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転移者の教え子  作者: 塩バター
第三章
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第28話 追憶のダンジョン4

 モモと母親を見間違えていたイアンだったが、別人であることに気づき、絶望していた。気持ちが分かってしまうのは、俺も彼と同じで大切な人を失ってしまったからだろうか。


 同情の余地はないとシドは彼を糾弾した。


「おい、おっさん、お前、自分が何をしたかわかっているんだろうな?」


「分かっているつもりだよ……。彼女のお腹にいた子がこんなにも大きくなっているのだから」


 慈愛に満ちた表情でモモを見つめるイアン。母親が愛した男とは言え、憔悴した痩せた姿は好感の持てる容姿とは言えず、怯えたようにモモは俺の背中に隠れた。


 一つだけ教えてくださいとモモは質問した。


「これは母があなたに残した魔法なんでしょうか?」


「ああ……、そして、私を守ってくれたものだ。それを持っていれば敵から探知されなくなる。私はとある人物から命を狙われていてね、そのことを知ったお母さんが私を守るために――」


 勇者様に繋がるかは分からないが、命を狙われることになった心当たりについて尋ねた。


「過去の話さ……」


「この期に及んで隠し事か? テトラ様の気持ちがあんたに向いていたってことは、あの男も知っていただろうからな。あんたを消してしまえば心も奪えると思ったんだろ」


 違うかとシドがイアンに問う。


「別に、隠しているつもりはないよ。一つ誤解しているようだから言っておくけど、私は彼に同情の気持ちはあれど、恨みはないよ。私も彼も君の母親に対して歪んだ愛情を抱いてしまった。そのせいで彼女を失う羽目に――」


 イアンは最愛な人を奪われた被害者だが、意外にも勇者様に対して悪感情を持っていないらしい。どおりで勇者様が敵として現れなかったわけだ。おかげで地獄を見ずに済んだわけだが、これでまた謎が増えたような気がする。


「まあ、いい。てめえにはダンジョンに戻った後で、たっぷり罪を償ってもらう」


 聞きたいことは山ほどあるが、それはダンジョンを出てからにしよう。


 命を狙われていたということだが、彼がダンジョンに引きこもってから十年以上経っている。探知を封じるテトラの魔具は彼の元を離れ、今はモモの手元にあるわけだが、命を狙う輩が今更現れることはないだろう。


 しかし、その甘い見通しは外れることになる。ダンジョンから出ると二体の死体が転がっていた。シドが見張りとして残した男だ。まさか殺されているとは。死後どれくらい時間が経っているのかアクアに調べさせる。


「うーん……、まだ生暖かいんで亡くなってから、そんなに時間は経っていないじゃないかな。確実に言えるのはモンスターの仕業ではなく、人の仕業ってことくらいですかね」


 仲間が死ぬのはこれが初めてではないのか、シドは至って冷静だった。


「近くに魔力を感じないか探ってみてくれ」 


 探知魔法を行ったモモの顔色が変わった。


「近くに上限の魔力を感じます。これ、近づいてきている。――後ろです!」


 そこには見知った顔がずらりと並んでいた。いや、見知った瞳というべきだろうか。俺も真綾も勇者様とラビ族が裏で繋がっているんじゃないかと怪しんでいたけど、上限に達しき者の正体は勇者様ではなかった。


 しかし、会いたかった人物には違いない。彼女もまた、俺との再会を喜んでいるみたいだった。不敵な笑みを浮かべて彼女は再会の挨拶をした。


「誰かと思えば、先輩じゃないですか」


「結菜……」



「後ろに美女引き連れて、相変わらず、モテますね。先輩。で、どっちが本命なんですか? 純粋無垢そうなピンク髪の子ですか。それとも、そっちのおっぱいの大きい金髪の子ですか。まさかあのガリ勉女じゃないでしょうね」


「生きていたなら、どうして……」


 結菜は堪えきれずに笑いだした。


「ちょっと、嘘でしょ、先輩。鈍感もここまで来ると、一種の才能ですね。とっくに気づかれているかと思ってたんですけど。魔法の才能よりも演技の才能のほうがあったのかな」


 彼女が殺されるところを直接見たわけではないが、遺体になら葬式の時に顔合わせしている。生きているはずがない。が、現に彼女はここにいる。


 彼女の隣にいるラビ族のヒースを見て俺は気づいた。あれは複製された偽物だったのではないかと。つまり、ここにいる彼女は本物だということだ。


「悪いが、イアンを連れてこの場から引かせてもらうぞ。ラビ族についてはこの状況を見ればわかるだろ。出来ればあいつらを引き止めてくれると助かる。特にあの真ん中の女、あいつはやばい。この状況を楽しんでやがる。何をしでかすか分かったもんじゃないぞ」


 テトラの光の加護を失ったイアンを、ヒースの探知の魔法で位置を突き止めたというわけか。おそらく彼らは勇者様と繋がっていて、狙いはイアン、もしくはテトラが残した魔具。ようやく掴んだ手がかりのために、俺はこれから命をかけて戦わなければいけないのか。命をかけて守りたかった相手と。


 俺は今まで何のために戦ってきたんだ。俺はなぜ彼女が殺されればならなかったのか、その真相を突き止めたかっただけなのに。


「おい、聞いてんのか。ったく……」


 シドはまだまともに歩けないイアンを背中に背負い、自分たちだけ先に逃げた。


「『肉体の記憶』はこっちで回収しておくから、お前らはイアンを追え。ただし、殺すなよ。あの男にはまだ利用価値があるって話だから」


「結菜様一人で大丈夫でしょうか? 後ろのガキ共はともかく、あの空間魔法の使い手、やつは本物です。結菜様でも敵うかどうか……」


「てめえ、誰に口利いてんだ」


「申し訳ございません」


 行くぞとヒースはテレポートを使って、仲間たちと共に逃げたシドたちを追った。


 今のイアンは足枷にしかならないだろうし、一人で行かせて大丈夫だろうか。即席のチームとはいえ、彼に死なれると後味が悪い。ただ、向こうの心配をしていられるほど余裕はなかった。


「先輩、何時まで呆けているつもりですか。後ろの女の子たちに幻滅されちゃいますよ。先輩は優しくて、頭が良くて、スポーツ万能で、まさに完璧超人だったじゃないですか」


「どうして、俺を騙す必要があった?」


「別に、騙すつもりはなかったんですけどね。現実世界と異世界との間に軋轢が生まれたほうが目くらましになって仕事がしやすいんですと。私は勇者様の指示に従っただけなので、私に文句を言うのは筋違いってものですよ」


 さて、と結菜は話題を切り替えた。


「勇者様には勇者様の目的があるようだけど、私は私のやりたいようにやるだけなので。私がやりたいことが何か分かりますか、先輩」


「お前と争う理由はない……」


「へー……。残念なことに私にはあるんですよ。鈍感な先輩のためにはっきり言ってやるよ。私はな、お前のことが大嫌いだったんだよ! 触られるだけで鳥肌が立つくらいにな! 無駄話はいいからさっさと殺り合いましょう」


 ちらっと俺は後ろにいる生徒たちを一瞥した。


「生徒の心配ですか? 相変わらず、優しいですね、先輩は。けど、安心してください。邪魔をしない限り手は出しませんから。私が見たいのは生徒を失ったあんたの顔じゃなくて、あんたを失ったあの女の顔だからな」


 彼女とは俺一人で戦うと言った。生徒の前で情けない姿は見せられないし、個人的な戦いに生徒を巻き込むわけにはいかない。


 あいつは本気だ、本気で俺を殺そうとしている。どうも彼女は勇者様の計画よりも個人的な感情を優先しているように見えるし、生徒だけでも逃がすことができるかもしれない。


 結菜が『肉体の記憶』と呼んでいたテトラの魔具をモモから借りて、俺は彼女の手のひらに小さなワープマーカーを設置した。


「本当は君が持っているべきなんだろうけど、標的を変えられたら足止めの意味がないからね。帰れそうになかったらそこに転移させるから、真綾に渡して調べてもらうんだ。あいつなら何か手がかりを掴んでくれるはずだから」


「先生、私も残って戦います!」


「駄目だ。ダンジョン攻略で大分魔力を使ってしまった。全員でかかっても勝てるかどうか微妙な相手。最悪のケースは是か非でも避けないと」


 ほとんど魔力が残っていないサトミとアクアと違って、モモはかなり余力を残している。相手は魔力の上限に達した結菜、魔力を封じることのできる光魔法があれば心強いけど、これは俺にとってけじめをつける戦いでもある。


 皮肉というべきか、守るべき対象の生徒が後ろにいることで俺は冷静さを保てていた。あの事件の真相を暴くことが俺の全てだったわけだが、今はそうではない。受け入れられなかったとしても、これが彼女の本当の姿。現実から目を背けて逃げるわけにはいかない。


「先輩、メインディッシュが後に控えているんですよ。どうでもいいんで早くやりません。好きでもない男に時間を割いてあげるほど女の子は優しくないんですよ」


「メインディッシュってのは真綾のことか?」


 あの時言えなかったことを今ここで言う。


「お前があいつとの差にこだわればこだわるほど、周りもそうやってお前のことを見るんだよ。他人にはない力がもうお前にはあるじゃないか」


 いつまで過去に囚われて生きていくつもりだ、と俺は自分に言い聞かせるように言った。


「黙れ。さっき言っただろうが、私はお前のことが嫌いなんだよ。過去を忘れろなんてのは今が充実している人間の妄言だ。私はこんなところで満足していない。魔法が全てのこの世界で私は勇者様をも超える存在になる。今更私の力を認めたところで遅い。我が物顔で歩くお前らを踏み台にして私は本当の力を得るんだ」


 俺は彼女を救えなかったことをずっと後悔していた。だが、まだ遅くないかもしれない。生きている限り何度だってやり直せる。彼女の心の闇を光に変えることも可能なはずだ。

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