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転移者の教え子  作者: 塩バター
第五章
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第37話 過ちは繰り返される。

 病室を訪ねると、そこにサトミの姿はなかった。


 彼を連れ戻すことに成功したものの、これからどうするか決めるのは本人なので、一人にして考える時間を与えたが、やはり見張りはつけておくべきだったかもしれない。自分なりに正しいと思った行動をしたつもりだが、周りが俺と同じ意見かは分からない。宿舎で寝ている真綾に判断を誤ったことを謝罪しに行った。 


「本人が決めたことなんだから、瑞希くんが責任を感じるようなことは一つもないわよ。嫌々ここに残られても扱いに困るだけだし、ひとまず、これでよかったんじゃない?」


「そうなんかな……」


 寝起きのせいか真綾は不機嫌だったが、俺を責めるようなことはしなかった。


「それに、手掛かりが途切れたわけではないわ。実は、こんなこともあろうかと彼の持ち物の中に発信機を忍ばせておいたのよ。その反応を追えばどこに行ったか分かると思うわよ。まあ、気づかれてなければの話だけどね」


 真綾はベッドのサイドテーブルの引き出しを開け、骨で出来た南京錠を取り出した。


「仕掛けた発信機と対になるように設定してあるから、何も聞かずに開けてみてくれる。私が開けてもうんともすんとも言わなかったけど、瑞希くんにならあの子も答えてくれるはずだから」


 彼女への不信感でいっぱいになりつつも、とりあえず言う通りにしてみることに。鍵を開けると、温かい光が俺の身体を包んだ。


「どう? 何か感じるものはない?」


「悪いが、何も感じないな」


「であれば、現実世界に行った可能性があるわね。現実世界と異世界は表裏一体だけど、繋がっているわけではないから魔法も電波も届かないのよね。まあ、あくまで可能性の話だけどね」


「現実世界に……」


 いったい何の目的でそんなところに。


「さあ? そこまでは分からないけどさ」


 俺たちと違って帰る場所があるわけでもないのに。


 サトミは顔に大きな傷があるけど、見た目は俺たち現実世界の人間と見分けがつかないので、上手く行けばバレないかもしれないが、困った時に頼れる人間がいるわけでもないのに、そんなところに行ってどうする気なのだろう。


「あの子の後を追って向こうの世界に行く?」


「いや……」


 捕まえたところで同じことになるだけだ。戻ってくるチャンスを上げたつもりだったが、余計なお世話だったかもしれない。


 人生なるようにしかならないので、どちらの選択が彼にとってベストだったか分からないが、生徒たちにとってサトミが同じ学び舎で学んだ仲間であることは変わらないので、目的が何なのかだけでも探っておくべきだ。



「悪いな、急に呼び出したりして。お前しか頼れる人間がいないんでね……」


 困った時はお互い様だよと武市は笑った。


 密会場所は武市お気に入りのパブだ。事あるごとにここを利用させてもらっているので、そろそろ別の場所を見つけなければ。


 彼と会うのは東の国で偶然会った時以来だったが、最近身の回りでいろいろ起きすぎたせいで、少し温度差のようなものを感じた。結菜が生きていたこと、モモが死んだこと。話さなければいけないことは山ほどあるが、そんなこと話したところで困らせるだけだろうから、現在の状況をかいつまんで説明した。


「うーん……、異世界人がこっちの世界に侵入したって情報は今のところ入ってないな。あれから警備は厳重になったけど、根本的な問題が解決したわけじゃないからな。魔力探知が使えるようになれば大体のことは解決すると思うが、それはまだ難しいみたいだな」


「そうか……」


「サトミってあの時いた顔に傷のある少年だろ? 確かに、雰囲気のある子だったけど、あの子程度の実力じゃ何もできやしないだろ。それが分からない馬鹿でもなさそうだったし。ほっておいても問題ないんじゃないか?」


 それはサトミも分かっていたはずなのに、では、なぜ現実世界に行ったのだろう。そこには何かしらの目的があるはずなんだが、本人を見つけて聞き出さないと分かりっこないか。


 話はそれだけかと武市が訊いてきた。


「念のため確認しておきたかっただけなんだ。俺には何もお返しすることが出来ないから、せめてここは奢らせてもらうよ」


「これくらいいつでも相談に乗るけどな。俺はお前とはこれからも友好な関係でいたいんでね。お前の背後にいる真綾ちゃんともな」


 ここでのことがバレれば人生終わりかねないのに、武市は迷惑がるどころか嬉しそうだった。


 気の合う仲間同士でつるむ子どもと違って、大人は損得勘定で関係を築く生き物。何も考えてなさに見えて計算高い奴なので、俺たちに協力的なのも訳があるんだろうけど、彼とは長い付き合いなのでそれなりに信用できる。


 なーんだ、と武市は拍子抜けしたように笑った。


「てっきり俺は例の件で聞きたいことがあるのかと思って、ビクビクしていたんだけど、まだ、そこまで大事にはなっていないようだな」


「なんだよ、例の件って?」


「いや、知らないならいいんだ。世の中には知らないほうが幸せなこともある」


 そんなこと言われたら余計に気になるんだが。


「分かったよ、教えればいいだろ。最近、人が消えているとか、そういった類の噂を聞いたことないか?」


 何だか既視感のある会話だった。


「俺含め、あの学校は訳ありの人間が多くて、現状は外部との交流がほとんどないんだよ。だから、外がどうなっているのか知らないんだ。また運び屋が襲われているのか?」


「それなら何の問題もなかったんだけどなー。むしろ、その逆なんだよ」


 逆ってことは襲っているのは運び屋のほうか。


「誰がそんな悪趣味なことを?」


「さあ……。噂程度に聞いただけで、俺はこのことに関して何も知らされてないからな」


「組織ぐるみの犯行ではないと?」


「俺は、クリストファー、もしくは総士さんが関わっているんじゃないかと思っている。大事になっていないということは、襲われているのは孤児。大方、人体実験のモルモットにして研究の材料にしているってところかな」


「そんなことしなくちゃいけないくらい、向こうは切羽詰まっているのか?」


「研究がどのくらい進んでいるのか、俺たち運び屋には一切情報が下りてこないからな。真綾ちゃんのほうはどうなんだ? 時間が操れると言っても彼女一人ではこちらの技術に追いつけないというのが向こうの見解だが」


「さあ……、あいつは隠し事ばかりだからな。確かなことはあいつの研究は世のため人のためではなく自分の目的を達成するためにある。どうやら、俺はそのために必要な駒らしい」


「その点に関してはこっちも怪しくなってきてるけどな。裏で大きな力が働いているのは間違いない。俺はこの事件を重く受け止めている。俺と手を組まないか、瑞希。これからどういう世の中になっていくか分からないが、こういうやり方は後々しこりが残るからな」


「組むって具体的に俺は何をすればいいんだよ。人のことどうこう言える立場じゃないけど、そんな危ない事件に首を突っ込んでお前大丈夫なんか?」


 下手すれば俺と同じで元の世界に帰れなくなるが、武市はその時は真綾ちゃんに雇ってもらうつもりだからと笑い話に変えて誤魔化した。


「とりあえず、真綾ちゃんに相談してみてくれよ。もし、総士さんが関わっているのなら、他人事ってわけでもないだろ?」


 サトミのことを相談するつもりが、妙なことになってしまった。


 言うだけ言ってみるが、と俺は答えた。


 期待させないような言い方になったのは、あの家族はいびつ過ぎて常識では測れないからだ。修復不可能だと真綾も認めているので、どこで何しようが知ったことじゃないというのが、正直なところかもしれない。

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