第31話 出張体験入学
真綾がモモを解剖すると聞いて俺は、どういうつもりなのか抗議をしに実験室に向かった。モモの遺体はブルーシートに覆われ、無造作にテーブルの上に寝かせてあった。出発する前はあんなに元気だったのにと、胸が締め付けられるような気持ちになった。
自分の教え子が亡くなったというのに、表情一つ変えない真綾。教え子の身体を切り刻むことに関しても何にも感じていないようだった。
「モモの解剖は双子ちゃんにとって必要なことよ。勇者様の血を引くモモのマナがあれば、エーテルの暴走を制御できるかもしれないし、上限に達しき者の謎を解き明かすことが出来れば、私たちが技術的に優位に立てるかもしれない」
もっともらしいことを言っているが。
「お前、それで皆が納得すると思ってるのか?」
「納得するも何も、してもらわないとね。これは大人の問題、子どもが口を挟むことではないわ。だいたい解剖すると言っても、ちょっと中身を開いて魔力の供給器官を調べるだけよ。傷跡もほとんど残りやしないわ。あの子の死を無駄死にさせないための配慮なのに、私だけ悪者になるのは納得いかないわね」
彼女の性格からして一度こうと決めたら、誰に何と言われようと譲ることはないが、モモの遺体の処理を巡ってしばらく口論になった。彼女と喧嘩をしたのはこれが初めてだったが、最終的には俺が折れる形となった。彼女のほうが正しいと納得したわけではないが、感情的になっているのは俺のほうなので、彼女の方針を受け入れざるを得なかったのだ。
モモではなく今度は妹のことを訊いてみた。フッと真綾は小馬鹿にしたように笑った。
「こうなったからにははっきり言わせてもらうけど、瑞希くん、あいつはああいう女よ。私は勇者様と妹が繋がっていると踏んで調査してたから、生きていたとしても驚きはしないわ。確かな情報が掴めたわけではなかったから、瑞希くんには言ってなかったけどね」
「じゃあ、サトミのことは?」
「そうね……。彼の裏切りを見抜けなかったのは私のミスよ。問題は誰と繋がっていたかね。妹を助けたということはやはり勇者様が怪しいけど。その時の彼の様子から何か掴めない?」
「あいつ、思い詰めているような感じだったんだ。だから俺は、誰かの命令で仕方なくそうせざるを得なかったんじゃないかって思っている。暗躍しているのが誰かはまだわからないけど、サトミを敵と見なすのは早急じゃないかな」
「相変わらず、瑞希くんは優しいのね。その優しさに漬け込む人間が現れないといいけど。とりあえず、生徒のことは瑞希くんに任せたから。研究の邪魔をしないでもらえるかな」
やっぱりそうだ、今の会話ではっきりした。彼女は俺に重要な何かを隠している。言わなくていいことだから黙っているのか、やましいことがあるから隠しているのか分からないが、どこか確信めいたものを俺は持っていた。
サトミは真綾に特別な感情を抱いていたし、彼の様子がおかしくなったのは真綾と電話してからだ。誰かの命令で動いていたのだとすると、彼女が一番の候補というわけだ。
しかし、分からないことが一つある。彼女の時間魔法を持ってすれば先を見通すことは出来たかもしれないが、妹を敵視している彼女がモモを殺してまで結菜を助けるだろうか。
ということは、モモを殺すことに意味があったのか。周りの反対を押し切ってまで、彼女を解剖しようとしているのもそのため。
彼女を疑う要素があることは事実だが、これはあくまで状況証拠に過ぎない。何より、俺はまだ真綾を信じていたかった。倫理観に欠けた行いは科学者の性であり、根は良いやつだと。
実験室を出ると扉の前にロイドがいて、一瞬心臓が止まりかかった。呼吸を整えてから、あいつの手伝いしなくていいのと訊いた。
「俺は科学者としてのあの人を尊敬しています。あの人が出来ると言ったことは出来るし、あの人の言動には必ず意味があると思っています。だからと言って、友達の身体を切り刻むなんて、そんなこと、俺には出来ません……。魔法を使えない出来損ないに生きる道を与えてくれたのは他でもないあの人だけど、俺は良い科学者にはなれないのかもしれません」
「別に、君まであいつのようになる必要はないよ。あいつが君に期待しているのは、君があいつにはないものを持ってるからだと思うよ。対抗戦の時のように君の力が必要になる時が必ず来る。遠い未来ではなく、近い内にね」
この学校の生徒はそれぞれ異なる力を持っている。これはきっと偶然なんかではなく、真綾が目的達成のために必要な人材を集めたからだ。
彼女が味方なのか敵なのかは分からないが、足りないピースを補うために俺を雇ったのであれば、俺にもまだやれることがあるということだ。彼女の目的が何であれ、もう誰も失わないために行動するまでだけだ。
*
「お前、いつまでそうしているつもりだ」
事件から半月が経っても絶望に打ちひしがれ、元の生活に戻れない生徒が一人いた。ミーアは授業が終わったら一目散に教室を飛び出し、そのままぶっ倒れるまで修行するという生活を毎日のように繰り返していた。
授業にはちゃんと出席しているので、叱るべきか迷っていたのだが、さすがにいたたまれなくなってきたので注意することにした。
俺の声に反応して起き上がったミーアは、裏切り者を見るかのような目で俺を睨みつけてきた。
「先生、サトミを救うってどういうことっすか? あいつはモモッペを殺したんっすよ。そんな相手にも情けをかけなきゃいけないんっすか」
怒っていいのか悲しんでいいのかも分からず、ただひたすら自分を追い込む。その時だけは忌々しい事件を忘れることが出来るからだ。自分がそうだったから分かる。同情してはいけないと思った。今の彼女を肯定してしまっては、昔の自分を肯定することになるからだ。
「じゃあ何か、お前はあいつを殺すっていうのか?」
ミーアは拳を握り地面に怒りをぶつけた。
「モモッペが死んだのはアクアのせいでも、先生のせいでもありません。信じていた仲間に、サトミに裏切られたからに他なりません。それが悔しくて仕方ないんっす。先生たちはどうしてじっとしていられるんっすか? モモッペの無念を晴らせるのは私たちだけなのに」
「手がかりが何もないんだから仕方ないだろ」
結菜と勇者様が繋がっていることは分かったが、サトミの裏切りにより結菜を取り逃がしてしまったので、結局は何も分からず仕舞いだ。肉体の記憶も奪われ、シドとイアンはあれから行方が分からなくなっている。
例のごとく、真綾は何も教えてくれないし、今俺たちに出来ることは、いずれ来るであろう戦いに向けての準備をすることくらいだ。
「誰も頼りにならないなら一人で行きます。モモッペの仇を取るのはこの私っす」
「おい!」
じっとしていられない気持ちはわかるが、闇雲に探したところで時間を浪費するだけだ。怒りの矛先は仲間を裏切ったサトミはもちろん、モモが死んだのに何も行動を起こさない俺たちにも向けられているようだった。
先生の言うことをまったく聞かない問題児。保護者を呼ぶのは最終手段なのだろうが、まるでこうなることを予期していたかのように、南の国の王女様で母親のリコが現れた。これは後になって分かったことだが、真綾が事前に連絡を取っていたようだ。
謝らなければいけないのはこっちなのに、私が甘やかしたばかりにとリコは謝罪した。
「ミーア、先生の言うことは聞くようにって、国を出る前に私と約束したはずだけど? 自分の力をコントロールできない人間は、周りにとって重荷になるだけなのよ」
「部外者に説教されたくありません」
「あなたが感情を表に出せば出すほど、周りはより一層悲しむことになるのよ。なんでも自分中心で考えるのをいい加減やめなさい」
親子喧嘩に他人の俺が入っていけるわけもなく、俺は二人の戦いを見守ることになった。才能だけならミーアは母親をも超える逸材だが、勇者一行だった母親とは経験値の差が激しく、怒りに身を任せた攻撃を片手で受け止めたリコは、超人的なスピードで彼女の背後に回り込み、首根っこを掴んで頭を地面に叩きつけた。衝撃で地面が割れる凄まじい攻撃。
今時暴力に訴えるのはどうかと思うが、ここは常に死と隣り合わせの異世界、これが間違った教育と言えるかは何とも言えない。あまりこっちの文化に染まるのは良くないが、こっちにはこっちのやり方が存在するので、何でもかんでも否定するのは良くない。
身も身体もボロボロになったミーアは、己の無力さを痛感したのか、地面に倒れたまま起き上がらず腕で目を隠して鼻をすする。彼女の性格からして他人に格好悪い姿は見せたくないだろうから、今はそっとしておくことにした。
リコと二人で話すために校舎に移動する。ミーアの教育について相談されるのかと思ったが、彼女が口に出したのはモモの名だった。
「モモちゃん、亡くなったそうね……」
「あの子のこと、ご存知なんですか?」
「あの子の母親であるテトラちゃんとは、旅の仲間でとても濃い時間を過ごしましたから。女同士、私たちは自然と仲良くなり、親友と呼べる間柄になりました。真綾ちゃんからモモちゃんとうちのミーアと仲良くやっていると聞いて、自分のことのように嬉しかったんですが、こんなことになってしまい残念です……」
真綾にモモの入学を勧めたのもこの人とのこと。モモのことはずっと気にかけていて、イジメられていたことも人づてに聞いていたそうだが、よその国の問題に首を突っ込むわけにもいかず、ずっと苦い思いをしていたらしい。
「ミーアのことあまり責めないであげてください。彼女にとってモモは競い合える数少ない相手で、お姉さん的存在でもありましたから。責任は引率者としてついていきながらあの子を救うことが出来なかった自分にあります」
リコは俺に優しく微笑みかけて。
「実は、今日来たのはミーアの件じゃないんですよ。あなたにお願いがあってきました」
内容にもよりますけどと俺は身構える。人を信用するのが怖くなっているのかもしれない。
「あなたが一護くんの手掛かりを探している頃、私と真綾ちゃんはこの学校を正規のものにしようといろいろと働きかけてみたんですが、なかなか思い通りにいかなくてですね。そこで体験入学を実施して、あなたたちがやっていることを知ってもらおうという結論に。本当は真綾ちゃんがやる予定だったのですが、モモちゃんが死んでそれどころではなくなったので、私に白羽の矢が立ったというわけです。私はまだまだ勉強中な身ですから、大半のことはあなたに任せることになると思いますが」
「けど、希望者なんて現れますかね……」
「普通にやっては無理でしょうね。というわけで、あなた方に南の国に来てもらいたいのですよ。出張体験入学というやつですね。南の国以外の希望者は期待できないかもですが、とっかかりになればいいのかなと。学校を大きくするのはまだ先のことかと思いますが、その準備はしといて損はないと思います」
すごい学校のこと考えてくれているんだな。
今やるべきことなのかは分からないが、生徒たちも何か目的があったほうが友達を失った寂しさを紛らわすことが出来るかもしれない。




