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転移者の教え子  作者: 塩バター
第四章
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第35話 賢者の遺跡

 砂漠の主と言われるモンスターが過去に存在したというのはリコも知っていたようだが、昔過ぎて詳しいことは分からないとのこと。ただ、何も情報がないわけではなく、砂漠の東側にある賢者の遺跡に行けば亡骸が眠っているので、何か分かるかもしれないと言う。


「それはどういった遺跡なんですか?」


「初めて上限に達した魔法使いが作ったとされる遺跡で、東西南北、それぞれの国に同じ形の遺跡が存在します。何のために作られたものなのか、経緯も目的もまだ分かっていませんが、そこには上限に達しき者の予言が記されていて、未来を暗示するものではないかと言われています」


「予言って、勇者様に関するあれのことですか?」


「それは北の国にある遺跡だと言われています。ここにあるのは別の人物の予言ですよ。一護くんは邪龍を倒して名実ともに勇者になりましたけど、上限に達しき者は彼一人ではありませんので」


 予言のことも気になるところだが、今は忍び寄る脅威に対して対策を練るのが先だ。


 上限クラスの魔物と言えど、攻略法が分かれば邪龍戦の時のように慌てることはないし、取引で手に入れた情報を無駄にしないためにも、必要と思えることはやっておいたほうがいい。


「それはつまり、遺跡を調べに行くってことですか? ミーアはともかく、関係ないあなた方を国のごたごたに巻き込むのは気が引けますね」


「そんなに危険なところなんですか?」


「いえ、難易度自体は大したことないのですが、そこにいるのが魔物だけとは限りませんから」


 錬金術を使うには錬成するための素材が必要だ。遺跡の中に結菜が潜んでいる可能性は高い。


「考えようによっては、計画を未然に防げるかもしれないってことですね?」


「言うまでもなくそれが理想ですけど、その協力者というのが引っ掛かりますね。もしこれがあなたや私を誘い込む罠だとしたら袋のネズミ。悪党の言うことを鵜呑みにすると痛い目見ますよ」


 双子の血液サンプルは渡したので、取引は既に成立しているが、俺がこの取引に応じたのはこちらに不利な条件がなかったからだ。ヒースを信用したからではない。


 双子の血を何に使うつもりなのか分からないが、あの真綾でも解明できていない謎を先に解明できる人間がこの異世界にいるとは思えない。組織が対立しつつあるらしいので、交換条件を出したのはついでで、単に結菜のことを陥れようとしているだけかもしれないけど、この取引には何か裏があると考えるのが自然だ。


「かといって手をこまねくわけにもいかないでしょ。明日にでも、俺が調べに行ってきますよ。空間魔法があれば最悪なんとかなると思うので」


「あなたになら私も安心して任せられますけど、どうして我々のためにそこまでやってくれるのですか? 真綾ちゃんの妹とは恋仲だったと聞いていますが、それと何か関係が?」


 ぶっちゃけそれもあるけど。


「そういうあなただって俺たちのために、いろいろ動いてくれているじゃないですか? 困った時はお互い様ですよ」


 ふふふ、とリコは含み笑いを浮かべた。


「何かおかしいですか?」


「真綾ちゃんの言うことが少し分かっただけです。もしあれだったら、ミーアも連れて行ってください。あんなのでも少しは役に立つかと」


「そんな危ないところに連れて行くわけないでしょ。アムールの教育方針は知りませんが、あんな思いをするのは一度で十分ですよ」


「ああいうことがあった今だからこそ、一致団結の心が必要なんじゃないですか? あなたは優秀で聡明な方だと思いますけど、一人で背負い込むには限度がありますよ。正しくあればあろうとするほど敵は増えていくものです。そうやって悪しき心は広がっていきます。子どもは純粋で何色にも染まります。しかし、その純粋さに助けられることもあると思いますよ」


 忠告を無視するわけではないけど、賢者の遺跡には一人で行くことにした。まずそうだったらすぐに撤退するつもりなので、そのほうがかえってやりやすいからだ。


 運び屋として働いていた頃は、一人で行動することが多かったので、自分以外背負うものがないこの感じが懐かしい、教師になった今のほうが充実した時が過ごせているけど、善悪を天秤にかけるのが苦手な俺は、一人でいるほうが性に合っているのかもしれない。


 なんてことを考えながら宿舎出たのだが、すぐ誰かにつけられているのに気付いた。初めて会った時から少しも成長していないミーアに俺は言った。


「悪いけど、今回は俺一人で行くよ。こっそり後をつけてきてもつれていかないからな」


「先生、探知魔法も使えたんですか!」


 そんなの使わなくても分かると思うけど。


 物陰に隠れていた双子とアクアも現れ、ミーアが近づきすぎたせいだと非難する。突出した才能を持つ彼女が精神的支柱になってみんなを引っ張ってくれれば俺も楽なのだけど、彼女にまだ荷が重かったようだ。


 アクアが代表して言った。


「先生、リコ様から事情は聞きました。私たちも連れて行ってください! 先生を守ることが出来るのは私だけです!」


「だから、駄目だって言ってるでしょ」


 ミーアがジト目で睨みつけてきた。


「モモッペは連れて行ったくせに、私たちは連れて行ってくれないんっすね?」


 モモがああなったから言っているのだが。


 そんなことこの子たちも分かっているはずなのに、じっとしていられないのだろう、四人ともついてくると言ってきかなかった。


「何で俺が一人で行こうとしてるか分かる?」


「私たち以外に友達がいないからですか?」


 エーテルが真剣な空気をぶち壊した。


「違うわ! 一人のほうが逃げやすいからだよ。別に俺は無茶する気はないの。やばそうだと判断したらテレポートで脱出するつもりだから、仲間がいたら逆にやりづらくなるわけ。分かったなら大人しく部屋で待ってろ」


「よーくわかりました。先生と絆の深い私たちなら魔法の共有も簡単というわけっすね。仕方ないのでついていってあげますよ。他でもない先生の頼みとあれば仕方ありません」


「ボッチだからって気にすることないですよ。ボクたちは先生のこと尊敬してやまないので。卒業しても定期的に先生に会いに来ますから。自分から一人になろうとしないでください」


 生徒が言うことを聞くように、近すぎず遠すぎず、適度な距離感を保っていたつもりだったが、俺の小さな努力は実を結ばなかったようだ。


 無駄ですよとジエチルが言った。


「この二人、先生と対等なつもりなので、先生の言うことなんて聞きやしないですよ」


「対等というか、大分下に見てない?」


 ミーアは天然だからまだ許せるけど、エーテルは俺のこと完全に舐めているだろ。


「気のせいですよ。だよね、ミーア?」


「先生は私たちにとって憧れの存在です」


「憧れの存在なら俺の言うことを聞けよ。逃げろって言ったら絶対に逃げること。俺のことを見捨てろって言った場合も同様だ。何か気になることがあったら必ず報告する。以上のことが守れるんだったら連れて行ってやる」


 大好きだの愛してるだの口では言うが、遠くのほうからひそひそ話が聞こえてくる。


「エーテルの言う通り、先生、押しに弱かったっすね」


「言ったっしょ。兄ちゃんと同じ匂いがするって。例の元カノさんと付き合ったのも、きっとグイグイ来られて断り切れなかったんだよ。アクアももっと積極的ならないとね」


 悲しくなってきたので聞こえてないふりをした。


 結局、生徒を引き連れて遺跡に向かうことに。道中は改造した馬車に乗って移動する。遺跡のある砂漠の東側は砂嵐がひどかったが、地図を頭に叩き込んできたので、一度も迷うことなく目的地にたどり着くことが出来た。


 賢者の遺跡は鳥居の形をした石の建造物が無造作に立ち並んでいるだけの寂しげな場所だったが、小さいものから順番にくぐっていくと、地下へと続く隠し通路が現れた。探索を始める前にワープマーカーを入口に設置し、なるべく俺の元から離れないように言い聞かせる。


 遺跡内は魔物の数は控えめでレベルも低いが、パズル的な仕掛けが施されていた。ミーアは一度ここに来たことがあるらしいが、覚えていないようなので自力で解いていくことに。


 仕掛け自体はどれも単純だったので、遺跡攻略は行き詰まることもなく順調そのもの。生徒たちの緊張が途切れないか不安だったが、アクアだけは常に気を張り巡らせていた。


「魔物が生きているってことは、今ここにいるのは私たちだけってことでしょうか?」


「うーん、どうだろうね……」


 倒すまでもないモンスターばかりなので、相手にせず素通りした可能性も高い。実際俺たちも魔力を消費しないように無視を徹底する。謎解きも順調で遺跡の奥へと進むと、影一つ出来ない真っ白な空間にたどり着いた。


 中央に女性を模した石像が立っていて、この空間だけ他と明らかに造りが違った。異世界の歴史についてはまだまだ勉強不足なので、生徒にこれが誰なのか教えてもらった。


「先生、この人のこと知らないんですか? この人は初めて上限に達したとされる魔法使いですよ。モモたちぺスカのご先祖様で、名前はカトリーヌ。勇者様とは逆で、異界の扉を開けて現実世界に行ったと言われています」


「じゃあ、この人がこの遺跡を作った人で、ここに予言を残した人物ってわけだ?」


 アクア以外の三人も知らなかったようで、へー、と感心したようなリアクションを取った。


 予言はどこだろうと石像をくまなく調べる。それっぽいものは見つからなかったが、俺が石像に触れると光の文字が浮かび上がった。


 予言の内容は以下のようなものだった。


『あなたを心より愛する者が三人現れる。その内の一人とあなたは結ばれるだろう。偽りのない真実の愛があなたを上限へと導く。


 生と死は隣り合わせ。不完全なあなたが条件を満たすには、死者との契約が必要だ。


 あなたが愛した者は四つの国の頂点に君臨する。偽りの過去を断ち切り真実に目を向ければ、選択を間違えることはないだろう』


 真綾から勇者様の予言は聞いたことあるけど、これはいったい誰のことなのだろう。リコから何か聞いていないかミーアに尋ねてみる。


「どれもややこしい言い回しをしているので、はっきりとしたことは分かっていないとか。もっと分かりやすい表現をしてくれたらいいのに。先生もそう思いません?」


「そうだな」


 こればかりはミーアに同意だった。


 これでは何が何だか分からない。四つある遺跡を全部回れば何か分かるかもしれないが、今はそんなことしている余裕はない。


 アクアにお願いをしてメモを取ってもらう。真綾に訊けば何か分かるだろうと思ったのだが、教えてくれたのは妹のほうだった。


「それはこの時代のことを暗示したものですよ。四人の上限に達しき者が現れた時、運命の扉が開かれると言われているんです。先輩はもう少し異世界に興味を持つべきですよ」


 自ら切断した左腕が元に戻っている。お得意の錬金術で代わりとなる腕を一から作ったのだろうか。


 勉強嫌いで遊ぶこと優先だった結菜だが、魔法に対する探究心は誰よりも強かった。だからここまで強くなったと言えるし、自信がついてきた要因の一つと言えるだろう。


「先輩とこんなところで会うなんて。やっぱり私たちは運命の赤い糸で結ばれているんですかね」


 お元気そうで何よりと俺は皮肉を言った。こういう形での再開を望んでなかったのは彼女も同じようで、迷惑そうにこう言った。


「わざわざ会いに来てもらって申し訳ないんですが、今は先輩と遊んでいる暇はないんですけどね……」


「ここで魔物を生き返らせるつもりか?」


「どうしてそれを?」


 てっきり罠にはまったのかと思ったけど、この反応を見る限り待ち伏せしていたわけではないようだ。つまり、ヒースは白ということか。


 ということは、これから結菜がしようとしていることも全部本当だということだ。結菜からしたら俺たちがいるこの状況はおかしいわけで、隣にいるヒースを疑いにかかる。


「おい、こいつらがここに近づいていること、探知魔法を使えば分かったんじゃねえのか? てめえ、私を裏切ったんじゃねえだろうな」


 お言葉ですがとヒースは反論する。


「探知魔法はかなり魔力を消費するので、そんなに頻繁に使える魔法ではないのですよ。こちらの情報が洩れているということは、裏切り者がいると考えるのが自然でしょうが、疑わしい人間は私の他にもいるのでは?」


「例のサトミとかいうやつのことか?」


「さあ? それは分かりませんが、この者どもはあなたのお姉様の手先ですからね。彼は我々に対して協力的でもありませんし、誰かの命令でこちらの内情を探っているのかもしれません」


 白々しくヒースは答えてみせた。


「私は奥の部屋で錬金術の準備に入る。お前が本当に私に忠誠を誓っているというなら、命懸けでこいつらを足止めして見せろ。私の右腕ならそのくらい出来て当然だよな? 口ではなく行動で身の潔白を証明しろ」


 かしこまりましたとヒースは頭を下げた。


 遺跡の奥へと消える結菜を追うか迷ったが、今は自分たちの出来ることを見つける局面だ。リスクを負う必要はまったくない。


「あいつ、何か焦っているように見えたけど?」


「上限に達した結菜様と言えども、錬金術を使って伝説級の魔物を生き返らせるとなると、おそらく一度の魔法で魔力を使い切ってしまいます。当然、魔法を使っている間は無防備ですし、これまでの苦労が水の泡になるのは、彼女としても望んではいないのでしょう。しかし……、この相手に時間を稼げとは、まったく無茶なお願いをしてくれるものだ。彼女にとって部下など使い捨ての駒なんでしょうね。私はこんなところで死にたくありません。見逃してくれませんかね? 私たちが戦う理由なんてないではありませんか?」


 ジエチルが耳元で囁いてきた。


「先生、警戒を怠らないでください。協力したのはお互いの利益が合致したから。ラビ人はこうやって人を操るんです」


「分かってる」


 俺の空間属性を複製できるのなら、テレポートで何時でも逃げられると思うのだが、シドと同化している状態では使えないということなのか。なんにせよ、これはチャンスだ。


「俺たちは君らの計画を阻止するためにここに来た。一度手を組んだからと言って容赦はしないよ。命を見逃す代わりに俺と再び取引をするっていうなら話は別だけどね」


 ヒースはニヤリと笑った。


「もっと感情的な方かと思っていましたけど、意外と冷静ですね。それで、次は何の情報が欲しいのですか? 魔物に関する情報ですか、それとも、サトミに関する情報ですか?」


「情報はいらない。俺が求める条件はただ一つ、乗っ取ったシドの身体を解放しろ」


「教え子でもなんでもないこの男を助けたいと? 理解に苦しむ判断ですね」


「取引をどう使おうが俺の勝手だ。この条件に応じられないのであれば取引はなしだ。お前を殺して結菜の後を追う」


 無論、殺すつもりなんてない。複製属性を持つ貴重な戦力を使い捨てにするとは思えないので、結菜だってそれは分かっているはずだ。分かっているから彼だけ残して去った。


「なるほど、噂には聞いてましたが、甘いお方のようですね……。いいでしょう、新しい依り代候補を手放すのは勿体ない気もしますが、自分の命には代えられませんからね」


 そう言ってヒースは魔法を解いた。

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