終章 サトミ視点2
「どうやら、実験は失敗に終わったようですね」
やれやれと呆れた口調でヒースは言った。
骸骨化した巨大なムカデが宙を舞っていた。予定では生田結菜が蘇らせた魔物をヒースの投影魔法で操り支配下に置くというものだったが、上限に達しき者の力を持ってしても、奇跡を可能にすることは出来なかったようだ。
「真綾さんは実験に失敗はつきものと言ってたけど、やっぱり死者の魂を蘇らせるなんて不可能なんじゃないのか?」
「さあ? それはどうでしょうね……。遊び半分でやっている結菜様と違って、勇者様は本気でテトラ様を蘇らせるつもりのようですから。ああいうタイプの人間が力を持つと、自分は何でも出来ると勘違いしちゃうんですよね。惨めな思いをしてきた反動と言いますか」
こんなところで愚痴を言い合っても仕方ないので、結菜派として上手く立ち回っているこの男に、俺を現場から遠ざけた理由を訊いた。
当初の予定では複製魔法で様々な属性を扱えるヒースが護衛役として生田結菜に付き添い、俺は賢者の遺跡の前で実験の邪魔が入らないように見張りをするという流れだった。しかし、当日になって急遽作戦に変更が加えられた。俺は彼女に信用されていないということで、砂漠を抜けた先にある森林地帯で命令があるまで待機することになったのだ。
「結菜様がそうするように指示を出したと言っていたが、あれはお前の判断なんだろ?」
この組織は上限に達した二人が絶対であり、階級というものはあってないようなものだが、俺は彼の命令に逆らえない立場にあった。彼が俺と真綾さんの繋がりに気づいているからだ。
クックックとヒースは気味の悪い笑みを浮かべた。
「実は、楠瑞希と取引をしましてね。交換条件として今回の計画を漏らしてしまったので、念には念を入れておいたというわけです。結菜様にバレたら殺されてしまいますので、取引のことは黙ってもらえると助かります」
バレそうになったら俺のせいにして、自分は知らんぷりを決め込むつもりのようだ。俺を現場から遠ざけたのは俺が先生たちと鉢合わせると、全てが台無しになる恐れがあるからだ。
「取引はお前のほうから持ち掛けたのか? 内容はどういったものだったんだ?」
「取り立てて話すようなことではありませんよ。彼がどういう人間かはあなたのほうがご存じのはず。無茶な要求は出来なかったのでね」
「いいから教えろ」
「いいですよ。結菜様を助けてまで、桜井モモを殺さなければならなかった理由。それを教えてくれるのであれば。――生田真綾は何を考えてる?」
それは俺が知りたいところだ。
腹の探り合いをしていると、遠くのほうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「サトミー! いるんだろ、出て来い!」
「なぜミーアがここにいる……、お前が連れて来たのか?」
「私が? 何故そのようなことをしなくてはならないのです。おそらく、救出したダナモのシドから情報を引き出したのでしょう。彼を助けたのはこういう狙いがあったんですね。なかなか抜け目がないですね、――楠瑞希という男は」
抜け目がないのはどっちなんだか。この男からはえも言われぬ不気味さを感じる。
「これらからどうする?」
「どうするかは自分で考えてください。彼女はあなたを探しにここまでやってきたのです。お友達を殺したのは他ならぬあなたなのですから。私は結菜様を助けに行ってきますので。これで――」
ヒースはテレポートでどこかに消えた。当然と言えば当然かもしれないけど、俺の味方をしてくれる人間はここにはいなかった。
あっちはあっちでバタついているようだが、先生もこっちに来ているのだろうか。ミーアだけならワンチャンあるかもしれないが、先生がいるとなると話が変わってくる。
真綾さんの指示はスパイとして潜り込み、勇者様の信頼を得ろというものだ。テトラ様を生き返らせるために勇者様が作った組織ではあるが、現在は二つに分裂し始めていて、流れ上ではあるが、生田結菜を助けた俺は、勇者様の命令で彼女に仕えることになった。俗にいう二重スパイというやつだ。
ここでやられてしまっては任務を果たせない。
探知魔法が使えるモモはもういないので、逃げようと思えば逃げられるかもしれない。俺は声がする方向とは逆の方向に歩みを始める。
「サトミー! 逃げんじゃねえぞ! 私はモモッペみたいに探知魔法が使えるわけじゃないんだ。だから、自分から姿を現せ! お前にだって信じるものがあるんだろうが! だったら、私に勝ってそれを証明して見せろ。返り討ちにしてお前の全てを否定してやる!」
「……」
「モモッペにとって学校は始めて出来た居場所だったんだ。お前は一番卑劣なやり方でそれを奪ったんだ。先生はお前のことを助けたいと言っている。それが何故だかわかるかー! モモッペがお前に対して恨み言一つ言わなかったからだ。出てこい、サトミー!」
あの時の嫌な感触はまだ消えていなかった。それは俺が命令に従ってモモを殺したことを後悔しているという何よりの証拠だった。真綾さんに対する信頼が揺らいでいる証拠でもあった。
俺はもう一度自分に問うことにした。どうするべきか考えるまでもなかった。中途半端な気持ちのままでは使命を果たせない。
逃げるのをやめて俺は自分から姿を現した。先生がいたら俺に勝ち目はなかったが、幸いいたのはミーアとアクアの二人だけだった。
ミーアの目は憎しみに染まっていた。昔の自分を見ているかのようだった。怒りに震えるミーアを落ち着かそうとアクアが声をかける。
「目的を見失っちゃ駄目だよ、ミーア。私がこっちに来た理由分かっているよね。先生はあんたに極端な選択を取ってほしくないんだよ。モモだってそんなこと望んじゃいないよ」
「モモッペの名前は出さないでください! 今は私とこいつの問題なんっすから」
モモを殺した俺が何を言っても言い訳になる。命令に従うのが部下の務めとはいえ、俺は自分でこの道を選んだ。後戻りはできない。後悔の念を断ち切るためにも俺は剣を抜いた。
望むところだとミーアは真正面から突っ込んできた。
ミーアが好んで使う属性は火・風・雷の三つ。どれも攻撃に特化していて見た目が派手だからだ。土属性の俺は風属性に弱いので、ミーアは手で乱気流を発生させ攻撃してくる。南京錠を使えば属性の不利を受けず戦えるが、それだと真綾さんとの関係がバレる恐れがあるので自力で彼女に勝たなければならない。
ミーアの弱点は感情的で動きが単調なところ。怒りで我を見失っている今なら勝算は十分ある。彼女の攻撃は一発一発が強力なので、食らえば大ダメージは避けられないが、魔力量で負けているからと言って、早めに決着をつけようなんて考えては駄目だ。
土属性の魔法で地形を変えながら守りに徹し、反撃のチャンスをうかがう。
しかし、そんなチャンスは一向に訪れなかった。
土の中を移動して背後をとっても、魔力のこもった泥を飛ばして彼女の動きを制限しても、彼女の圧倒的な火力でねじ伏せられてしまう。
俺は何もかも間違っていた。端から俺が勝てる相手ではなかったのだ。才能、実力、勝ちにこだわる執念、自分を信じる心、仲間を思う気持ち、何もかも俺は彼女に劣っていた。
突風で木に背中を強打して動けなくなった俺は、苦し紛れに残りの魔力を地面に注ぎ、土を柔らかくして彼女を生き埋めにしようとするも、上書き魔法で地面を割われてしまい、完全に身動きが取れなくなってしまう。
勝ちを確信したミーアはゆっくりとこちらに近づき、戦いの最中俺が落とした剣を手で拾った。
「殺せ……、お前に殺されるなら悔いはない」
ミーアは剣を地面に刺してこう言った。
「お前と違って私の手は仲間の命を奪うためにない。立つんだ。お前はまだこれからだ。モモッペもそれを望んでいるはずだ」
涙で前がかすんで彼女が差し出してくれた救いの手を、俺は取ることが出来なかった。
*
目を覚ますとそこは病室だった。魔力を使い果たした俺はあの後意識を失ったようだ。ヒーラーとして付きっきりで看病してくれていたのか、気分はどうとアクアが訊いてきた。
「最悪だな……」
「あんた、最近ろくに食べてなかったでしょ? 栄養失調で魔力の回復が遅いから、あんたが起きるのを待てずにもうみんな寝ちゃったわよ」
窓の外を見るともう夜になっていた。そのまま彼女の顔を見ずに俺は訊いた。
「俺を責めないのか?」
「ヒーラーとしてついていきながら友達を助けられなかったのは自分の力が足りなかったから、私は自分を責めるので精一杯なのよ」
先生を起こしてくるとアクアは離席した。俺が起きるのを待っていたのか、心の準備も出来ないまま先生と会話をすることになった。
「単刀直入に訊くよ。なんでモモを殺した?」
「……」
「君が結菜を助ける理由が見つからないんだよね。突発的犯行じゃないとなると計画的犯行。君は誰かに命令されてモモを殺したことになる。――真綾じゃないのか?」
「……」
「そうか、俺も元居た世界を裏切ってここにいる。ここに残るかは君自身で決めたらいい。とりあえず今日のところは安静にしているんだね」
胡散臭いと勝手なイメージを持っていたが、この人には自分なりのルールが存在するのだろう。おそらく、自分から話を切り出さない限り、もうあれこれ訊いてくることはない。
病室に一人でいると寂しさがこみ上げてきた。
ここは南の国ということで安心していたが、裏切り者の匂いを嗅ぎつけたかのように真綾さんが現れた。なんて説明したら頭をフル回転させる。真綾さんは謝ることすらさせてくれず、俺の額に拳銃を突き付けてきた。
「どういうつもりですか……?」
「どういうつもりですか? それはこっちの台詞なんだけど、私の計画の中にここに戻ってくる予定があったかしら?」
「それは……」
「聞こえなかったみたいだからもう一度訊くね。私の計画の中にここに戻ってくる予定があったかって訊いてんだ」
「俺はあなたの命令に従ってモモを殺しました。恨まれても仕方ないことをした以上、背を向けて逃げることなんて出来ません」
「要するに、全部私が悪いと言いたいわけね」
「そんなことは言ってません! ただ俺は、自分の迷いを断ち切りたかったんです。これからもあなたの隣にいるために。だから、教えてください。モモを殺さなければいけなかった理由を」
真綾さんは可哀そうな目で俺を見てきた。
「あなたが私の指示に従うのは私に惚れてるから。あなたの身勝手な好意に応えるほど私は軽い女じゃないの。可哀そうな子、次はモモみたいな純粋で可憐な女の子に惚れるのね」
真綾さんはそう言って引き金を引いた。泣きじゃくりながら死を覚悟した俺だったが、マガジンに弾は込められていなかった。
「もう一度だけチャンスをあげる。信用されたければ結果を出すことね。あなたにはこれから現実世界に行ってもらうわ」
「現実世界に……?」
「目的は一つ、私の父、生田総司を殺すことよ」




