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転移者の教え子  作者: 塩バター
第四章
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第33話 予知の魔法

 大勢の前でリコが戦うのは年に一回限りで、闘技場内は異様な盛り上がりを見せていた。目立つのが苦手な俺にとっては最悪の舞台だった。


 他の三国と違って南の国は差別意識がなく、別世界から来た俺に対しても友好的だけど、見ず知らずの俺の勝利を見たい客などおらず、入場時にはブーイングが起こった。ミーアを含め、生徒は俺を応援してくれているので、完全なアウェイというわけではないけれど。


「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。今は体験入学とか余計なことは一切考えず、一対一の勝負を楽しみましょう!」


 戦いを楽しむという感覚が俺にはないのだけど。女王様と戦う機会なんてめったいないことなので、今日は勉強させてもらうとしよう。


 試合開始早々、リコが仕掛けてくる。人間とは思えないスピードで俺との距離を詰め、魔力を帯びた拳で殴り掛かってきた。テレポートで緊急回避に成功するも、目線で飛ぶ場所がどこか読まれてしまったようで、魔力を凝縮させた波動拳が飛んできた。腕でガードをするも間に合わず壁際まで吹っ飛んだ。


 ミーアは基本となる六つの属性を扱えるが、リコの属性はどの系統にも属さない無。無属性と言っても魔法が使えないわけではない。彼女は魔力を使い己の身体能力を高め、一時的に超人的なパワーを生み出すことが出来る。


 無属性はリコだけが使えるわけではなく、魔力を持つ者なら誰でも使うことが出来る。跳躍力を飛躍的に高めたり、衝撃波を放ったり、状況によって使える技も少なくないが、魔法というのは己の魔力を属性に変換することで、本来の力を発揮するもの。いくら魔力が高くても彼女のような出力が出ることはない。


 要は、彼女だけが使える魔法というわけだ。いや、スーパーパワーと言うべきか。魔力で高めた彼女の力は人知を超えたものであり、近接戦において彼女の右に出る者はいないだろう。


 一応、彼女より俺のほうが魔力の値は高いが、彼女もSランクでその差は微々たるもの。火力勝負に持ちこむのはリスクが高すぎる。しかし、地形が狭いので隠れられる場所がない。近接戦が得意な彼女にとっては有利で、俺にとっては不利な地形というわけだ。


 この状況をどうにかしないと勝ち目はない。


 俺は中級魔法でチクチク嫌がらせしながら、フィールドのあちこちにワープマーカーを設置し、徐々に自分のテリトリーを広げていく。


 本来は守りを固めるための仕掛けなのだけど、今回は攻めに繋げるために設置した地雷だ。手始めに俺は口から火属性の魔法を放った。簡単に避けられてしまったが、これは彼女を動かすために放った一発なので計算通り。地雷を踏んだ彼女を空間転移で強制的に動かし、ワープさせる地点に予め攻撃を置いておく。


 対応の対応でリコを攻略していく。


「あなたが最強と恐れられる理由が分かりました。類まれな才能を持ちながら、自分の才能に奢ることなく、自分の持っているもの、相手の持っているものを照らし合わせて、スタイルを自由に変えられるというわけですか。堅実と言うか、謙虚と言うか、この隙の無さこそがあなたの一番の武器というわけですね」


 考え方自体は悪くなかったようだが、ほとんどダメージを与えられていない。彼女の身体は無属性の魔法で強化されているので、攻撃を一点に集中させないと駄目だ。


 俺は言った。


「あなたの動きを参考させてもらっただけですよ」


「いえ、私はただ戦闘経験が豊富なだけで、戦術を練るのは得意ではありません。だから、こういうまどろっこしい戦い方は性に合いませんね」


 リコは魔力を帯びた拳で地面を殴り、俺が設置したワープマーカーごとフィールドを破壊した。足場が崩れて動きが鈍った一瞬の隙を見逃さず、リコは超人的なスピードで距離を詰めてきた。右脇腹に重たいのが一発入る。


 俺は基本的に守り重視の戦闘スタイルで、空間転移も攻めよりも守りに使うことが多く、攻撃を食らうことはほとんどないのだが、テレポートで避けようにも人間とは思えない彼女の超人的なスピードに脳の処理が追い付かない。


 試合が長引けば勝ち目はないと悟った俺は、一気に勝負に出ることにした。真綾が作ってくれた例の南京錠を開け、闘技場全体を無重力にする。


「真綾ちゃんの言っていた時空間魔法ですね。真綾ちゃんがやろうとしていることが、形になってきているというわけですね。しかし、これではあなたも攻撃できないのでは?」


 無重力状態では移動は出来ないが、俺には空間魔法という移動手段があるので空に浮かんだ状態でも次の攻撃に繋げられる。俺は彼女の真上にテレポートして彼女に覆い被さり、重力強くして空中から地面に叩きつけた。


 重力が強ければ強いほど体重は重くなるので、落下した時の衝撃は何倍にも膨れ上がる。その衝撃は上にいる俺にも伝わり、今の攻撃で骨の何本か犠牲にしたが、下敷きになったリコのほうが当然ダメージは大きい。


 引き分けに近い勝ちではあるけど、これで実力を証明することは出来ただろう。


「もしかして、勝ったつもりでいますか? この程度でやられる私ではありませんよ」


 リコは自分の身体を魔力で覆い、怪我をものともしない強烈な蹴りを俺の顔面に入れた。勝ちを確信して重力を元に戻していたので、十メートル先にある壁まで吹き飛んだ。


 痛み以外の感覚がなくもはや立つことが出来ない。しかし、それはリコも同じようで仰向けに倒れた状態で最後の攻撃を仕掛けてきた。止めを刺そうと手にマナを溜め始める。


 この人は強い。反則的なまでに。遠のく意識の中で俺は最後の力を振り絞り、崩れた瓦礫を彼女の真上に転移させた。


 お互い避ける力も残っていなかったが、空間属性である俺の攻撃のほうが一瞬早く、彼女の溜めたマナは暴発して俺に当たることはなかった。


 そこから先の記憶がないのだが、俺の判定勝ちという曖昧な形で決着がついたようだ。



 アムールにはヒーラーがいないようなので、アクアに怪我を治療してもらった後、闘技場の控室でリコとさっきの試合を振り返ることに。


「今日は本当にありがとうございました。結果、負けはしましたが、引き分けに近い負けだったので、一応面目は保ってましたかね」


 アムール人は負けず嫌いの印象が強く、判定に不服を持っていたらどうしようかと思ったが、競える相手が少なかったのか、リコは負けても上機嫌だった。試合中は別人のように活き活きしていたのに、今は女王として落ち着いた立ち振る舞いを見せている。ミーアに足りないのはこういうところかもしれない。


「時間と空間、対となる属性を持つ二人が同じ時代に生まれたのは運命かもしれませんね」


「いや、たまたまですけどね、たまたま……」


 俺にしかできない芸当ということだが、属性を混ぜること自体はそんなに難しくないので、研究が進めばいずれ実用化されるだろう。二人分の魔力を消費するので使いどころを考えないといけないが。


「実際、真綾ちゃんとは良い仲なんですか?」


 前もこういう質問されたな。


「あいつとはただの仕事仲間ですよ」


 まあ、それも怪しくなってきたけど。重要なことは何も話してくれないし。俺に絶対的な信頼を寄せているとリコは言うが、彼女に対する俺の信頼は揺らいでいた。


 ただの仕事仲間ねとリコは呟いた。


「特定のお相手がいないのであれば、うちのミーアなんていかがですか? あの子は生粋の甘えん坊なのであなたとの相性も悪くないかと。見たまんまのちんちくりんですけど、結婚すればそれも落ち着くと思いますので」


「ミーアってまだ十四ですよね? 結婚を考えるのはちょっと早くないですか?」


 この国のしきたりはよく知らないけど。


「母親としては娘の将来が心配なのですよ。好きな人なら結婚相手は誰でも構いませんが、この年で国を背負うのは相当な覚悟が必要なので。支えてくれる人間がそばにいてくれると私も安心なんですがねー」


 今日戦った感じだと、ミーアが王位を継ぐのは、まだ先の話になりそうだが、まるでその日が来るのはそう遠くないような口ぶりだった。


「真綾ちゃんから何も聞いていないんですか?」


 訝しがる俺にリコが衝撃的な告白をする。 


「真綾ちゃんは予知の魔法が使えるのですけど、近々、南の国で事件が勃発するそうです。被害はそれほど大きくないとのことですが、そこで私は死ぬことになっているみたいです」


 そういう力があるというのは知っていたが、他人の未来も見えるということだろうか。予知が正しければ自分が死ぬかもしれないのに、リコは慌てるどころか落ち着いていた。


 俺は訊いた。


「あまり本気にしていない感じですか?」


「私は、彼女に絶対的な信頼を寄せています。彼女がそういうのであればそうなのでしょう。ただ、町への被害は出ないということなので、運命に抗うこともないのかなーと」


「どうしてそんなにあいつを信用できるんですか?」


「真綾ちゃんは我々にとって必要な人ですから。あなたも同じなんじゃないんですか? だから、娘たちの先生をしている。あなたは彼女に不信感を抱きつつあるようですが、心では彼女を信じたいと思っているのですよ」



 リコは自分の運命を受け入れているようだけど、これ以上ミーアが悲しむ姿を見たくないので、彼女の予知について、それは防ぎようのない未来なのか電話で真綾に確認を取る。


『うーん……、私が見える未来は断片的なものだから、何とも言えないわね。未来を教えたことによって未来が変わるなんてことも多々あるから』


 詳細な未来も見ることも不可能ではないらしいが、当分の間、魔法が使えなくなってしまうらしい。俺の空間魔法もそうだけど、大技を繰り出せば魔法に制限がかかるようになっている。


 便利のように見えてかなり不便な属性なのだ。その分、リターンも大きいので、どんな状況にも対応できるのがこの魔法の良いところだ。


 彼女との関係に溝が生まれてしまうかもだけど、これだけは聞かずにはいられなかった。


「なあ、一つだけ教えてくれないか。お前はモモが死ぬことを知っていたのか?」


『……』


 どう答えるべきか考えるような間があった。


『予知と言っても、万能というわけではないのよ。ただ、知らなかったというのも嘘になるかな。私の見える未来は自分だけではないからね。瑞希くん、私にはあなたの未来も見えるのよ』


「それは関わった人間の未来が見えるってことなのか? それとも、俺だけが特別って意味なのか?」


『残念ながら後者ね。時間と空間、対の属性を持つ私たちの魂が重なり合おうとしているのよ。寝ている時に無意識に魔法を使っているのか、私は時々予知夢を見ることがあるんだけど、半分はあなたに関する夢なんだよね』


「前に、俺とお前だから可能だとか言ってたけど」


『時間、並びに空間属性は希少種であり、私調べによると、今扱えるのは私と瑞希くんだけ。私も瑞希くんも上限に達しき者ではないけど、それに近しい実力を持っている。私たちは幼い頃からの付き合いだから絆が強く、お互いのマナが共鳴し合って無意識に魔法が発動してしまっているというのが私の説。旅のお供にあげた例の試作品は、その可能性を示したものだったってわけね』


「なんでそのことを俺に話してくれなかったんだよ」


『瑞希くんは嫌がるんじゃないかと思ってさ。苦手に思っている私と運命共同体だなんて』


 肯定も否定もしづらいところだけど。


『モモのことは後悔しかないわ……。確証が持てなくてもあの時言っておくべきだった。私が殺してしまったようなものね……』


「別に、そこまで思い詰めることはないけど……」


 俺がもっとしっかりしていれば防げたことだ。彼女に責任を擦り付けるのは良くない。


『だから、今回は隠さず話しておいたのよ。瑞希くんにも話しておくか迷ったんだけど、これ以上あなたに負担をかけたくなかったのよ。モモが亡くなってからあまり時間も経ってないしね。私自身、身を持って体験してるけど、未来はそう簡単には変わらないし、未来を教えることが良い結果に繋がるとは限らない。それでもあなたは聞いてよかったって思う?』


「俺は、良かったって思っているよ。自分のやるべきことが見つかった気がするから」

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