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転移者の教え子  作者: 塩バター
第三章
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終章 アクア視点3

 起床した私はゆっくりと身体を起こすと、隣に敷いてある布団が崩れず綺麗な状態のまま保っていることを確認して胸を痛める。珍しく私よりも先に起きていたエーテルに訊く。


「ミーアは?」


「今日も帰ってきてないよ」


「そう……」


 モモが亡くなってから一週間が経とうとしていた。私とエーテルは友達を失った悲しみを殺して普段通りの生活に戻ろうと努力しているが、ミーアは友達を失った悲しさ以上に、サトミに対する怒りが収まらないようで、あいつは私がぶっ殺すとだけ言って、学校内にある宿泊部屋に帰らずに夜が明けるまで修行している。


 ミーアの暴走を止めるのはモモの役目だったので、こういう時どうすればいいのかわからない。やんちゃなミーア、いたずら好きのエーテル、しっかり者のモモ、まとめ役の私、友達というより姉妹のような関係で今までやってきた。


 モモが死んでから部屋に帰らなくなったミーアだが、授業にはちゃんと出席した。それどころか、先生の話に真剣に耳を傾けるようになった。居眠り常習犯のミーアを優等生のモモが叩き起こすというのがお約束だったのだけど、モモの仇を取ろうと真剣に授業に打ち込むその姿は物悲しく見ていて切なくなった。


 空席となった椅子はもう一つあった。ジエチルとロイドとはそれなりに仲がいいけど、サトミとはほとんど話したことがなかった。


 私はモモが殺される現場にいたけど、ミーアのように復讐心に駆られることはなかった。彼のことをよく知らないというのもあるけど、ヒーラーなのに友達一人助けられない自分の無力さを痛感したからだ。先生もこの感情をどこにぶつけたらいいのかわからないのか、寂しい素振りすら見せず淡々と授業を進めていた。


 授業が終わるとミーアは教室を飛び出した。モモを救えなかった私は目の前の問題から目を逸らし、エーテルに今日の予定を訊いた。


「あんた、今日も真綾ちゃんのところに行くの?」


「うん。あんまり気は乗らないけどね……」


 モモの遺体は真綾ちゃんの手によって解剖され、彼女の研究に役立てられた。友達の身体を切り刻むことに対して納得する者はおらず、このことを巡って先生と言い争ったそうだが、真綾ちゃんは断固として譲らなかった。


 真綾ちゃんは双子にとって必要なことと言うが、だからと言って納得できるわけもなく、エーテルとジエチルの二人はより一層心を痛めていた。


「アクアは、これからどうするの?」


「私は……、適当に時間を潰しているかな……」


 私は調理実習室に行ってお菓子を作ることにした。寂しさを紛らわすために何かやっておきたかったというのもあるけど、一番の理由は先生と話すきっかけが欲しかったからだ。出来上がったクッキーを持って私は職員室を訪ねた。


「先生、クッキーを作ってみたんですけど、良かったら食べませんか?」


 先生は今朝出した小テストの採点をしていた。


 作った人間としてはやはり出来立てほかほかを食べて感想を聞かせてほしかったのだが、先生はそこら辺に置いておいてくれるかなと言い、こっちを振り向いてもくれなかった。


「先生、一人で思い詰めないでください。私たちは先生の言うことを無視して戻ってきました。それは先生が私たちにとって必要な人だったから。モモはきっと後悔していないはずです。だって、先生を助けることが出来たんだから」


「……」


 先生にとってモモとサトミは教え子にあたり、真綾ちゃんの妹はかつての恋人にあたる。心を整理するのは簡単なことではないと思う。先生は責任を取らなければいけない立場だから、生徒の私が慰めても困るだけだろう。


 それでも出来るだけのことはしておきたかった。モモが死んだのはサトミが裏切ったからで、先生と言えど、防ぎようがなかったからだ。


 先生は作業を止めて椅子から立ち上がると、私の目を見てこう言った。


「別に俺は、落ち込んでいるわけじゃないんだ。もちろん、モモが死んだことは悲しいし、俺がもっとしっかりしていれば、あの子を失わずに済んだんじゃないかという思いもある。けど、与えられた時間を無駄にしないためにも、こんなところで立ち止まるわけにはいかない。あの事件には大いなる陰謀が絡んでいる。汚い世界から子どもを守るのは大人の務め。俺の考えの甘さがこういう結果を招いた。それは重々承知だけど、出来れば俺は、サトミのことも救ってあげたいと思っているんだ」


 生徒を失いたくないという気持ちと同時に、自分自身を見失いたくないという強い意思を感じた。先生自身が言ったように、戦いの場で甘さは禁物だけど、それでも先生は生徒の味方でありたいようだった。


 先生が私たちの教師になってまだ日は浅いけど、人としてどうとかいうよりも、先生は教師として正しい選択をしたいと思っている。それが何にも増して嬉しかった。


「私は才能がないことを言い訳に使ってきました。ヒーラーなのに自分を守ることばかり。先生……、私、もっと強くなりたいです。もう誰も私の目の前で死ぬことがないように。ヒーラーとしても人としても成長してみせますから。これからも先生として私たちのことを見守っててください」


 自分がこんな気持ちになるなんて思いもしなかった。上限に達したモモと比べたら私の魔法なんて取るに足らない力かもしれないけど、周りに助けてもらってばかりでは駄目だ。私がしっかりしていれば誰も死ぬことはないんだ。


 この力を使って私は先生を守りたいと思った。初めは浮ついた気持ちだったけど、本気で好きだからこそそう思うのだとその時自覚した。

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