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転移者の教え子  作者: 塩バター
第三章
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第29話 時間と空間

 モモはなかなか納得してくれなかったが、前回の失敗が頭をよぎったのか、最終的には俺の言うことを聞き入れてくれた。


 余裕の表れか結菜は一切手を出してこず、生徒たちが戦場から離れるまで待ってくれた。結菜は上着の内ポケットから魔物の素材が入ったカプセルを取り出して、剣を錬成した。


「錬金術……、完成させたのか?」


「ええ。魔法には対なる属性というものがあります。上限に達することでその秘めたる力が目を覚ますのです。先輩が知っている私の分解魔法、上限に達した時に手に入れた合成魔法。これらを繋ぎ合わせて私の錬金術は完成する」


 結菜の戦闘スタイルはミーアと似ていて、守りガン無視で攻めまくるタイプ。これは能力的な要因よりも性格的な要因が大きい。ただし、それは以前の彼女の印象に過ぎない。魔力の上限に達して余裕が生まれたのか、錬金術で地形を上手く利用しながら立ち回る。


 結菜は見違えるほど動きがよくなっていた。誰に教わったのか知らないが、サトミと比べても遜色ないくらいの剣術で攻めてくる。


 しかし、本当に厄介なのは剣術でも錬金術でもない。手に触れただけで人を殺せる分解魔法だ。そのため、むやみやたらに近づけない。こっちの手の内はほとんど知られてしまっていて、上限に達した彼女は俺よりも火力が高く、小技でどうこうなる相手でもない。どんな相手でも勝ちを拾えるのが空間魔法の強みだけど、ダンジョン攻略で大分魔力を失ったので、勝ち筋が見えない。時間稼ぎが目的なので勝ちに拘る必要はないが、彼女に殺されるために俺は今日まで生きてきたわけではない。


 彼女を倒すのに真綾の力を借りるのは心苦しいが、彼女が知らない攻撃をしかけるしか勝算はなさそうだ。真綾が俺のために作ってくれた南京錠、これを使う時が来たようだ。


 俺はそこらに落ちてある石ころを投げて戦う。これなら魔力を消費しなくて済むし、転移魔法を使えば死角をついた攻撃が出来る。ノーリスクハイリターンの戦法なのだが、子どもだましの攻撃に結菜は不満のようだった。


「先輩、私をがっかりさせないでくださいよ……。そういえば、先輩は武器を持たない主義でしたね? それは舐めプってやつですか?」


「俺はまだ、人を殺めたことがない。だから、動きに迷いが生じてしまうんだ。俺が武器を使わないのはそんなへっぴり腰の理由だよ」


「確かに、先輩らしいくっだらない理由ですね」


 結菜は新たに錬成した剣を俺に投げつけた。


「それ、良かったら使ってください。――先輩、私を殺す気で来てくださいよ。本当は、私に騙されて腹が立っているんでしょ? 彼女である私にすら先輩は欲を見せませんでしたよね。完璧超人に見えて傷つくのが怖いんですか? でも、もう失うものはないはず。あなたが愛した女は守るべき対象ではなく、人を壊して喜ぶ救いようのない女だったのですから」


 なめているのはどっちなんだか……。勝利のための布石は既に打ってあるので、それはそれで好都合。後はそこにレールを繋げるだけだ。


 俺は彼女が錬成してくれた剣を拾った。


 武器の扱いは本部で一通り教わったけど、実戦で経験を積んできた結菜には敵いっこないので、転移魔法を使って彼女の背後を取る。彼女は彼女で錬金術を使って地形を変えられるので、剣の打ち合いというよりも、魔法でどちらが相手の死角をつけるかの勝負だ。


 感情でぶつかってくる彼女と対決して気づいた。俺には覚悟が足らなかったようだ。


 真綾と手を組んだのも、モモを助けたのも、復讐とは違う別の目的を見つけて、彼女のことを忘れたかっただけだったのかもしれない。彼女の死の真相を突き止めることをゴールに設定して今日までやってきたが、要は、自分を騙すための目的が欲しかっただけだ。


 だから俺は、結菜に勝てなかった。


 ハンデとしてくれた剣も彼女の魔法で分解されてしまい、喉元に剣を突き付けられる。


「逃げないんですか? 先輩。テレポートでいつでも緊急回避可能な先輩に勝つには不意をつくか、魔力切れを狙うしかない。それとも、最後くらい最愛の女の顔を見て逝きたいとか? 先輩のドM趣味に付き合ってあげるほど、私はお人好しじゃないんですけどね」


「逃げる?」


 ふん、と俺は鼻で笑った。


「俺は、未だにお前と過ごした日々が夢に出てくるほど、お前の幻影を追っていたんだぞ。最愛の女性に命を奪われることになったとしても、逃げるなんて選択肢は俺にはないね」


「だったら、お望み通り殺してあげますよ」


 無論、大人しく殺されるつもりはない。俺は前もって仕掛けておいた魔法を発動し、彼女の頭上に石の雨を降らせた。たんこぶが出来る程度の小ダメージしか与えられないが、一瞬でも思考を鈍らせてしまえばこっちのもの。


 怯んだ隙に奪った剣を後ろに放り投げると、俺は身動きが取れないように彼女を押し倒し、両肩を押さえて錬金術による反撃を防ぐ。


「さっき投げた石はこのための布石……。私に気づかれないように攻撃に使う用の石と、仕掛けに使う用の石を同時に転移させたのか。けど、これは、空間魔法というより……」


「お前の錬金術と原理は同じだよ。分解の反対にあるのが合成なら、空間の反対にあるのは時間だ。今のは俺の空間魔法とあいつの時間魔法を混ぜて作った、時空間魔法」


「時間と空間を混ぜただと……。南京錠の力を使って引き出せるのは基本魔法だけのはず、あいつが不可能を可能にしたっていうのか」


「さあ? 詳しいことは分からないけど……。あいつは俺だからできる芸当だとかなんとか言ってたな」


「魔法の共有は絆が強ければ強いほど力を発揮する。愛の力がなした魔法とでも言いたいのか」


 偶然なのか必然なのかはわからないが、俺と真綾は対なる属性を持っている。昔からの知り合いなので絆もそれなりだ。この二つの条件が揃っていないとできないという意味で、真綾は言ったのだと思うけど。


 どちらにしろ、本部にはなかった技術なので、マッドサイエンティストと恐れられる若き天才が不可能を可能にしたのは間違いない。


「まただ、またあの女に私は負けるのか……」


 結菜は俺に一杯食わされたことよりも、真綾に負けたことが許せないようだった。俺はそんな彼女に自分の気持ちを伝える。


「結菜、お前の気持ちが本気じゃないって、俺は、薄々気づいていた。だから、お前を失った時、後悔だけが残った。ただ、お前を傷つけただけだったんじゃないかって――。俺もお前もやり方を間違っただけだ。今更同じ道を歩もうなんて都合のいいことを言うつもりはないけど、与えられた力を暴力に使うのはよせ」


「まだ、やり直せるって本気で思っているんですか? どこまでいっても甘いですね、先輩は。そんなんだから、私なんかに騙されるんだよ。そんなんだから、私なんかに負けんだよ!」


 心と同時に肉体にも痛みが走った。それは今まで感じたことのない激痛だった。遠のく意識の中で俺は現在の状況を確認する。辺りに飛び散る血、剣が俺の腹部を貫いていたのだ。錬成の素材は首にぶら下げていた俺の鍵だった。


 勝ちを確信した結菜は得意げに魔法の解説をする。


「殺せる時に殺さないからこういうことになる。先輩には使えない私の上限魔法をもってすれば、身体の一部が触れてさえいれば問題なく、質量保存の法則すら無視できるんですよ。鍵にはもれなく勇者様のマナが入っている。魔力を封じる光の剣でお腹を貫いたので、お得意のテレポートも使用不可。まあ、その傷じゃどのみち助からないでしょうけど」


 本部からもらった鍵と南京錠は全て破棄したので、厳密にいうと、中に入っているのは勇者様のマナではなく、モモのマナなのだが、どちらにしろ、魔法の効力は変わらない。魔力封じから逃れるために俺は剣を引き抜き、転移魔法で肉体の記憶をモモに預けた。


 結菜は完全に目的を見失っているようで、そのことに気づきもせず、ただ、俺が必死に生にしがみついているように見えたようだ。


「モテモテだった先輩の最後がこんなにも惨めだなんて。人生というのは残酷ですね……」


 全てを破壊するその手で結菜は俺の頭をつかんだ。


 逃れられない死の運命から俺を救い出してくれたのは、先に逃がした教え子だった。魔力を封じる光の弾丸が飛んでくる。上限に達した結菜にとっては致命傷になる攻撃、光魔法の恐ろしさを知っている結菜は一旦間合いを取った。


「先生には、手を出させません!」

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