではなく、彼女を追い詰める行動をしたくないだけなのだが。


 リコが死ぬという最悪な未来は阻止したが、エーテルはあの日以来塞ぎ込んでいる様子。ミーアと違ってエーテルは態度を表に出さないので、そっとしておいたほうがいいのか、お節介を承知で励ましたほうがいいのか分からない。


 モモが死んだ時は全員が絶望に打ちひしがれたわけだけど、今回の件はエーテル一人の問題なので、彼女がトイレに行っている隙に、アクアとミーアに相談してみることにした。


「かなり思い詰めている感じですね。今はそっとしておいたほうがいいかもしれません」


「先生は今回の作戦どう思ってるんっすか?」


 そう訊いてきたのはミーアだ。


「俺はあまり乗る気じゃないかな……。ロイドがいればもしもの時心強いけど、根本的な問題の解決にはなってないからな」


「私は結構ありだと思いますけどね。びびってばっかじゃ追い詰められる一方っすもん。悪党は正々堂々戦ってはくれませんからね。それに、エーテルなら乗り越えられますよ。私と同じで切り替えの早いタイプっすから」


「散々荒れ狂っていたくせによく言うよ……」


「だから、それから立ち直ったじゃないっすか! アクアはいつも一言多いんっすよ」


 二人の意見が割れたので余計にどうすればいいのか分からなくなってしまった。モモが生きていたらどっちの意見に賛成しただろう。


 冷静な見方をするアクアが双子の兄であるジエチルに相談してみることを勧める。 


「私たちは女同士だから気軽に話せる仲ですけど、こういうのは付き合いの長さが大事な気がします。友達と家族は別物ですからね」


 それはその通りな気がするので、グラウンドで修行しているジエチルに会いに行った。光魔法が使えるようになってから、ミーアと一緒に修行しているところをよく目撃する。まだついていくのがやっとという感じだが、ミーアが言うには確実に成長しているとのこと。


 ここで強くなるには修行してレベルを上げるか、南京錠を開けられるようになるために勉強して使える魔法を増やしていくしかないが、エーテルとジエチルの場合は特殊なので、これが正しいやり方なのかも分からない。とりあえず、どんな調子か訊いてみた。


「駄目ですね……。南京錠の力を借りても、モモのように上手く扱うことが出来ません。自分の魔力を光魔法で制御することが出来れば、俺も攻撃対象にならずに妹に近づくことが出来るかもしれないと思っているんですけど。ロイドを前線に出すわけにもいかないのですし」


 根本的な問題の解決にはならないが、何かやっておかなければ落ち着かないのだろう。その努力を否定するつもりはないが、俺としてはエーテルには周りに頼るのではなく、自分に自信をつけて行動してもらいたい。


「エーテルのことなんだけど――」


「先生は立場上力になりたいと、背中を押してあげなければと思っているのかもしれませんが、今は、そっとしといてください。あいつが陽気に振舞うのは自信無さの裏返しなんです。先生が励ましの言葉をかければ、あいつ必要以上に頑張っちゃうと思うんで――。それがあいつの処世術と言いますか、弱さを隠すために身に着けた必死の抵抗なんですよ」


「まあ、それはなんとなく気づいてたけど……」


 あいつ分かりやすいですもんねとジエチルは笑った。


「俺たちが研究に協力的だったのは、ただ単にここにいる理由が欲しかっただけなんです。過去の辛い経験が今に繋がるのなら、結果的にプラスになるってあいつがそう言うから。俺はその言葉に背中を押されたけど、辛い目にあうのはいつもあいつで、俺は蚊帳の外。真綾さんは俺にも同等の価値があると言ってますが、今のところ何の力にもなれてませんし、俺は俺で思うところがあって――。あいつとどう向き合ったらいいのか分からなくなっているというのが正直なところです」


 ジエチルは自分の無力さを噛みしめるかのようにすみませんと謝って修行を再開した。俺よりも何倍も辛い経験している彼らに、助言してあげることなど初めからなかったのだ。結局自分でどうにかするしかないって非情な現実をこの子たちは知っている。


 本人に訊いてみてくれとのお願いだったが、訊いたことにして断っておこう。真綾には真綾のやり方があるようだが、俺には俺のやり方がある。

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