第4話 勇者と同じ力を持つ少女
モモに先を越されたのが悔しかったのか、鍵を開けられるようになるまで放課後修行に付き合ってほしいとミーアにせがまれたので、木に横たわって彼女を見守っていたのだが、連日の慣れない業務に疲れがたまっていたのか、何時の間にか眠ってしまったみたいだ。
この世界に来る前の夢を見ていたが、起こしてくれたのは異世界生まれの女の子だった。ごめんと居眠りの件を謝罪し、俺が寝ている間、彼女がどんな調子だったのか、ライバル認定されて困っているモモに尋ねた。
「うーん……、まだ先は長そうですね」
才能が突出しているミーアの場合、鍵を開けられるようになったところで恩恵がほとんどないのでそんなに焦る必要ないのだが、モモによると、彼女には一刻も早く強くならなければならない理由があるそうだ。
そのやる気を少しでも勉強に向ければ、すぐに使いこなせるようになると思うのだが、彼女は考えるよりも先に行動するタイプなのだろう。
「君は、一緒にやらなくていいの?」
「私は、あんまり興味ないかな……。それより、この前言っていた異界の扉を開ける方法というのを教えてくれませんか? 私、一度でいいから向こうの世界に行ってみたくて」
現実世界に行ってみたい、そんな子もいるんだな。
真綾の希望で向こうの歴史や文化も教えているので、それで興味を持ってくれたのかもしれない。
「異界の扉を開ける南京錠は特殊で、必要最低限の魔力があれば誰でも開けられるようになるよ。上限に達しき者って聞いたことあるでしょ? 実際はその資格があるものだけが異界の扉を開けられる特別な力を得るんだけど、俺たちの持っている鍵と南京錠はもれなく勇者様の血液から採取したマナ、いわゆるエネルギーの結晶体が中に組み込まれていて、その力を借りることで開錠する仕組みなんだと」
詳しくことはあいつに聞くといいよと、最終的に説明を他人に丸投げする俺だった。
「勇者様ってどういうお方なんですか?」
「さあ……、俺は直接話したことないから。もしかして、勇者様に憧れてこっちの世界に興味を?」
「あっ、いえ、そういうわけでは……」
現実世界に行ってみたいという彼女の決意は固いようなので、ミーアにコツを伝授してから、真綾に相談するべく科学実験室に向かった。
出迎えてくれたのは白衣を着た魔族だった。山ヤギのような角に、肩まで伸びた長髪。見た目は風格あるが、魔力がなく、使い物にならないと親に捨てられた悲しい過去を持つ。いくら勉強をしても鍵を開けることは出来ないが、学科の成績は学校で一番良いようだ。
「ロイドくん、白衣を着てるー。ギャップ萌えだね」
「怒るぞ」
照れくさそうにモモを睨みつける魔族に、真綾はいないのと尋ねた。
「モモの南京錠を完成させようと出張らったよ。そろそろ帰ってくる頃なんじゃないかな」
「そんなこと頼んだ覚えないけどな……」
真綾が戻ってくるまでの間、コミュニケーションがてら見慣れぬ機材ついて質問をする。真綾の助手を務めているだけあって、専門的知識は俺よりもありそうだ。彼からするとそれが不思議なようで逆にこのような質問をされた。
「先生は自分で作ったりしないんですか?」
「俺は成績良いほうだったけど、こんなこと出来るのは努力に努力を重ねた限られた人間だけだよ。あいつほど知識を詰め込まなくても、高ランクの魔法を使えるようになるしね。ただ、魔力の多い人間のほうが他の属性を引き出しやすいし。燃費も少なくて済むから、相手も同じ条件での勝負であれば、結局ポテンシャル勝負になりがちだけど。あいつの頭があればその問題も近い内に解決できるんじゃないかな」
「あら、そういうのは研究に命を懸けている年寄り共にお願いしてもらえないかしら。年齢的には私はまだ社会人一年目、結婚とか、他にもやりたいことがいっぱいあるんだから」
素材集めをしていた真綾が帰ってきた。
本気で言っているのか冗談で言っているのか分からないが、彼女にはウエディングドレスよりも白衣のほうが似合っている気がする。美人なので相手はいくらでも見つかるだろうけど。男より仕事優先の彼女が見つけてきたのは、物理攻撃でしかダメージを与えられないスライムから取れるゼリー状の塊だった。
「モモは光属性の魔法が使えるから、これを使って魔力封じの武器を作ろうと思って。モモも知っている通り光属性の魔法は、全ての属性に通じる魔法って言われていてね。極めればその人の魔力の値が分かったり、どこにいるか居場所を突き止めることも出来る」
「それはもちろん知っていますけど、探知は上級魔法なので、私のレベルで扱える魔法では……」
「天才が生みだした技術を誰でも手軽に使えるようにする。それが科学のあるべき姿なのよ。モモ。まだまだ課題は多いけどね」
一から作れば早くても一か月かかるところ、頭の中に完璧な設計図がある真綾は、素材に魔力を注ぐだけで南京錠を完成させた。早送りしたかのように完成していくさまを目の当たりにして、マッドサイエンティストという異名もあながち間違いではないなと思った。
「君の属性はチートってことでよろしいか?」
「時間よ。瑞希くんやミーアみたいに魔力は高くないから、大した力ではないけどね」
お前は存在自体がインチキなんだよ。
モモなら開けられるはずと、真綾は完成したばかりの南京錠を彼女に渡した。はあ……、とモモはしぶしぶ鍵を開けた。中から出てきたのは桃色のスナイパーライフルだった。
「モモみたいな美少女には似合わないけど、きっと役に立つわよ。南京錠にはレベルを強制的に上げるドーピング剤と、使用者の力を引き出すドーピングアイテムの二種類が存在するんだけど、これは私があなたのために作った後者のタイプね。今のモモの魔力だと射程は五百ヤードってところかな。探知を使いこなせるようになれば敵を丸裸に出来るから、どんな相手とでも対等かそれ以上にやり合えるわよ」
自分が強くなることに関心がない彼女は、異界の扉を開けて向こうの世界に行ってみたいという気持ちを真綾にも打ち明けた。
「モモ、向こうの世界に行ってみたいんだ。さすがに私は付き添ってあげられないから、瑞希くんにお願いすることになっちゃうけど。鍵狩りのこともあるから今はやめとくべき?」
「警備が厳重になっていると言っても、敵地に乗り込むわけではないしなー。ただ、俺の持っている鍵は本部で管理されているから、帰ってきたら分かるようになっているんだよね。そういうのってこっちでいじれんの?」
「私の作ったオリジナルのほうを使えばいいじゃない」
「さっきこの子に勇者様のマナを借りないと異界の扉は開けられないって話をしたところなんだけど、これって間違った認識だった? それとも、血液サンプル持っているとか?」
「モモ、まだ話してなかったの? 彼女は勇者様と同じ、上限に達しき者の器なのよ。きっかけさえ掴めれば鍵を使わずとも、自分の力で異界の扉を開けられるようになるわ」
才能ある子だなとは思っていたけど、まさか勇者様や結菜と同じ上限に達しき者だったとは。しかし、結菜と違って自慢する様子はなく、モモは遠慮がちに下を向いていた。
出来れば隠しておきたかったみたいだが。真綾には俺には必ず話しておくようにと言われていたようで、すみませんと謝ってきた。
謝ることじゃないよとフォローしたが、正直、彼女の見方は変わりそうな気がした。
二週間後向こうに帰る予定があるので、どうしてもというならと連れていくけどと、その日までに彼女にはもう一度考えてもらうことにした。
危険なことには変わりないので、真綾は反対するものだとばかり思っていたが、モモは一度向こうの世界を見ておくべきだと彼女を後押しした。もしもの時は俺が何とかしてくれると謎の信頼を寄せてくれているようだ。
自分の一生を棒に振ってまで、昨日今日会った異世界人を守る理由など俺にはないのに――。