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転移者の教え子  作者: 塩バター
第四章
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第36話 砂漠の主

 シドをこのままにはしておけないので、入口に設置したワープマーカーを使って遺跡の外に出た。


 アクアにお願いしてシドを治療してもらう。肉体的というよりも精神的ダメージが大きいので、魔法が効くかどうか試してみないと分からなかったが、話が出来るくらいには回復した。


「時間がないんだ、意識が朦朧としているかもしれないけど、こっちの質問に答えてくれるかな」


 シドは小さく頷いた。


「一緒に逃げたイアンはどうなった?」


「あの時現場にいたお前ならわかるだろう、あの時のあいつは戦える状態ではなかった。俺がやられたということはそういうことだ……」


 結菜は殺すなと指示を出していたので、捕まってどこかに監禁されている可能性が高い。諦めずに結菜たちを追い続ければ、いつか助けられるかもしれないが、今はそんなことを考えても仕方ないので、次の質問に移る。


「ヒースに乗っ取られていた時の記憶はあるか?」


「夢を見ているような感覚に近かったから、ぼんやりとしたものしかないが、映像として頭の中に残っている」


 対抗戦の時にエーテルは一度投影魔法を食らったが、その時の記憶ははっきりしていた。シドとエーテルでは魔法のかかり具合に差があるので、これは一種の賭けだったが、シドを救出したのにはこういう狙いがあったのだ。


 情報を手に入れることが出来れば儲けものだし、手に入れることが出来なくてもシドを助けることが出来るので損にはならない計算だ。


 しかし、期待していたほどの情報は得られなかった。


「サトミのことはどうだ? 何でもいい。何か思い出せることがあるなら教えてくれ」


「この件は生田の妹の独断ということもあって、限られた人間しか知らないようだ。サトミはまだ完全に信用されたわけではないようで、命令があるまで待機しているようだ。場所は――」


 ありがとうと彼を空間転移させて馬車に乗せる。ここからは何が起こるか分からない。同じ失敗を繰り返さないように慎重に行動しなくては。


「よし、ここからは二手に分かれて行動だ。ミーアは今の情報を元にサトミを追ってくれ」


 ミーアは意外そうな顔をした。


「先生は安全を第一に考えると思ってました」


「あいつを一発ぶん殴らないと気が済まないんだろ? 二手に分けて行動するのは危険だけど、この機を逃せばサトミを捕まえるチャンスは二度と訪れないかもしれない。一番の障害である結菜は今遺跡の中にいるしね。リコ様が心配で俺についてきたいっていうなら、その気持ちを優先させたいって思ってるけど」


「私はお母さんのことは全然心配してないっす。予知かなんか知りませんけど、私の将来設計では学校を卒業するまでには先生を超えて、お母さんから王冠を受け取ることになっているので。そっちは先生たちに任せます。サトミは私が首に縄付けてでも引っ張ってきます!」


 ミーアは単独行動させても問題ない力を持っているが、精神的な部分で不安が残るので、念には念を入れてアクアにも付いていってもらうことにした。


「ミーアが暴走しないように見張っててくれるか? これは君にしか出来ない仕事だよ」


「私は先生たちのほうが心配ですけどね……。魔物のことも結局分からず仕舞いでしたし」


 アクアの再生魔法は人の命を救う魔法。未来を変えるきっかけになるかもしれないが、ミーアには極端な選択肢を取ってほしくない。アクアは頭が良い子なので、それが何を意味するのか分かっているようだった。


 保険として特別仕様の南京錠をアクアに渡しておく。これを使えば彼女をいつでも呼び出せるし、彼女のところまで駆けつけることも可能だ。


 エーテルが持ち前の明るさで皆の緊張をほぐす。


「大丈夫だよ、アクア。先生はボクたちが守るから。優柔不断な先生に足りないものを、ボクたち兄妹は持っているから。だよね、兄ちゃん」


 だなとジエチルが同意した。


「はいはい、いいから行くよ」


 このまま何も起きずに国に帰れたらよかったけど、こちらの都合の良いように事が運ぶわけもなく、賢者の遺跡から巨大な蟻地獄が発生し、魔物の咆哮と共に巨大なムカデが現れた。


 想像していたよりもはるかにデカい。全長四十メートル近くあるのではないだろうか。どういう魔法を使うかが問題だが、今は逃げることに徹底しなければならない。


 ミーアたちのほうに行かれたらまずいので、敵をこっちに引き付けるために攻撃をする。その間、ジエチルに運転を代わってもらった。


「兄ちゃん、病人が乗っているんだから安全運転で頼むよ」


「無茶言うなよ」


 ひどい砂嵐で視界が最悪の中、ジエチルは初運転とは思えないハンドルさばきで砂漠の主の攻撃をかいくぐっていく、範囲の広い攻撃は空間魔法を使って魔法ごと飛ばした。砂漠地帯なので飛ばす場所には困らない。


 俺たちの力だけで解決できればよかったが、魔物に関する情報は結局手に入らなかったので、第二の選択肢に移行することにした。


 砂漠の主が地中に潜ったタイミングで、俺はシドに話しかけた。


「今から君を南の国のウスリーまで飛ばすから、今の状況をリコ様に伝えてもらえるかな。砂漠の西側に引きつけるので精鋭を連れてきてくれと」


 いいんですかとジエチルが訊いてきた。


「予知通りになったらミーアに合わす顔ありませんよ」


「予知に振り回されて俺たちが死んだら元も子もないよ。ミーアには悪いけど、ここは安全策を取らせてもらうよ」


 距離が離れている分、大量の魔力を消費してしまうが、こんなこともあろうかと予め宿舎に設置しておいたワープマーカーにシドを転移させた。


 リコが助けに来るまで無茶をする気はないが、こんな化け物を街中で暴れさすわけにはいかないので、街のほうに行かないように、適度に攻撃を加えながら時間稼ぎをする。


 乱暴な運転でタイヤがパンクし、移動する手段がなくなった頃に助けはやってきた。


「状況はどんな感じですか?」


 リコが部下を引き連れて現れた。


「砂を自在に操ることが出来るみたいですが、見た目ほどの脅威は感じませんね。ただ、見てお分かりの通り骸骨化しているんですよね。そこがちょっと気がかりです」


「どちらにしろ、攻略法を見つけないとですね。本格的な戦闘はそこからです」


 闇雲に戦っても魔力を消費するだけなので、魔力の高い俺とリコが先陣を切って敵に近づく。人間とは思えない跳躍力でジャンプし、リコは岩をも砕く拳で攻撃が通りそうな箇所を探っていく。俺は空間魔法でそのサポートだ。


 リコと連携するのはこれが初めてだったが、一戦交えて彼女の戦い方は把握したので、動きを合わせるのはそんなに難しくなかった。


「どうでしたか?」


 戻ってきたリコに俺は尋ねた。


「おそらく、不完全な形で蘇ってしまったために、使える魔法に限度があると思われます。しかし、怪我の功名とでも言いますか、骸骨化したことで無敵になっているみたいですね。正面からやりあうのは賢明ではないでしょう」


「手の打ちようがない感じですか?」


「顔の部分に魔法陣が見えますよね? あれが術者と魔物を繋ぎ合わせている部分になります。私の攻撃でも歯が立ちませんでしたし。術者を見つけて殺すのが一番手っ取り早いでしょうね」


 それはつまり、結菜を殺すと言うことか。


「そう言えば、あなたの恋人さんでしたね? まだ気持ちの整理がつきませんか?」


「いえ、そういうわけではないのですが……」


 結菜がまだ近くに潜伏していることは間違いない。しかし、今から彼女を探すとなると、その間、暴れ回る魔物はほったらかしになる。


 不完全な状態で魔法が発動したということは、結菜も魔力を失って相当弱っているはずだ。見つければ倒すことは難しくないだろう。ただし、あくまでそれは見つけることが出来たらの話で、そう上手くいくとは思えない。


 探知が使えるモモがいれば状況も変わっただろうが。


「もう一つ手がないわけではないですが、ただ、こっちはこっちでリスクが伴いますよ。上手くいけば犠牲を出さずに済むかもしれませんが」


「訊いてもいいですか?」


「倒せないのであれば封じてしまうのです。あなたの時空間魔法のように、魔力を制御できる光魔法と魔力を取り込む闇魔法を合成してね。一護くんがよく使っていた魔法なのですが。彼の細胞を移植された双子さんが力を合わせればそれを再現できるかもしれません。あなたの大切な生徒なので判断は任せます。その方法で行くなら我々が時間を稼ぐので、合成の仕方をレクチャーしてやってください」


 二人の成長は感じられているし、試してみる価値はあるかもしれない。不安要素の多いエーテルにやれるかどうか訊いてみた。


「ボクは……、正直、自信はありませんけど、兄ちゃんとなら出来る気がします」


「ジエチルは?」


「俺は、いつでも行ける準備をしてますよ。そのために頑張ってきたんですから。俺にモモの代わりが務まるとは思いませんが、この力がみんなの役に立つのならやりたいです」


 手のひらを合わせて魔法を合成する。南京錠を介して繋がる俺たちの時空間魔法と違って、ピッタリ息を合わせる必要があるわけだが、この二人にとってはなんてことないこと。魔法の合成に必要なのは才能や経験値ではなく、お互いを理解して信じあう絆だ。


 二人の魔法が共鳴してチカチカと光が点滅する。お互いの魔力を分け合って、半分半分にすることに成功したようだ。


「それで、この後はどうすればいいんですか?」


 説明するためにリコが帰ってきた。


「二人の魔力を合成することは出来ましたか? それでは、ここから魔物の封印に入ります。本来は闇魔法で相手の魔力を完全に奪い、光を帯びた武器で浄化するというやり方、光と闇、効果が異なる陣を重なるように張って封印するというやり方があるのですが、今回はいろいろと不確定な部分が多いので、魔物に直接魔力を送り込む必要があります。闇魔法を持っているエーテルちゃんは楠さんと一緒に敵の正面から攻めてください。光魔法を持っているジエチルくんは私と一緒に敵の背後に回り、対となる属性で蓋をします。魔物に必要な入れ物は南京錠で問題ないでしょう」 


 失敗が許されない場面ということもあって、エーテルはブルブルと震えていた。成功するイメージがないというよりも、なんでも悪い方向に考えてしまうのだろう。明るく振舞っているのは自信無さの裏返しで、生徒の中で見ていて一番心配になるのがエーテルだ。


「大丈夫、きっと上手くいくから」


「先生……」


 俺には空間属性によるテレポート、リコには無属性による圧倒的な機動力があるので、敵に近づくことはさほど難しくない。一番の問題は一定時間が経過すると標的が砂の中に潜り、手出しができなくなるという点だ。


 地上に現れてから砂に潜るまで十秒足らず、それまでに勝負を決めなければならない。


 エーテルを背中に担いで行動を開始する。風魔法と空間魔法を駆使して空中にいる砂漠の主に近づく。


 不完全な復活で防御力はバグり散らかしているが、リコの言うように使える魔法に限りがあるのか、攻撃に関しては規則的で予測可能。足元に砂地獄を発生させて地中に埋めようとするか、砂を操って津波を作りだすか、硬度を上げた砂を弾丸のように飛ばしてくるか、おおよそこの三パターンしかない。


 とはいえ、砂漠地帯では向こうが圧倒的有利、空間転移を連続で使用するのはリスクが大きいが、そんなこと言っていられる状況ではない。


 テレポート初体験のエーテルには酷な作戦だったのか、彼女は俺の背中の上で嘔吐した。魔力を合成する場合と同様に、魔力を共有する場合も他者との絆が必要になってくるが、この酔う感覚は空間魔法の独自のもので、慣れない者がこうなってしまうのはどうしようもない。


 申し訳なさそうにエーテルが謝ってきた。


「全然気にしなくていいから。それより、集中力を切らさないようにね」


 気持ちが切れる前に勝負を仕掛けなくては。


 宙に浮く砂漠の主に近づくことは出来たので、エーテルを空間魔法で所定の位置に転移させる。エーテルが闇魔法を帯びた手で魔法陣に触れると、砂漠の主の魔力が乱れ、攻撃の手が止まる。予知のことがあったので不安だったが、その隙に反対側で奮闘していたジエチルも所定の位置にたどり着くことが出来たようだ。


 光と闇、対となる双子の魔力が繋がり、魔物を封じ込めることに成功する。周りは封印が成功してお祝いムードだったが、用心深い俺はその輪の中に入れなかった。確認のために魔物を封じた南京錠を拾いに行く。


「釈然としない顔をしていますね?」


 リコが訊いてきた。


「ピンチというピンチがなかったんでね、まだ終わった感じがしないと言いますか……。しばらくは緊張が抜けそうにないですね」


「復活した魔物も不完全な状態でしたし、予知を知るあなたが行動を起こしたことで、いろいろと未来が変わたのかもしれませんね」


 だといいんだけど……。


「先生、エーテルの魔力が溢れ出ています!」


 その言葉の意味を理解するのに数秒かかった。気づいた時にはすでに手遅れだった。エーテルの腕がリコの腹部を貫通していたのだ。魔力を吸収する闇魔法の前では、刃物すら通さないリコの強靭的な肉体も意味をなさない。


 エーテルは呆然と立ち尽くす俺から魔物を封印した南京錠を奪うと腕を一気に引き抜いた。返り血を浴びたおかげで我に返ることが出来た。俺は空間魔法でリコを連れて間合いを取る。


「先生!」


「分かってる!」


 エーテルのことは常に注意していたつもりだけど、こうなってしまったのは俺の責任だ。状況に流されずにちゃんと手綱を握っておくべきだった。


 即死でもおかしくない傷だけど、驚異的な生命力のおかげでまだかろうじて息がある。僅かだが可能性はまだ残っている。あの状態のエーテルは近づかなければ攻撃してこないはず。


「ジエチル、エーテルのこと頼めるか?」


 待ってくださいとリコは俺の手首をつかんだ。


「これもまた運命。私の役目はここまでのようです。後は若い人たちに任せます。ミーアのことどうかよろしくお願います。わがままですけど、思いやりは人一倍強い子ですから」


 やはりそうだ。この人は未来を変えようとしていない。


 模擬戦の時は骨が砕けても勝負を諦めなかったのに、まったく真逆の行動を取る彼女。まるで死を望んでいるかのように、自分の運命を受け入れている。


 しかし、ここで彼女を死なるわけにはいかない。ミーアをこれ以上悲しませたくないし、このままではエーテルが人殺しになってしまう。


 向こうの状況が分からないので、このままリコと一緒にアクアのところまで飛ぶか、彼女をここに呼び出すかの二択で迷っていると、居残り組の真綾とロイドが馬車に乗って現れた。


「どうしてここに……?」


 真綾の登場に一番驚いていたのはリコだった。


「決められた未来を変えるのは余計な混乱を招くと、そう仰っていたじゃないですか?」


 真綾は魔力を帯びた手でリコの傷口に触れ、逆再生魔法で傷を元通りにした。


「まあ、そうなんですけどね……。争いの絶えないこの世界において信用できる人間は貴重ですし。あなたにここで死なれてミーアが使い物にならなくなってしまっては、あなたとの約束を果たすことが出来ませんからね」


「先生、まだエーテルが!」


 頭の整理が追い付いていない俺と違って、真綾は予めこうなることが分かっていたかのようにあなたの出番よとロイドに指示を出した。


 ロイドはてくてくと迷いのない歩幅で歩き、エーテルの首筋に注射器を打った。意識を失った彼女を抱き抱えてロイドは戻ってきた。制御の利かないあの状態のエーテルをあんなにあっさりと。いったいどうなっているんだ。


 どういうことかは真綾が説明してくれた。


「あの状態のエーテルは感情がなく、近づいた者を無差別に襲う傾向にある。野生の防衛本能が働いているのか分からないけど、闇属性の魔力吸収であの状態を維持しようとしているであれば、魔力のないロイドくんには危害を加えないんじゃないかと思ったんだけど、どうやら、私の仮説は当たってたみたいね」


 リコを攻撃したのも南京錠が目当てで、敵意があったわけではないということか――。より強い魔力に反応しているのであれば、原因もその辺りにありそうだが、いつ発作が出るか分からないのが怖いところだ。


 俺は訊いた。


「注射器の中身はジエチルの血?」


「彼の血を参考に作った鎮静剤のようなものかしら。瑞希くんに生徒のこと任せっきりになっているけど、私も遊んでいるわけではないのよ」


 その点に関しては疑っていなかったけど、予知に関しては半信半疑だった。ひとまずこれで安心だ。


「瑞希くん、至急アクアを呼んできてくれる」


「傷もふさがったし、もう大丈夫なんじゃ?」


「これはあくまで一時的な処置に過ぎないわ。あなたの空間魔法と同じでいろいろ制限が厳しいの。魔法の効果が切れればぶり返す」


「分かった」


 向こうの状況も気になっていたところなので、俺はテレポートで二人の元に向かった。最悪の結果になってなければいいんだけど。

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