第34話 招かれざる客
最強と謡われるリコに勝利したことで、我々への注目度は一気に上昇した。真綾もここにはよく出入りしていたようだけど、噂が一人歩きしているだけで、実際は大したことないのではと思われていたようだ。
そういう俺も真綾と手合わせしたことはなく、本人の面倒臭がりな性格もあって、こいつ本当に凄いやつなのかと思うことが多々あるので、その評価も致し方ないのかもしれない。
実力が証明されたといっても、俺や真綾に対する興味が学校の教育に移行するわけではない。本番はむしろここからだ。
単細胞な人間が多いアムール人に対し、堅苦しい授業をしても退屈させるだけなので、まずは俺たちがやっていることに興味を持ってもらおうと、鍵や南京錠と言ったアイテムは使わずに、こっちの文化に触れてもらうことにした。
もっとも盛況だったのはアクアのゲームコーナーだ。アクアはゲームをすると人格が変わるようで、対戦相手をコテンパンにして高笑いを決めた。
「先生、私の成長っぷり見ててくれました?」
「うん、見てたよ……。既に名人の域に達しているんじゃないの?」
へへん、とアクアは得意げに胸を張る。
彼女を指導している立場としては、その情熱をもっと別のところに向けてほしいのだが。負け知らずの彼女は次第に歓声を浴びるようになり、かなりの盛り上がりを見せていた。
次に人気だったのはミーア担当のゴーカート。ゲームほど経験値がものを言わないので、勝ったり負けたりの競った熱戦を繰り広げていた。
双子は小学校でやるような理科の実験、俺はリコの強い希望により臨時教師として将来有望な若者たちの指導することになった。短期間で教えられることなんて限られるので、軽く手合わせして気になるところを指摘した。
南の国で行われた出張体験入学だけど、よその国から来た人間もちらほら見受けられた。モモの突然の死で予定が狂ったとはいえ、真綾とリコが予め宣伝してくれていたようで、他国からわざわざ来てくれた物好きもいた。
その中には見知った人物の姿も――。無事だったのかと俺は声をかけた。
「どうやら、勘が鈍っているようですね。そんなことでは大切な生徒をまた失いますよ」
「お前は……」
身の毛がよだつとはこのことだ。
見た目はダナモ族のシドで間違いないが、俺の知る彼は年上だろうと敬語を使ったりしない。つまり、この男は偽物だということだ。自分の心を投影して相手を支配する魔法。対抗戦でエーテルが自分を見失った魔法だが、他人を乗っ取ることも出来るとは驚きだ。
身の危険を感じて間合いを取る俺にヒースは。
「おっと、こちらに戦いの意思はありませんので、そう身構えないでください。私はあなたと取引がしたくてはるばるやって来たのですから」
「取引だと……」
場所を移動したいと言ってきたので、人気のない路地裏で話すことになった。
「近日中に、南の国で恐ろしいことが起きます。あなたが私の取引に応じてくれるのであれば、その詳細について教えてさしあげますよ」
「そんな計画を企てる人間を信用しろってのか?」
「計画を企てたのはあなたの恋人さんですよ。――これは失敬、元、恋人さんでしたね。我々部下はそれに従うのが仕事ですので、好き好んでやっているわけではないということをご理解ください」
恋人であれば彼女が何を求めているのか、分かりそうなものだけど、俺には結菜が何をしようとしているのかちっとも分からなかった。振られて当然なのかもしれないけど、今はそんなことで落ち込んでいる場合ではない。
彼女と俺の未来が交わることはなかったが、彼女がこの国の人間を傷つけようとしているのなら、黙って見ているわけにはいかない。
探りを入れるために俺はこんな質問をした。
「お前らの長は勇者様、桜井一護だろ?」
「私たちの長はその方で間違いありませんが、結菜様が上限に達したことで、我々の組織は勇者様派と結菜様派で分裂しかけているのです。元々言うことを聞かなかった結菜様ですが、最近は目に余るようになってきましてね、それが今回の暴走に繋がるというわけです」
「つまり、君は結菜に仕えてはいるが、勇者様派で、結菜を蹴落としたいと考えているわけだ?」
クックックとヒースは不敵な笑みを浮かべた。
「そうですね、そういうことにしておきましょう」
リコの最悪の未来を聞いてしまったために、信用できないからと言って追い返すわけにもいかなかった。
俺は言った。
「取引に応じるかはそちらの条件次第だな」
「なーに、そんな無茶な要求はしませんよ。エーテル・ウォーカー、並びにジエチル・ウォーカー、彼らの血を分けて欲しいだけです」
「二人の血を手に入れてどうする?」
「あなたはまだ彼らの価値を分かっていないようですね。彼らは勇者様が行った人体実験の成功例として魔法の在り方を変える存在になりえます。妹のエーテルはその兆しを見せ始めていますが、兄のジエチルはまだ見せていません。手荒いやり方はあなたも望まないでしょうから、こちらでいろいろ調べてみようかと思いまして」
組織の中がどうなっているか分からないが、彼のこの行動は自分で自分の首を絞めているわけで、リスクとリターンが見合わっていない気がする。それとも、彼が言うようにこの考え自体が間違っているのだろうか。
人体実験で辛い目にあった双子だが、真綾の研究にも文句も言わずに付き合っているので、事情を説明すれば協力してくれるだろうが、大事な生徒を取引の材料には使ってよいものか、悪い取引ではないので判断が難しいところだ。
「今すぐ答えは出せないでしょうから。返事は後日ということで。繰り返しになりますが、私個人はあなたたちに敵意はありません。良い返事を期待してますよ」
感情で判断して良い場面ではないけれど、リコを助けたいという気持ちが今は強かった。
*
俺に持ち掛けてきた取引ではあるけど、南の国はミーアの故郷であり、ヒースが出してきた条件は双子に関わることなので、取引に応じるか否かは生徒と相談して決めることに。
血を分ける程度ならと双子は協力的だったが、正義感強いミーアは悪人と取引することに否定的だった。自分を強く持っているミーアだが、最終的な判断は俺に任せてくれた。大切な友達を失ったことで考え方も変わったようだ。
「先生はどうするべきだと思っているんですか?」
この中で一番年上のアクアが代表して訊いてきた。
「俺は……、悪くない取引だと思うな。ジエチルとエーテルには迷惑かけることになるけど、失うものより得るもののほうが大きいからね」
「だったら、迷うことなんてなくないですか? 私たちは先生の判断を信じます。だって、先生は私たちのことを一番に考えてくれてるでしょ。私はその気持ちが一番だと思います」
生徒はまだ俺のことを信じてくれている。ならば、その期待を裏切るわけにはいかない。
感情的なミーアとアクアは取引には向かないし、エーテルは彼の魔法で一度痛い目を見ているので双子を一緒に連れて行くのは危険だ。
生徒たちは俺に付いていきたがっていたが、ヒースとは俺一人で会いに行くことにした。落ち合う場所はモモと初めて会った例のパブだった。あそこは砂漠を超えた平原にあり、俺を誘い出すための罠とも考えられるわけだが、空間転移が使える俺相手にそんなことするとは考えにくいので大丈夫なはずだ。
そこで待っていたのはダナモ族のシドだった。どうやら、彼の洗脳はまだ解けていないみたいだ。適当に注文を済ませ、俺は訊いた。
「ずっとその状態でいるつもりなのか?」
クックックとヒースは癇に障る笑い方をした。
「私の投影魔法はちょっと変わった魔法でして。あなたも知っての通り、本来、魔法の強さはレベルや魔力の高さに比例するのですが、私の投影魔法は魔法をかける相手との相性によって効果の度合いが変わるのです。ダナモのヒースと私は思考が似ていたのか、魔力の減った彼の身体を乗っ取ることが出来ました。ここまで身体を支配できたのは初めてで、ずっとこのままでいいと思うくらい私のマナにフィットしています」
「疑問なんだが、その状態で死んだらどうなる?」
「おっかないことを考えますね。今の私たちは完全に同化している状態ですので、彼が死ねば当然私も死ぬことになります。しかし、それはあなたも望んでいないはず。ここは取引の場、お互いの利益になる話をしましょう」
自分の意志で魔法を解くか、魔力がなくならない限り魔法が解けることはないとのこと。乗っ取った相手の能力を引き出せるので便利だと言うが、この状態で来たのは取引を有利に進めるための人質として利用するため。
シドは俺の生徒というわけではないが、こうなる原因を作ったのは俺たちなので、どうにかして助けてやりたいけど、今はリコを死の運命から救うことだけに集中しよう。
「それで、リコ様をどうやって暗殺するつもりだ? あの人の実力は相当なものだよ。結菜に負けた俺が言っても説得力がないかもだけど、実力に差があるとは正直思えないな。ここは南の国、地の利だってこっちにあるわけだし」
「あなたこそ結菜様を侮っていませんか? 戦闘民族であるアムール相手に真っ向勝負を挑むほど、あの方も馬鹿ではありませんよ」
結菜を馬鹿だと思ったことは一度もないけど、怒りに任せて自分を見失うのが彼女の弱い部分だ。そんな彼女に俺は同情してしまう傾向がある。
結菜を救いたいという気持ちは今も変わらない。だからと言って、感情に流されては駄目だ。彼女が俺を敵だと認識している以上、俺も彼女を敵だと認識しなければならない。
「現在、南の国は砂漠化で大変だそうですね。その原因が何かあなたはご存じですか?」
「さあ? 俺は別世界から来た転移者だからね。運び屋時代にいろいろ旅をして回ったけど、ダンジョン攻略が主で国のことはさっぱりだよ。俺たちをここに招待したってことは、落ち着き始めているってことなんじゃないの?」
自分の娘が通っている学校のこととはいえ、リコは国のことを優先しなければいけない立場。俺たちに構っている暇などないはずだ。
あくまでそれは一時的なことに過ぎないと彼は言う。「――何を隠そう、あの原因を作ったのは結菜様に他ならないのですから」
「どういうことだ?」
「あなたは直接見たのではないですか? 結菜様の奇跡を可能にする魔法『人体錬成』を」
「かなり不完全なものだったけどね」
「ええ。上限に達した結菜様と言えど、人を生き返らせるのは簡単なことではありません」
無理とは言わないんだな。
「邪龍を倒した勇者様一行は伝説となりましたが、過去には邪龍と同じかそれ以上に強大な力を持った魔物が存在したと言われています。それが砂漠に生息する巨大なムカゲで、結菜様が自分の魔法の可能性を試すために蘇らせようとしている化け物というわけです」
科学で証明できないことを魔法というが、死んだ人間を生き返らせる、そんな魔法でも科学でも不可能とされることでさえ、上限に達しき者の力を駆使すれば可能となるのか。
勇者様が結菜に興味を持ったのは、その力を使ってテトラを生き返らせようとしているからなのか。そのために必要なのが肉体の記憶。推測ではあるが、大きく外れてはいないような気がする。
俺は訊いた。
「あいつはなんでそんなことを?」
「恋人だったくせにあの方の理解が低いようですね。あの方は自分以外誰も信用しちゃいませんよ。私がこの作戦を知ったのも、私の魔法が必要になる場面があるからであって、知らないことは答えられませんね」
「つまり、あいつの完全な独断というわけだな?」
「独断であり極秘の作戦になります。この計画を知っている人間は私以外ですと一人だけ。あなたもよく知っている人物ですよ」
サトミのことか。
「結菜様は彼を生田真綾の回し者だと考えています。尻尾を掴むまで泳がせるつもりのようですが、その反応を見る限り関係はなさそうですね」
「もし、サトミがこちら側の人間だとしたら、お前と取引する必要なんてないだろ」
そうだと信じたい。
「あの方にとって魔法とは、自分の価値を証明するもの。そういう意味では科学者と同じなのかもしれません。そこに可能性があったから試す。南の国をターゲットにしたのはおそらく、リコ様があなた方に近しい人間だからではないでしょうか? 結菜様にとって生田真綾という姉は、それほどまでに目障りな存在なのでしょう」
計画は一週間以内に実行されるそうで、それまでに対策を講じておくように勧められる。彼は協力者であって寝返ったわけではないので、これ以上の情報は得られなかった。
これが本当か嘘か今は確かめようがないので、約束していた通り双子の血液サンプルを渡した。ヒースは満足した表情を浮かべながら、二人分のお代を置いてその場を去った。




