終章 サトミ視点1
先生たちが追って来ないことを確認すると、俺は足を止めて盛大に吐いた。人を殺したのはこれが初めてではなかった。父親をこの手で殺した時、俺は何も感じなかった。だから、今回も心を殺せると思っていた。しかし、手に残った嫌な感触がいつまでも消えない。
モモは俺たちにとって特別な存在だった。
上限に達しき者で成績もロイドの次に良かった。アクアも、ジエチルも、エーテルも、ロイドも、ミーアでさえ、彼女を敬愛し、この世界の光になる存在だと信じていた。モモですらあの人の駒の一つに過ぎなかったというのか。
「行かなきゃ……」
俺は予め指定されていた場所に向かった。あの人の協力者は既にそこで待っていた。
そばかすタレ目という冴えない顔つきだが、運び屋を統括する指揮官として、向こうではそこそこの地位があるとのこと。まあ、それはあくまで表向きの顔に過ぎないが。
「結菜ちゃんの状態は?」
しばらく起きそうにないことを報告すると、武市はズボンのポケットからスマホを取り出し、この計画の首謀者に電話をかけ始めた。
「結菜ちゃんが暴走するところも含めて、おおよそあなたの言う通りの展開になったみたいだよ。さすがは姉妹といったところかな」
通話相手の声は聞こえなかったが、今の発言に対して真綾さんは怒っているようだった。
「僕としては褒めたつもりだったんだけど……、気分を害されたのなら申し訳ない。僕には弟と妹がいるけど、兄弟仲は悪くないんでね」
二人はこれからのことについて話し合う。まだ心の整理がついていない俺は電話を代わってほしいと武市にお願いをする。嫌がっているみたいだけどと断られてしまったが、必死にお願いをしてどうにか代わってもらった。
『何?』
今まで聞いたことのないような冷たい声音だった。
「俺、まだこの作戦の意図を聞いてません。教えて下さい! どうしてモモは死ななければならなかったのですか? モモは、この世界を救う存在だって俺はずっと信じて――」
返答はすぐには返ってこなかった。
『ごめんなさい。私馬鹿だから、あなたの言っていることが理解できないんだけど。つまり、あなたはこう言いたいってわけ。――私のことが信用できないと?』
「そ、そんな!」
『だったら、私の言う通りやってればいいのよ。気分が悪いわ、圭太くんに代わってくれる』
「すみません……」
苦笑を浮かべながら武市はスマホを受け取った。
「――うん、あいつが頑張ってくれたおかげで奪われた鍵と南京錠も回収できたし、とりあえず、向こうのことは心配しなくていいよ。あなたが警戒を促したクリストファー、奴は間違いなく黒だよ。目的が見えない分、勇者様より不気味な存在だね。――いや、それは全然構わないけど……、僕にあまり多くを求めないでもらっていいかな。瑞希やあなたと違って僕には力がないんでね。よろしく頼みますよ……」
彼女の期待が嬉しそうでもあり、辛そうでもあった。武市は電話を切ると、緊張が解けたかのようにふーっと息を吐き、俺に指示を与えた。
「君はこの子を連れて勇者様に会うんだ。場所はここに来る前話したでしょ。話は大体通してあるらしいから君は真綾ちゃんの指示通りに動けば問題ないと思うよ。ただし、この子に真綾ちゃんの存在を悟られないようにね。真綾ちゃんに良いように利用されていると知ったら、この子、次は何しでかすか分からないからね。それから君に一つアドバイス。君もあの人が好きなら疑いを持たないことだね。あの人は瑞希と違って冷徹だよ。信用できないと分かれば容赦なく切り捨てる。俺たちに出来ることはあの人に心を預けることさ」
俺もそのつもりだった。この人のためなら命だってかけられると本気でそう思っていた。しかし、俺の中で真綾さんの信頼が揺らいでいた。今更後戻りすることなんて出来ないのに。
俺は俺を信じてくれていた友達を殺した。その十字架を背負って、俺はこれから生きていかなければならない。




