終章 ロイド視点1
エーテルのマナが暴走したことでリコ様が死にかけたが、これはかなり良い傾向だった。彼女が上限に達しき者に近づいている証拠だからだ。
暴走してしまうのは彼女が真の器ではないから。二つに分かれた双子のマナを一つにすることが出来れば勇者様のマナが身体に適合し、資格を得ることが出来るかもしれないが、それだとどちらか片方が死ぬリスクがあるとのこと。
それは最終手段だと真綾さんは言っていた。真綾さんの目的は上限に達しき者を作ることではなく、一時的に魔力を底上げすることの出来るドーピング剤を作ることだからだ。それを使って何をする気なのかは分からないが、先生がカギを握っていることだけは分かる。
周りの人間を不幸にしてでも、真綾さんは自分の愛を貫くつもりのようだ。科学者としては文句のつけようのない人だけど、人としては尊敬できるところが一つもない。
俺はこの人のそばで何を学べばいいのだろう。
出張体験入学のほうは成功したようだが、学校に帰るのはエーテルの体調が戻り次第になるとのこと。今頃先生はサトミに会い、これからどうするか選択肢を与えているだろうが、真綾さんがそれを許さないだろう。
信じられるものがなくなった俺は、ただひらすら研究に打ち込む。そうしている時間が全てを忘れさせてくれるからだ。
現実という名のしがらみに引き戻したのは、俺を地獄に落とした元凶の一人だった。
「精が出ますね」
気配もなく近づいたこの魔法はテレポート。ただし、滅多なことでは動じない俺を驚かせたドッキリの仕掛け人は先生ではない。
長い髪を後ろで束ねたオッドアイの男。王の証である複製魔法を使えることが出来、十八という若さで西の国の長になった男だ。
気にせず作業を続けてくださいと言っておきながら、ヒースはペラペラと喋り始めた。
「ここは西の国と違って警備が疎かですね。これはこれで自信の表れとも言えるのかもしれませんが。実際問題、四つの国が戦争を始めたら、勝つのは南の国でしょうからね。ぺスカが最強だった時代ももはや昔のこと。ああ見えてアムール人は平和主義者ですので、そういうことにはならないと思いますが」
「用がなければ帰ってくれないか? 世界がどうとか国がどうとか俺は一切興味がない。俺が信じるのは嘘をつかないデータだけだ」
「悲しいことを言ってくれますね。兄弟に会いに来るのに理由が必要なんですか? そんなところまで生田真綾の影響を受けてもらっては困りますね」
兄弟と言っても血が繋がっているわけではない。
俺はラビ族と魔族のハーフとして生まれた。俺の父であるクリストファー・ラビは、勇者一行で、西の国を治める王だった。
力の強い後継者が欲しかった父は、優秀な子が産まれるように魔族と契約をして子を作った。しかし、出来たのは俺のような出来損ないだった。
魔力が全てのこの世界で魔力のない人間は無価値。自分の汚名となると考えた父は俺を捨て、ヒースを養子として育てることにしたのだ。実力主義のアムール族と違って、ラビ族は生まれと育ちが全てと言ってもいい。しかし、例外となる場合も存在する。その条件こそが複製属性を持って生まれることだ。
「お前と俺との関係はもう途絶えたはずだ」
「兄弟というのは不思議なもので、仲良い時期と仲悪い時期が必ず存在するのですよ。似た者同士のあの姉妹はもはや修復不可能ですが、私たちは新しい関係を築けるはずです」
「新しい関係だと……」
こいつは俺に何を求めているんだ。
「私の下でその才能を発揮しませんか? もちろん、今すぐにというわけではありません。生田真綾は最高の魔法使いであり科学者。彼女から盗めるものは盗んでおきたいでしょうから。しかし、あなたは彼女をも超える逸材です。それは、生田真綾も感じているはず。だから、あなたを助手としてそばに置いている」
「お前に言われても何の感情も湧かないな。お前に俺の何が分かるっていうんだ。別に俺はお前のことを恨んじゃいないけど、知ったような口を利かれるのは我慢ならないな」
「確かに、私はあれからのあなたを知りません。しかし、適当に言っているわけではありませんよ。言うなれば予知の魔法というやつですかね。私にはあなたの未来が見えるのですよ。――良い未来と悪い未来の両方が。才能ある人間は才能を行使する権利が与えられます。私ならあなたの力を最大限に引き出せる。なぜなら私はルールであなたを縛ったりしないからです。どんな才能も環境次第では腐るということを私は身を持って知っています」
科学者という生き物は善悪に囚われてはいけない。
真綾さんに父にそう教えられて生きてきたようだ。研究しか能がない父親を真綾さんは蔑んでいたが、俺には同じ人種のように思えた。
モモの件で俺は彼女に対する尊敬の念が消え、血も涙もない悪魔にしか見えなくなった。絶対にこうはならないと俺は心に誓った。しかし、それではあの人に追いつけないというのか。
魔法が使えない人間はこの世界では無価値。俺はそれを身を持って体験してきた。人とは違う才能が自分にもあると気づいた時、研究で結果を出すことが俺の全てになった。故に、このままでいいのかという焦りは感じていた。
「私もあなたも今は誰かに仕えている身。今日は顔見せ程度なのでこれで失礼させて頂きます。どちらがあなたにとってプラスになるか、可能性を潰すのが正しい選択なのかどうか、チャンスがある時にまた会いに来ますので、その時までによーく考えておいてください」
「そういうお前は先生たちと渡り合う気でいるのか。随分と自信過剰化になったものだな。お前、何様のつもりなんだ?」
「その質問に答えるのは容易ではありませんね。もはや自分でも自分が何なのか分からなくなってきているので……。しかし、自分を表す言葉があるとするならやはりこれが一番しっくりきますね。私は五人目の上限に達しき者、表と裏を使い分ける創造神ですよ」




