表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転移者の教え子  作者: 塩バター
第三章
34/51

第30話 上限に達しき者

「邪魔するってことは死ぬってことだな、クソガキ」


「先生は私に生きることの大切さを教えてくれました。私はあなたを許しません。先生を傷つけたあなたを、私は絶対に許しません! 私の命に代えても先生を守ってみせます」


「揃いも揃って男の趣味が悪いんだよ。お前、勇者様の娘なんだって? 上限に達しき者は選ばれた人間にのみ与えられる特別な力だ。お前のような乳臭いガキが持つべき力じゃねえんだよ」


「相応しいかどうかはこれから決まることです。さっきから偉そうに言ってますが、あなたはどうなんですか、この力に見合った実力を、人格を持っているのでしょうか? でかい口を叩くのは私に勝ってからにしてください」


「ガキが、調子に乗ってんじゃねえぞ!」


 二人がバチバチに睨み合っている隙に、俺はテレポートを使って距離を取った。足手まといにならないようにするのが精一杯な情けない自分に無性に腹が立った。引き返してきたのはモモだけではなかったようで、アクアが負傷した下腹部を再生魔法で治療してくれた。


「どうして、戻ってきた?」


 治療を続けながらアクアは俺の問いに答える。


「生徒が先生を心配したらいけませんか? 私はモモと違って戦力にはなりませんけど……、先生を失いたくないって気持ちは同じです! それとも、誰かを見捨てて自分たちだけが助かるのが正しいというのですか? それが先生の教えだというのですか?」


「ったく……」


 困った子たちだ。


 説教は帰ってからするとして、今の俺にはモモを信じて見守ることしかできない。不甲斐ないがそれが現実。ダンジョン攻略で大分魔力を失っていたとはいえ、それを言い訳できないくらい結菜は強くなっていた。まだ上限に達していない不完全なモモに倒せるだろうか。


 現実的に物事を考える大人の俺と違って、アクアは友達の勝利を疑っていなかった。


「それに、モモはあんな自己中野郎には負けませんよ。モモの強みは純粋なところですから。あんたもそう思うでしょ? サトミ」


「ああ……」


 何もできない自分に腹が立っているのか、サトミは感情がこもってない声で返答した。無力なのは俺も同じなので気持ちはわかる。


 モモは遠距離から光魔法をドカドカ撃ちまくる。光魔法の恐ろしさを知っている結菜はむやみに近づかず、内ポケットからカプセルを取り出し、錬成した槍を投てきして反撃する。拳銃と違って目で追える速度なのでかわすのは造作もないが、結菜が投げた槍の先端には分解属性の魔力が練り込まれており、地割れを引き起こしてモモの足場を奪った。敵の動きを制限することに成功した結菜は果敢にも接近戦を挑む。近接武器を扱うことの出来ないモモにとっては苦しい展開だ。


 錬金術で戦い方を切り替えられる結菜は、近距離だろうと遠距離だろうと不利を受けない。錬金術は疑う余地のない万能魔法だが、使いこなすには錬成した武器を扱う腕と、臨機応変な対応力が必要になってくる。結菜は才能に甘えることなく鍛錬を積んだのだろう。


 どうやら、俺は彼女を見くびっていたようだ。その驕りがこの結果を招いた。


 巧みな剣さばきで結菜はモモに王手をかける。


 このままでは大事な生徒を奪われてしまう。生徒が命懸けで戦っているのに俺は何をしているんだ。やはり見ているだけなんて出来ない。


「先生、動いちゃ駄目です!」


 傷口を塞ぐことには成功したようだが、邪龍戦で活躍した彼女の残り少ない魔力では、完全に治癒することは出来なかったとのこと。力を入れると痛むので激しい動きは出来あないが、まだ魔力がつきたわけじゃない。こんな状態でもサポートくらいはできるはずだ。


 助太刀は不要だとサトミが止めに入る。


「モモが勝つ未来は決まっている」


 まるで結末を知っているかのような口ぶりだった。戦いは徐々に彼が予期した通りの展開に――。


 空間属性の俺には魔力を探知することは出来ないが、そんなの使わなくても分かるくらいモモの魔力が急激に上昇しているのを感じた。禍々しい黒いオーラが身体から溢れ出す。同じ上限に達しき者としてこれが何を意味するのか、結菜も理解したようだった。


 まさに今この子は魔力の上限に達したのだ。勇者様と同じ力を手に入れたモモは、解放された闇魔法で影を操り自分の分身を作った。


 接近戦では拳銃より剣のほうに分があるが、魔力を封じる光の弾丸と魔力を吸収する闇の弾丸。影分身で二対一の状況を作り出し、次第に結菜を追い詰め始めた。結菜は俺の血で染まった光の剣を光の盾に錬成し直すと、太陽光を反射させ、影分身を消滅させる。勇者様の弟子なだけあって対応が早い。


 分身を失って数で優位は取れなくなったが、結菜との距離を開けることに成功したモモは、切り札であるテトラの肉体の記憶を開錠した。


 光の弓で得意の遠距離から攻撃をしかける。弾速の遅い矢は直接狙うだけでは命中しないので、モモは相手の動きを制限するために、上空に矢を放ち、時間差攻撃で疑似的に二対一の状況を作りだした。


 状況に応じて戦い方を変えられる錬金術は、攻めよりも守りのほうが得意、魔力の消費が激しい捨て身の攻撃も結菜には通じなかった。


 光の雨が止んだところで結菜が勝負に出る。大量の魔力を手のひらに集めて凝縮し、解き放つことで、分解属性の衝撃波を生み出した。触れたら最後、物体だろうと人間だろうと一瞬で破壊してしまう上限魔法だ。


 しかし、モモの光魔法で魔力を封じられてしまい、結菜のとっておきは無駄撃ちに終わる。


「馬鹿な、私は一度も攻撃を食らっていない……」


「ぺスカ族に代々伝わる光属性の上限魔法です。光の弓で放った矢で簡易的な陣を作り、結界の中にいる相手の魔力を封じる。魔法が使えなければあなたは無力。大人しく降参してください」


「偉そうに、私に命令してんじゃねえぞ!」


 陣の中には彼女が使い捨てた剣と光の盾がある。魔力を封じる結界の中であろうと、一度錬成した武器が消えることはないようだが、近接武器はまず相手に近づく必要がある。魔法を使わずして結界の外に出ることは不可能だ。


「――それで、勝ったつもりか。錬成に必要なのは三つ、素材と記憶と術者の魔力だ。後者は魔法陣と血で代用出来んだよ!」


 結菜は使い捨てた剣で自分の左手をぶった切り、足で血の魔法陣を書いた。光の盾と己の身体の一部を素材に人体錬成を試みる。それも、モモにとって関わりの深い人物だった。


「お父さん、ですか……?」


 生きた人間を一から創り出すなんて――。


 上限に達しき者の底知れぬ力を感じたが、手と足の動きが不自然で人間の動きではない。


 勇者様の血を引いたモモのマナと肉の塊、勇者様と過ごした思い出、血で書いた魔法陣、錬成に必要な三つの要素を揃ったとしても、人の形をした幻影を作るのが精一杯のようだ。


 まるで生きているかのように幻影が喋り始めた。


『上限に達しき者は神に近い存在。テトラを生き返らせるために君の力が必要だ。必要なものは利用し、いらないものは切り捨てる。俺は今までもそうやって生きてきた。この力で欲しいものを片っ端から手に入れてきた。俺が心から愛し、俺を愛してくれた女は、上限をゆうに超えた光輝く女神様だった。あんな醜いガキがテトラの代わりになるものか』


 実際に本人が口にした台詞なのか、これが勇者様の本音だと結菜はあざ笑った。


「周りから勇者様なんて崇められているが、お前の親父は心の弱さを他人のせいにして、自分を肯定するためだけに生きている。人にはない力を持ってしまったばっかりに、自分中心に世界が回っていると信じて疑わない。だから、自分を否定する存在が、お前が憎くて憎くてしょうがないんだ」


 結菜の狙いは味方を増やすことではなく、彼女を動揺させることにあったようだ。モモが絶望する顔を彼女は見たかったようだが。


「私は、私です。動揺させようとしても無駄です。そんなことでは、私は揺れません」


「お前は親に見捨てられたんだぞ! つまり、お前はいらない子同然ってことだ。強がったところでその事実からは逃れられない。それなのに、どうしてそんな真っすぐな目が出来る? どうして他人を信用できる?」


「あなたこそ、どうして信用してくれた人間を平気で裏切ることが出来るんですか? あなたはただ、自分のことが可愛いだけなんです。自分しか守るものがないから選択を間違える。他人のせいにすることでしか自分を正当化出来ない。そんな人に私は負けません」


「黙れ……、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ! 私はもう昔の私じゃない。誰よりも強い力を得た。人は生まれた瞬間価値が決まる。異世界だろうと現実世界だろうとそれは変わらない。そこの男は私のことが好きだったわけじゃない。私のことが好きな自分が好きだっただけだ! 強者は弱者を見下し、弱者は強者にしがみつく。――自分は無価値じゃないってな! そうやって世界は回っているんだ!」


 自分と同じ力を持つ女の子を前にして、自分と似た境遇の女の子を前にして、結菜は自分の感情をコントロール出来なくなっているようだ。自分に自信がなく感情が不安定、結菜の唯一にして最大の弱点と言えるかもしれない。


 結菜の作った幻影が魔法を使えるかは分からないが、結界の中にいる限りモモの優位は変わらない。幻影を盾にしつつ結菜は陣の外に出ようとする。そうはさせまいとモモは南京錠を開錠し、雷の魔法で陣を囲むように電気を張り巡らせる。


 諦めの悪い結菜にモモは再び降伏を迫る。


「一人で戦うあなたにこれを崩す手段はありません。あなたはまだやり直せます。大人しく降参してください」


「私は、上限に達しき者。こんなところで、こんなガキに負けるわけにはいかない……。私をバカにした連中を、あの女を見返すんだ……。それまで私の戦いは終わらない……」


 身も心もズタボロになりながら結菜は抵抗する。


 万が一にも油断できる相手ではないので、モモも容赦せずに攻撃を加えていく。対となる闇魔法で結界を強化し、彼女の残り少ない魔力を奪う。


「もうやめてください。こんな戦いに意味はありません」


「私は、最強の魔法使いになるんだ……。誰もが敬うような、そんな魔法使いに私は……」


 そんな言葉を残して結菜は力尽き倒れてしまった。モモも限界ギリギリだったようで、立っていられなくなりガクッと両膝をついた。後に回しても大丈夫そうなモモはサトミに任せ、俺はアクアと一緒に結菜の元へと駆け寄った。


 魔力が尽きて再生魔法が使えないアクアは、現時点でできうる限りの応急処置を施す。


「血は止めたんで最悪の事態は回避できたと思います。魔力が回復すれば意識も戻るかと」


「そうか……」


 とりあえず、彼女を失わずに済んでホッとする。


 さてと、ここからの行動が大事だ。シドたちがどうなったのかも気になるし、まずはイザベルに戻って彼らの安否を確認することから。今の俺たちでは役には立たないと思うが、だからと言って、知らん顔するわけにもいかない。


 彼女から勇者様の情報を引き出すのは、学校に戻ってからにするとしよう。彼女を姉の元に連れて帰るのは二人と関係の深い俺の役目。そう思って結菜に手を伸ばすも、横から現れたサトミにその役目を奪われてしまう。


 不器用な優しさから来る行動かと思ったが、そのまま逃げるようにサトミは結菜を連れて森に消えた。


「あいつ、いったい何を……?」


「先生! モモが――」


 目を疑いたくなるような光景がそこには広がっていた。モモが大量の血を流して倒れていたのだ。


 サトミがやったのか? どうしてこんなことを?


 疑問の答え合わせなど今はどうでもよかった。生きていてくれと必死に祈りながら、俺とアクアはモモの元へと駆け寄った。


 モモはかろうじてまだ息があったが、心臓がある胸の中心部に深い刺し傷があって、応急処置でどうにかなる傷ではなかった。南京錠のおかげでどんな傷でも治せるようになったアクアだが、傷が深ければ深いほど、当然、大量の魔力が必要になってくる。アクアは既に魔力が尽きていて、これではもう……。


「すみません、先生。大事な手がかり奪われちゃいました……」


 そう言ってモモは俺の手を握ってきた。その手は血で濡れていて生温かった。

大粒の涙をこぼしながらアクアが治療を試みる。その涙が何を意味するのか分からないほど、俺は子どもではなかった。


「アクア……、私はもう助からない……。これ以上魔力を使えばアクアが……」


「喋らないで! 絶対、絶対、助けるから!」


 アクアは自分の命を削って回復魔法を施す。俺はそれを止めることは出来なかった。この現実をまだ受け入れることが出来なかった。


 モモは光魔法を使ってアクアの魔力を封じた。彼女はもう自分の死を受け入れていた。


「先生、私、先生に何も返せませんでした……。こんなに温かい気持ちを教えてくれたのに、教え子として何も恩返し出来ませんでした。それだけが、心残りです。すみません、先生、駄目な生徒ですみません……。先生に恋しちゃう駄目な生徒ですみません……」


 モモは俺の目を見たまま息を引き取った。


 アクアはモモの身体に顔をうずめ泣きじゃくる。俺は力がなくなった彼女の手をぎゅっと握り返し、悔しさと悲しみを噛みしめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ