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転移者の教え子  作者: 塩バター
第四章
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第32話 実力主義の国

 目を引くものを作るには入念な準備が必要だが、必要なものは既に用意してあるとのこと。俺たちが勇者様の手掛かりを探しに行っている時、真綾たちが南の国に行っていたのは、その準備も兼ねてのことだったようだ。


 俺一人で行ってもやれることは限られるので、生徒たちにもついてきてもらうことになったが、ロイドは実験の手伝いをしなければいけないので、学校に残ることになった。


 南の国の王都であるウスリーに行くには、広大な砂漠地帯を超えなければならない。道中はリコが案内してくれるというが、王女様の手を煩わせるわけにはいかないので、襲ってくるモンスターはこちらで対処することに。いつもならミーアがでしゃばる場面だけど、モモの死からまだ立ち直っていないようなので、双子と力を合わせてモンスターを討伐する。


 どうですか、とエーテルが得意げに言った。 


「私たちもちょっとは成長しているんですよ」


 これには素直に驚いた。


 光魔法を徐々にコントロール出来るようになってきたジエチルもそうだが、目覚ましい成長っぷりを見せたのはエーテルのほうだった。南京錠の力を借りてではあるが、例の状態ならなくても闇魔法を扱えるようになっていたのだ。まだ実践で使えるレベルではないが、本人が手ごたえを感じていることが大きい。彼女に足りなかったのはメンタルの部分、そこさえ克服できれば一人前の魔法使いになれるはずだ。


「今ならミーアにも勝てちゃうかもね」


 調子づいたエーテルが元気のないミーアを煽るも。


「私に勝ったところで何の自慢にもならないっすよ。モモッペがいない世界で一番になっても……」


「そうだね。ボクたちにとってモモは特別だったから。けど、それはあんたも同じなんだよ。二人は歴史に名を残す人間になるから、せめて足手まといにならないようにってね。あんたにとってモモはお手本だったんだろうけど、モモはああ見えて自分に自信がなかったんだよ。だから、真っすぐなあんたにいつも憧れてた。自分だけ辛そうにすんなよ! 兄ちゃんも、アクアも、ロイドも、みんな同じ気持ちだよ」


 ミーアはこの中では一番年下だが、これからは彼女がみんなを引っ張っていかければならない。それだけの力が彼女にはあるし、将来的にそうならなければならない立場の人間だ。


 しっかりしろと言われているのはミーアなのに、自分が怒られているような気になった。彼女を元気づけるのは教師である俺の役目だからだ。落ち込む彼女にどう接したらいいのか分からなかった。これは俺の経験不足も大きいが、モモの死に対して俺が責任を感じているからだ。


 俺にとって忘れてはならない事件とはいえ、過去にばかり目を向けてはいられない。大人として自覚を持った行動をしなければ。


 排他的なラビ族やぺスカ族と違い、アムールは自由を重んじる一族。来るもの拒まず去るもの追わずの国風だけど、ここに来るには砂漠を超えなければならないので、客人が来るのは珍しいのか、何もしていないのに注目を浴びていた。


 国の歴史を感じさせるような老朽化した宮殿と、国民性を表すような円形型の闘技場。強さが一番の国ということもあって、武器屋や道具屋などと言った施設は充実していたが、それ以外の施設は質素なものだった。


 オシャレなものにしか興味のないアクアと、ここに来たことがあるエーテルとジエチルは一足先に宿舎に行って休憩することになった。二人で話すいい機会なので、俺はミーアにお願いして闘技場の中を案内してもらうことに。


 闘技場では毎日のように熱戦が繰り広げられ、勝敗によってランク付けがされるそうだ。その年の一位になった者はリコと戦うことが出来、勝てば新しい王が誕生するという仕組みらしい。


 例外として王位継承者として認められたミーアだが、それは魔法に限界を感じたリコが科学に興味を持ってもらうように根回しした結果らしい。ミーアはリコの子どもなので、快く思っていない者も中にいるそうだ。


「戦歴はどれくらいだったの?」


「少なくても、同世代相手に負けたことはないっす。連勝記録も持っているくらいなので。だから、モモッペと初めて会った時は嬉しかったんです。自分はまだまだ成長できるんだって。モモッペと私はなにかと共通点が多くて、卒業しても繋がれると思ってたんっすけど」


 そう言ってミーアは悔しそうに涙を流した。


「自分が未熟だってのは重々承知しています。こんな時こそ気持ちを一つにしないといけないのに、私は自分だけが辛い気になっていた。けど、子どもだからこそ自分の気持ちに正直でありたい。先生、一つだけお願いして良いですか?」


「なんだ?」


「サトミとは私一人で戦いたいっす。先生はサトミを救ってあげたいって言ってますけど、私はやっぱり許せないっす。どんな理由があれ、信じていた仲間を裏切り、その命を奪うなんて。この手でぶん殴らないと気が済まないっす」


 教師としては止めるのが正しい選択なんだろうが。


「いいだろう。ただし、その状況にもよる。サトミがモモを殺したってのは疑いようのない事実だし、あいつを恨むなとは言わないよ。けど、結果がイコール真実とは限らない。自分の考えが正しいなんて思わないことだ。向こうは向こうで自分が正しい気でいる。――それがどんなに不条理なことであっても。そうやって人は人とぶつかり合う。だから、自分を肯定する人間が周りに必要なんだ」


「先生、私は先生のことを信じているっす。――みんなのことも。だから、みんなの期待を裏切るような真似は絶対にしません」


 彼女と同じで一度は復讐に囚われた俺だけど、モモを殺した人間を見つけて彼女と同じ目に合わせてやろうとは思わなかった。だから、俺は今ここにいられると思っている。


 彼女にも極端な選択は取ってほしくない。その結果、自分を苦しめることになるからだ。


 自分を強く持っている彼女なら大丈夫だと思うが、子どもは純粋であるが故に何色にも染まるということを忘れてはならない。




 体験入学をして興味を持ってもらおうにも、人が集まらなければ意味はないので、まずは宣伝をして回ることになった。


 最初はリコにお願いをしたのだが、私の呼びかけで状況が一変するならとっくに希望者で溢れかえっているはずだと断られてしまった。言われてみれば確かにその通りで、頭の固い連中を動かすには何かしらの説得力が必要だ。


 一応、チラシ配りなど地味な活動はしたものの、これと言った手ごたえは感じなかった。素通りされることにイライラしたアクアが、いつもの理不尽な怒り方を発揮する。


「ミーア、あんたこの国のお姫様なんでしょ。とっておきの方法とか思いつかないわけ?」


 とっておきの方法は思いつかなかったようだが。


「あのー、ずっと気になってたんっすけど、先生とお母さんってどっちが強いんっすか?」


「それが今の話と何の関係があるんだよ?」


「先生と真綾ちゃんの強さはうちの国でも有名で、気になっている人多いと思うんっすよね。もし、先生がお母さんに勝つことが出来れば、学校にも興味を持ってくれるんじゃないかな」


 戦闘民族であるアムール人らしい発想だった。宣伝がてら一万人近くいる観客の前で俺とリコを戦わせようという腹積もりのようだが。


「それは、俺が勝てばの話でしょ? 観客を退屈させない良い勝負は出来ると思うけど、属性的な相性も良いとは言えないし、今のところ勝つイメージが湧かないんだけど……」


 まあでも、八百長してもらえばいいのか。


 お金が絡んでいるわけでもないし、体験入学の成功は本人たっての希望でもある。事情を説明すればリコも協力してくれるだろう。


 思い立ったが吉日、その旨をリコに伝えてもらうようミーアにお願いする。これに対し、彼女の反応は冷ややかなものだった。


「八百長ってズルして勝つってことですよね。見損ないました、先生! 生徒の模範であるべき先生がそんなことしていいんっすか?」


 そうだそうだと双子がそれに同調する。俺は子どもたちの純粋な目を見ずに言い訳をした。


「負けたら元も子もないわけだし。別に、いいでしょ。そのくらい……。戦いが大好きな君たちアムール人と一緒にしないでくれるかな」


 何なら俺はこのまま一生戦わずに済むんなら、それが一番いいとすら思っているほどだ。生徒からの信頼を失ったので自分からお願いすることに。


 砂漠化の問題がまだ解決していないのか、リコは宮殿の会議室で忙しそうにしていたが、国の問題よりも学校のことを優先してくれた。衛兵たちに八百長のことを聞かれるのはまずいので、リコと二人きりにさせてもらった。


 一生懸命で周りに迷惑かけがちなミーアと違い、リコは状況判断のできる立派な大人。俺の提案を受け入れてくれると思ったのだが、彼女に流れるアムールの血がうずき始めたのか、八百長なしの真剣勝負を求めてきた。


「うーん……、それはちょっと同意しかねます。これでも一国を任されている立場なので、八百長まがいのことをするっていうのは。けど、模擬戦をするってのは良い案ですね。あなたとはずっと対戦してみたいと思っていたので」


「手段と目的が逆になってませんか?」


 俺が負けたら逆効果に働くと思うんだが。


「勝つ自信がおありじゃなくて?」


「周りにやたらと評価してくれる人がいますけど、ぶっちゃけそれ過大評価ですよ。さすがに弱いとまでは思ってませんけど、属性に恵まれただけで勝負勘はありませんし、お宅の娘さんみたいな本物の天才には敵いませんよ。追い抜かれるのも時間の問題ですね」


「真綾ちゃんはあなたのこと、自分を過小評価して周りを苛立たせる天才って揶揄してましたけどね」


 あいつ俺のことそんな風に見てたのかよ。俺がこういう性格になったのはお前のせいなんだが。

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